第五話 黒冥党の男たち

(これまでのあらすじ:己の惰弱さによりウォーモンガーたみ子に愛想を尽かされた百手のマサは、二兆億利休の茶室に流れつく。その戦闘問答の果て、マサは己の本心と向き合う決意を固め、物語は過去へと遡る)



20年前。町田ではないどこか。

瓦礫、死体、瓦礫、死体、死体、死体、死体、瓦礫、死体。


「おう、おう、おう、おう。これはまあ、想像より遥かに酷いザマよのう、全滅かよ」

瓦礫と死体を避けながら男たちが闊歩する。

「柳生の連中ときたら、相も変わらず清々しいまでの殺しぶりだのう」

凄惨な光景に似合わず、男たちの声は奇妙に明るかった。酸鼻極まる場面には慣れていた。


「老若生死問わずに皆殺しじゃ…お、そこな瓦礫、見よ」

男の一人が指を指すと、別の男が牛ほどもある瓦礫を軽々と蹴り飛ばした。子供がいた。息があった。

「生きてるぜ、ガキだ。瓦礫の隙間に収まってやがったな。運が良いんだか悪いんだか」

「派手な殺しぶりだが、雑じゃのう。このやり口は烈堂…いや十兵衛の仕業か」

「お、目を覚ましたぞ」

子供は顔を見上げて、男を見た。

赤い革袴、黒髪を丁寧に編み込んだコーンロウ、無精ひげ、歳の頃は三十絡みの男がそこにいた。

「この惨状で生き残っちまうハードラック、気に入ったぜ、小僧。俺たちと来ねえか、生き残り方くらいは教えてやるぜ」

子供は頷いた。

「グレート、上等…小僧、名前は?」

「…マサ」

「マサか、良い名前じゃねーか。オレは龍司、こいつらは黒冥党、今からお前の同胞だ!」

龍司はマサを瓦礫から抱え上げ、その肩に乗せた。

「じゃー戻るぜ…俺たちのホームタウン、町田に!」



町田での、黒冥党との日々は楽しかった。


男たちは腕を頼みに町田の周りの盗賊を狩り、あるいは村々から謝礼を受け取り、あるいは山賊の溜め込んだ金銀をそのまま懐に収めた。

金目に困らぬ時は稽古をし、酒を飲み、歌って過ごした。


日々の鍛錬は烈しく厳しかったが、黒冥党の男たちはみな暖かかった。特に龍司は、マサに実の兄のごとく接した。剣の振り方、敵の剣の受け方、身のこなし、そうしたものをマサは学んでいった。


マサの過去について男たちが深入りすることは決してなかったし、男たちも過去を語ることはなかった。マサは次第に黒冥党を受け入れたし、黒冥党の方といえば、とっくの昔にさっさとマサを受け入れていた。


そして町田という街もまた、黒冥党が受け入れたようにマサを受け入れた。

黒冥党以外の人間とは必要以上に関係を深めることはなかったが、それでも、よそ者の自分をよそ者のままに受け入れる、この街の大らかな混沌がマサは好きになっていた。


8つだったマサは14になった。


この頃になると単なる子供の癖なのか、その人間の元々の性根なのかが、周りにもわかってくる。

黒冥党には様々な流派の男たちが集っていたが、まず示現流の男が、マサにこの剣は向かぬと悟った。

常に守りが頭にある。捨て身の一撃を振れぬ。

要するに、マサは臆病であった。


龍司は早々にマサとの稽古をやめた。

己の気性からして、マサにこれ以上無理に剣を教えようとしてもきつく当たってしまうだけになるだろう。それよりは、マサとただの兄弟のように接する方が良いと思った。事実そうした。マサも龍司に対しては気兼ねなく甘えた。


それでもマサ自身は懸命に鍛え続けたし、黒冥党の他の男たちもそれをわかっていたので、引き続きマサに剣を教え続けた。

やがて、マサは様々な流派の剣が混ざった独特の剣を振るうようになった。いずれも決して上手くはなかった。男たちに打ち込めた試しがなかった。


「マサは相変わらず腰っぴけが治らぬのう」

「守りばかり上手くなっても困るなあ」

「速さには天稟があるがな。あれは才というより性根の問題だ、鍛えてどうなるものでもない」

「実戦で変わる者も偶にはいるが、稽古をいくらしてもどうこうはならんな」

「奴は優しい男に育った。そこの示現流、お前のような気狂い剣術に向かぬのはむしろ喜ぶべきかもしれんな」

「違いないな!ガハハ!」

男たちは毎晩酒を酌み交わしながら、マサを心配した。


龍司はそれを聞き流していた。マサは結局剣に向いた性質ではないのだ。それよりは奴の優しさを活かした方が良い。知恵も回る。そうした役回りが彼の道だと思っていた。


初めに気づいたのもまた、示現流の男だった。


マサに打ち込めない。

示現流が一撃を避ければ後がないというのは俗説である。続く斬り交わしで、マサの腹は強かに打たれた。

胃液を吐きながら転げまわるマサを見下ろしながら、彼は思った。

はて、奴に初撃を防がれたのは今回が初めてだっただろうか。


次第に、男たちの間にも噂が広がった。

最も打ち込むのに苦労するのがマサだ 

いやいやまさか―

奴にあないな腕があったとはなあ 

相変わらず攻撃はからきしだが、あの捌きは確かに凄腕の域だ


ある日龍司が飯を喰っていると、マサがやってきた。

「兄さん」

「おお、お前も食うか?焼いた羊肉に辛味噌を和えてみた。米に良く合うぜ」

「頂きます…うん、美味ッス。胡麻油を垂らしても多分良いっスねコレ」

「そりゃいいな、ちょうどここらに…どれ…ん、パーフェクト。流石俺の弟、クレバーだぜ」

「や、兄さんの味付けで元々絶品ッスよ、ん、止まらねッス」

「ビールにも合うぜ、どうだ?」

「未成年ッスよ僕」

「チッ、相変わらず固え野郎だ…時に最近、剣の方も、腕ェ上げてるそうじゃねえか、ん?攻めは相変わらずスカムらしいが、守りなら上から数えた方が早ぇって専らの噂だぜ」

「そーなんスよ。得意分野、見つけちまいましたよ。ね、兄さん」

「なんだ?」

「僕も兄さん達の仕事を手伝いたいッス」

「駄目だ」

龍司が間髪入れずに答えた。箸は止めない。

「盗賊狩りなんざいくらやったって剣の腕、上がりゃしねえよ。剣が汚れるだけだ。お前ェにゃもうちょい上等なビズ探してやるよ、いつかな…その肉、食っていいぞ」

「そっちじゃなくて、本当の"仕事"を」

「駄目だ」

龍司が再び即答した。箸が止まった。

「誰から聞いた?」

「誰からも…見てりゃわかるっしょ。次の仕事が、相当な大仕事ってことも」

「…賢いガキァ、これだから困るな…」

マサから目を逸らし、龍司は頭を掻く。焦げかけた肉に箸を伸ばした。


マサの推測の通り、黒冥党には野盗狩りの剣客集団の他に、もう一つの顔があった。


反・柳生組織。


彼らは皆、何らかの理由で柳生一族に、柳生朝に対して並々ならぬ敵意を持つ男たちであった。そして、裏柳生すら尾を掴めぬほど巧妙に、様々な破壊工作・要人暗殺といった地下活動に手を染めていたのである。


少し後。

龍司とマサは稽古場で木刀を手に向かい合っていた。


「お前相手に口じゃ勝てねーからな…俺に一発打ち込めたら連れてってやるよ、逆に俺が打ち込んだら、俺が認めるまでは変わらず留守番だ」

「僕だって兄さんたちの役に立ちたいッス」

「悪いが、今のお前じゃ足手まといさ…たぶんな。久しぶりだけどヘビーに行くぜ、マサ」

言葉を終える前に龍司が踏み込んだ。


龍司の斬り込みは黒冥党の中でも最速。その電撃的な加速はもはや、神速の域にあるといっても良い。

その初撃の木刀が、マサに止められていた。

「…!」

飛びすさって距離を再び取る。マサは構えたまま動かない。

「兄さん、これが僕の剣…!一発も打ち込ませねッスよ!」


龍司が再び構えた。

「根比べと行くか…?マサよぉ、大怪我させたら、悪ぃな!」

再び龍司が斬りかかる、マサもまた止める。

が、龍司の手が止まらない。弾かれた刀がすぐさま攻めに戻る。弾かれ、また打ち込む。龍司の攻めは全く止まない。

一見無秩序な勢い任せの攻めにも見えるその剣筋は、全て狙いすました致命の一撃である。

これが龍司の最大の得意手、無呼吸乱斬りであった。


そして、マサはその手を全て受け切っていた。


「龍司とマサが木刀稽古しておるぞ!」

様子を聞きつけた男たちが稽古場に駆けつけてくる。

「龍司のやつ、なんちゅう剣速だ。奴を囲う球にしか剣が見えんぞ」

「信じられんのはそれを捌き切るマサじゃ。彼奴め、俺との稽古の時でも本気出しとらんかったの、今度シバいたる」

「連撃が…終わらぬ!我らが来てからでも、もうかれこれ10分は経つぞ」

「やつら二人だといつからああしておるのだ…」

「あとは互いの気力体力がいつまで続くかの勝負だな。マサはマサで、攻めの機を得られておらぬ…見よ、龍司の攻めが更に速さを増すぞ」

木剣がぶつかり合う音の間隔は際限なく短くなっていき、遂には一つになり…そして消えた。


龍司は飛び下がり、そのまま膝をついた。大きく息を吸い、そして吐いた。

15分ぶりの呼吸だった。瞬間、全身から凄まじい量の汗が流れ出た。

周りからどよめきが上がる。


「…ッッ!!ハアッ…!ハアッ…!マサ…テメエ…!ガード鉄壁すぎんだろが…テメエ…コラ…!」

マサも消耗しきっていた。だが、全力で撃ち込み続けた龍司と異なり、最小限度の動きで捌いていたマサは、気力こそ限界であれ、体力にはほんの微かな余力が残っていた。

龍司の元へとゆっくりと歩を進める。

「兄さん…サーセン…!」

「わーった…わーった…軽めに来い、痛くすンなよ…」

「ッス」

マサが上段にゆっくりと振りかぶる。木刀を振り下ろす…というよりももはや、重さに任せて落とすだけだった。


「ぐっ」

くぐもった唸り声が稽古場に響いた。

マサの声だった。


「龍司…大人げないのう」

観衆の一人が呟いた。

龍司の木刀、握った柄がマサのみぞおちにめり込んでいた。

「まだ甘ぇんだよ…お前はよ…!」

マサと龍司は同時に倒れこんだ。


龍司は二日寝込むと、ケロリと起き上がった。

寝込んだままのマサの世話を出入りの女中に任せると、男たちは明け方の内に屋敷を出立した。


まだ暗い道中、一人の荒武者が龍司に語りかける。示現流の男であった。

「しかし龍司よ、お前が一番わかっとるだろうが、マサの守りの技量、チト尋常じゃないぞ。あれなら戦場に連れてっても、足手まといどころではないぞ」

龍司も頷いた。

「そりゃそうだ、奴を斬れる奴なんか、柳生の本家にもそうそういねーよ…だがな、アイツ”役に立ちたい”って言ったんだぜ…”仇を取りたい”じゃなくってな、自分の家族も皆殺しにされてる癖によ…どこまで行っても根っこが違うのさ、俺たちとはな」

「…そりゃあ、仕方ねえなあ」

「産まれについて奴が話したことはねえし俺たちも聞かねえが、ありゃどー見ても相当いい家柄の育ちだろ。奴にとって武士道も復讐も、”そうしなきゃならない”って当たり前のように聞かされて育ったものだ。だから俺たちが斬られたら、奴は仇討ちしてくれんだろーよ。”そうしなきゃいけね-”って思ってるからな」

男たちが口々に話す。

「俺たちは、柳生の連中を一人でも多くテメエの手で殺せるんなら、ここにいる仲間全員見殺しにして死なせても惜しくない人でなしだからな」

「そうとも、お前にゃ背中預けねえから安心しろ」

「全くだ」

「違えねえ」


笑い声の中、龍司は懐から一枚の写真を取り出した。女の写真だった。

一瞬だけ悲しみが顔に漏れたが、誰もそれには触れなかった。

黒冥党は誰もが、そうした男たちの集まりだった。

「さて行くぞテメエら、久々の大仕事だ。柳生の拠点、ブッ壊しに行くぜ、皆殺しだ」


◆◆◆


「……う…ここは…?」

マサは目を覚ました。いつもの寝床ではなかった。


「おや、ようやく起きたかえ」

「タエ…さん」

黒冥党の通いの女中だった。


「ここはあたしん家だよ、龍司さんに頼まれてね。あんた三日もグースカ寝てたもんだからさ、ま、旦那も子供も先立っちまった婆の一人所帯なんで、あたしも別に構わねえけどさ」

「三日…!?龍司さんは…他のみんなは!?」

「昨日出てったっきりだねえ、いつもの盗賊狩りだと思うけど…」

「…ッ!タエさん、ご面倒ありがとうございました!ちゃんとしたお礼は改めて!ひとまず失礼!」

「ちょっとマサ!」

タエの制止も効かず、マサは駆けだしていった。


屋敷に飛び込むも、人の気配はなかった。

龍司たちがどこに向かったか、見当がつかない。

足跡も慎重に消されていた。万一の際、町田まで柳生に辿られぬようにする慮りであった。


「どこかに…手掛かりは…!」

気が焦りすぎていた。良くない。マサは一度木刀を手にする。その時、持ち手に微かな違和感があった。

柄巻の革を剥がす。丸めた紙片に、細かく文字が書かれていた。


マサへ

お前ならこれに気づくだろう。

戻れぬ事態に備えた書置きだ。


気づいている通り、俺たちは皆、柳生に何か大切なものを奪われた者たちだ。

奴らを殺すために生き、奴らを殺すために死ぬ。

お前をあの瓦礫から拾ったのもそれが目的だった。


だが、お前はそうじゃなかった。

だからここに置いていく。



その先は涙で読めなかった。


龍司たちは戻らなかった。


暫く後、駿河にある柳生新陰流の道場を覆面の男たちが襲ったという報が流れた。


男たちは柳生の門弟を皆殺しにし、屋敷に火を放つといった狼藉に及んだが、駆け付けた柳生の守護神、荒木又右衛門に一人また一人と討ち取られた。しかし、最後の一人が決死の抵抗で何らかの爆薬に点火し、又右衛門を巻き込み大爆死したため、襲撃者たちの素性は知れぬままであり、柳生特捜部による捜査が今も続いているが、解決の見込みは薄いという。


その報を見た瞬間に、マサは龍司の死を悟った。

そして決心した。自分が討たねばならない、龍司たちの仇を。



「そうだ…あの手紙…だから僕は…柳生を…!」

マサは泣いていた。

「僕は未熟で…!連れて行っても貰えなかった…!柳生を斬って、兄さんたちの仇を討つ…それが武士としての勤めだ!」


現在。マサは利休と対峙していた。


「そして、仇討ちに固執すると。しかし人を斬るには迷いがある、誰も彼もを守りたい」

「そうだ…」

「頭では復讐の為なら何もかもをも捨てねばと思っておるのに、心では誰も斬りたくないと願っておる。それが故に手が止まる、躊躇する。守りだけに長けた歪な剣も、全てそのちぐはぐさが原因よ」

「あなたの言う通りッスよ、それでも僕は…!連れて行ってもらえなかった自分の弱さが許せねえ…!」

「まことに…まことにそうかな。儂には、ヌシが敢えて忘れているものが、目で見ながら、心で塞いだ記憶が見えるぞ」

「…何だって?」

「一人生き残ったヌシの罪悪感が、真に見るべきもの、聞くべき言葉から目を逸させておる。今一度過去に戻れ!直視せよ!兄の言葉を!!」


マサの意識が再び、過去の記憶に戻る。


『マサへ

お前ならこれに気づくだろう。

戻れぬ事態に備えた書置きだ。


気づいている通り、俺たちは皆、柳生に何か大切なものを奪われた者たちだ。

奴らを殺すために生き、奴らを殺すために死ぬ。

お前をあの瓦礫から拾ったのもそれが目的だった。


だが、お前はそうじゃなかった。

だからここに置いていく。』



手紙にはその続きがあった。

過去のマサが心に蓋をした箇所。


『俺たちがくたばったなら、お前が望むことをしろ。

お前は奪われた怒りにしがみつくよりも、

前に進み、新しく得たものを大切にできる男だ。


俺たちの死に捉われるな、お前が本当に望む生き方をしろ。

お前との日々、グレートに楽しかったぜ。


お前の兄 龍司』



マサは目を覚ました。

「僕は…」

「あの男たちがヌシを連れて行かなかったのは、ヌシに復讐が出来ぬからではない。ヌシに復讐はと思ったからだ、違うか?」

「だけど…僕が…仇討ちをしなきゃ…!」

「ヌシにとって復讐は己のためではない。彼らの仇を討つためですらない。幼子の頃に押し付けられた規範に従っているだけだ」

「そう…そうだ」


「ヌシはあの時、まず復讐を望まなかった、そうだな」

「僕は…柳生と戦うよりも、皆と居たかった…今生きている人たちを守りたかった」

「それは主の中で、”兄を軽んじている、武士としてあるまじき姿勢”という罪悪感に繋がった。それから逃れるため、ヌシは兄の言葉に敢えて逆らい、”望まぬ復讐”を”望んだ復讐”と己を騙さねばならなかった」

「そうだ!!」

マサの答えは、悲鳴に近かった。


「だけどわかっていた…兄さんたちは…僕を…!」

「ヌシが今生きているのはあの時ヌシが未熟だったからではない、ヌシが愛されていたからだ。奴らはヌシのそうした甘さも知り受け入れていた」

「兄さん…!」

「お前の兄たちはヌシ自身の呪いからヌシを解放しようとして死んだ。ヌシがその意思を自ら踏みにじってなんとする、ヌシが己自身を許さずしてなんとするか!百手のマサよ!」


「…僕の…願い…」

マサは大きく息を吸い、立ち上がった。

再び、マサは泣いていた。とめどなく涙があふれた。


利休がまだ何かごちゃごちゃ言っていたが、どうでもよかった。

その顔から迷いはもう消えていた。


「十兵衛の首は…僕はいらない。だけど奴をこのまま野放しにしたら、町田に生者はいなくなる。奴をこのまま町田から出したら、皆が腹を切る。町田は終わる」

マサは顔を上げて、真っすぐ利休を見据えた。


「僕は…町田を、この街を守りたいッス。だから、十兵衛を殺りましょう」


「ほう」

利休は息を吐いた。

「なるほど。みんなとは誰ぞ?確かに十兵衛の首は皆が狙っておる。だがそれも名を挙げ、功を求めての事。誰がヌシにわざわざ協力する?」

「まず二兆億利休さん、あなただ」

「その心は」

「あなたこそ、名にも功にも興味が無いはず。あなたは僕とは違う。己に根付いた恨みで戦っている人ッスよね。それならば、十兵衛の首を取るのは誰でも良いはず。しっかりと奴を殺しきれれば、手段は問わない。他人こそがあなたにとっての刀となる。それが道理じゃないッスか」


「迷いが消えて、鋭くなったようだの…他には?」

「次にマダム・ストラテジーヴァリウス。彼女は商人、町田の利益は彼女の利益、逆に町田の破滅は彼女の破滅ッス。これで三人。四人目は…」

ウォーモンガーたみ子を思う。あれだけ失望させて今更助けを得られるだろうか。期待はしたいが、当てにはできない。

「四人目は”あなたの切り札”ッス。明かしてください」


「”儂の切り札”?なぜそのようなものがあると思うかね」

「あなたの余裕ッス。あなたの人生相談、仲間集めと敵減らしが目的なのはわかるけど、余裕がありすぎる。弱い奴は死ぬなら死ねば良い、みたいな感じを隠そうともしてない。そりゃなぜか?答えは簡単、一人だけでも十兵衛と勝負になるほどの男が、既にあなたの仲間にいるから…そいつ、何者ッスか」


「なるほど、そこまで読みきったか…では明かそう。柳生ベイダーと呼ばれる男を知っているか」



これより百手のマサと柳生十兵衛を巡る物語は後半戦に移る。

ここで詳細は語らないが、黒冥党の最期についても少しだけ触れておこう。

それは当代きってのいくさ人にふさわしく壮絶で、そして清々しいものだった。


そこに荒木又右衛門がいたのは、全くの偶然であった。

たまたま近くに鍛錬に来ていた又右衛門は、柳生秘密屋敷から出ている火の手を見て、直ちにそこに駆け付けた。


示現流の男が真っ先に又右衛門に立ち向かい、そして斬られた。


「あれが荒木又右衛門かあ」

「凄いなあ、あの技は本物だ」

「今日が死ぬ日か。なるほど、良きいくさだ」

男たちは示現流が両断されるのを見て、なお溌剌としていた。


「龍司、勝ち目があるとするならお前だが、どうだ」

「ありゃあ十中八九、負けるなア。俺じゃ勝つにしても負けるにしてもどうせ一撃だ。時間稼ぎにはなれんぞ」

「そうか、じゃあワシからだな。地下の炉は頼んだ」

そして次の男が又右衛門に向かい、そしてしばらくして、斬られた。


そんな具合で黒冥党の男たちは、その一人ひとりがさっぱりと死んでいった。

一人ずつ残されていく側にも、薄暗さは最後まで漂うことはなかった。

「あいつはよく死んだなあ」

「いい死に方だったな」

つい今しがた死んだ盟友を語る言葉が、まるでその日の食事の味を語るような気楽さで交わされていく。

いつ死んでもいいと思っている男たちが実際にそうなっただけであり、そこにめそめそとした感情が入る道理はどこにもなかった。


最後、一人残された龍司もそうだった。彼はマサのことも女のことも、欠片も思い出さなかった。残された者や大切な者のことをいちいち考えるのは、いくさの前までである。

いくさが始まったら、ただ「いま、ここ」があるだけだ。


荒木又右衛門が地下、秘密屋敷の地下に隠されていたヤギュニウム精製炉の前にたどり着いた時、龍司は煙草を手に座りこんでいた。


「すまんなあ、又右衛門」

龍司が立ち上がる。それは皮肉や嘲りではなく、心の底から申し訳なさそうな声だった。

「間に合ってしまったよ」

彼は振り返る。ヤギュニウム精製炉は異常な明滅を繰り返していた。黒冥党の男たちが稼いだ時間が、龍司による精製炉のオーバーロードを可能ならしめた。


「あと一分ちょっとで、ここら10kmは灰になる。俺もお前も骨も残らん。走っても間に合わんよ、本当にすまん」

又右衛門はそれを聞いて、特にどうという反応も示さない。


「それで…」

龍司が煙草を投げ捨て、刀を担いだ。

「折角だから、やっていくかね」

荒木又右衛門が構える。その顔に、そこでようやく笑みが浮かぶ。


その先、龍司と又右衛門の決着を知る者はいない。



そうして、黒冥党の男たちは柳生の守護神、荒木又右衛門と柳生奉行衆を道連れに、全員がそこで死んだ。


彼らの戦いも彼らの話も、これで終わりだ。


(続)

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