第八話 マウンテンウィンド作戦
(これまでのあらすじ:百手のマサと悪夢堂轟轟丸の長い夜は終わった。朝日が登り、柳生十兵衛は町田を出ようとしている)
第八話
次元ポータルが開いた。二兆億利休が現れる。
特攻服に包まれた悪夢堂轟轟丸の亡骸を見て、利休は言った。
「そちらは…終わったようだの。マサ、放送は聴いたな。すまぬが休んでいるヒマはないぞ」
マサは頷いた。ポータルを通る。
町田の中心部、日向山公園の高台に柳生ベイダーとマダム・ストラテジーヴァリウスが待っていた。
マダムが手渡した経口補血液を口にして飢えと渇きを急速に癒すマサに、利休が現況を説明する。
「十兵衛は今、恩田川を越えて西進しておる。そこから、道沿いに真っすぐ南西に進んで、県境から神奈川に出ようとしているな、ヌシの予想通りじゃ、マサ。ヌシとベイダーが奴と出くわし、突きを受けてそのまま”吹っ飛ばされる”予定の箇所はあそこ、町田球場のあたりじゃ。このちょうど正面1km先じゃな」
「承知です。あの位置なら、上手く受け切れば、死なずに吹っ飛べますね。利休さん、武器の準備はどうスか」
「全て仕込んでおいたぞ、ヌシが轟轟丸とやりあっている間にな」
「これが、用意した商品の目録ですわ…ええ、ええ、お気になさらず、存分に撃ちまくってくださいな」
マダムが片眉を上げる。
マサは目録をめくった。自動小銃と狙撃銃が数千挺ずつ。対戦車ロケット砲数百発。地対地ミサイルも数百発。どこに隠し持っていたのか、数門の長距離砲すらある。
マダムは確かに、出し惜しみなく在庫を吐き出してくれたようだった。
「そうそう、これは柳生ベイダーさまに」
「コーホー」
マダムが日本刀を取り出し、ベイダーに手渡す。
「妖刀・八丁念仏…内臓館の取り扱う武器の中で、最も鋭い刀です」
「コーホー」
ベイダーが手を合わせ、謝意を示す。
「僕からも…かたじけないッス」
深々と、マサが一同に頭を下げる。
マサはといえばこの一大事の前に抜け出し、轟轟丸を連れてくるでもなく、ただ斬るだけ斬って帰ってきただけだ。
だが、それを責める者はなかった。
「コーホー」
それが必要なこともある。彼らはどこまでいっても、それぞれがまずいくさ人であった。斬るべき相手を斬るべき時に斬ることは、何よりも大切なことだと知っている。それを咎めるほど野暮ではなかった。
「作戦開始ッスね」
「そういえば、作戦名が決まっておらぬな」
「利休さん、作戦名なんて…」
「いえ、大事ですわよ、こういうことは。士気が変わります」
「コーホー」
「立案者として作戦名を決めてくださいな、百手のマサさん」
「お二人まで…」
マサは大きく息を吸い込んだ。
街並みの向こうに、朝日に照らされる丹沢の山並みが見えた。
朝の冷たい風が、心地よく彼の火照った肌を冷やす。
彼の守りたい街がここにあった。
「山…風…えーと…じゃあ…」
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柳生十兵衛がやって来る!ヤァ!ヤァ!ヤァ!
第八話 マウンテンウィンド作戦
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「よし…では決まりじゃ。二人はもう行くがよかろう。奴があの通りを過ぎれば、こちらは射撃開始じゃ。ヌシの言った通り雑に撃つでな、巻き込まれるでないぞ。奴との遭遇点まではうまく隠れながら進めよ」
マサとベイダーは互いに顔を見合わせると、利休とマダムに向けて頷いた。
そのまま二人は、上半身を微動だにさせない独特の走法によって目標点まで駆けはじめる。
「さて、それでは私はこの辺りで」
マダムが残された利休に背を向ける。
「なんじゃ、見ていかんのか」
「私の出番はもう無いようですから」
「ま、それもそうじゃな…ところで、あンたの演算能力ならこの先の展開はもう少し読めておるんじゃないのかね」
「申し上げたでしょう、私に必要な損得の計算は終わっています。この状況なら、作戦の中身がどうであれ、私にとっては大した違いはありませんの。それに、私が読むのはあくまで”確率”の話。”覚悟”で動く皆さまにはお伝えする意味はありませんわ…おや、十兵衛が通りを通過しますわよ」
「何、オッオッ!いかん、よそ見している場合ではないわ!!」
そして、砲撃が始まった。
◆
十兵衛は苛立った。街を立ち去ろうとする時、生き残りたちが決死の突撃をかけてくることは他の街でも珍しいことではなかった。
だが、この様はどうだ。国道を歩いていた彼に四方八方から飛んでくる、銃弾、砲弾、ミサイルの雨。
砲弾やミサイルを雄呂血薙ぎで撃ち落とし、銃弾は避ける。あるいは鋼の小手で受ける。
それ自体は大した苦労ではないが、影に隠れてこのような姑息な真似をしてきたのは町田が初めてだ。
忌まわしい惰弱さへの怒りで、振るう剣に徐々に力が入る。
腰に備えた二振りの太刀、「英霊頑刀」「武利裏暗刀」を交互に振るう。軽く振るうように見えるその剣気は太刀筋を果てしなく伸ばし、飛び向かう砲弾を切り落とし続ける。
黒煙と粉塵が辺りの空気を埋め、果てしなく続く爆音が全てをかき消していく。
壮絶な破壊が続く。しかし十兵衛は倦んでいた。
彼が求めるのは悲鳴であり、はらわたがこぼれた者の恐怖の顔だった。心無き器物や爆薬を幾ら切ったとて何になろうか。
彼は戦いを好み、怒りを愛していた。しかしこれは作業であり、苛立ちであった。
うんざりしていた。
大きく英霊頑刀を振り切り、数百発目のミサイルを斬り落とす。
その時走りくる男の姿が目に入る。間合いの大きく内側に既に入り込んでいる。
にたり。己の後手を自覚して、十兵衛は笑う。
◆
「さて」
内臓館のリビング。
マダム・ストラテジーヴァリウスの腰掛ける椅子がその擬態を解き、肉腫本来の外見に戻る。
彼女もまた人の形から赤黒い肉塊に姿を変えて、椅子に、そして”館”そのものにずぶずぶと沈み込んでいく。
「柳生ベイダー、二兆億利休、百手のマサ…"あの二人"を期待しても、それでも一手足りない。リスクは限りなく大きく、見返りは少ないけれども…やるしかない」
◆
「ベイダーさん、初撃、来ます!後ろから離れないで!」
「コーホー」
二人は全力疾走から急制動で脚を停める。マサは刀を垂直に掲げ、受けの姿勢を取る。
にたり。国道の先、はるか遠くの柳生十兵衛がこちらを見ずに笑う。
蜃気楼のように、町田の景色が歪んだ。
一瞬の間を置いて、全てが”爆ぜた”。木が、ビルが、そして、人が。十兵衛の剣筋の軌道にあった半径300メートル内のすべてのものが、熱に転化されたその異常な速度エネルギーにより瞬間蒸発爆発したのだ。
「なんと…なんという滅びの剣ぞ…!」
その黙示録的光景を遠くから眺めた利休の頬を、極彩色の脂汗が落ちる。ここも安全圏とは言えぬかもな。利休はそっと後退した。
「ぐ…ヌウッ!」
マサが立てた刀が激しく光を煌めかせる。彼の刀は、十兵衛の滅びの剣を食い止めていた。
踏みしめた脚が押し戻される。十兵衛の魔刀のエネルギーの奔流が、病んだ光となって辺りを照らす。
ベイダーは微動だにせず、マサの背中にピタリと張り付いている。僅かでもいらぬ動きをしたら均衡は崩れ、次の瞬間には二人もろとも両断されるだろう。
「デェェェェイ!」
叫び。マサの全身が張りつめ…そして全ての力が抜けた。
恐るべき剣は”いなされた”。
剣気はマサを支点に斜め45度のベクトルを与えられ、空中へと抜けていく。
彼方の十兵衛の体勢が微かに崩れる。
「今です!距離を詰めます!少しでも!」
マサとベイダーは瞬時に最高速度に加速し、十兵衛に走り寄っていく。
ぎしり。空気が凝縮する音が響いた。
弓をつがえるが如く、十兵衛がその右腕を引き絞っていた。
脚を大きく前後に開き、左腕は剣先に添える。
マサは十兵衛の目を見た。今度は十兵衛はしっかりとこちらを見ていた。
二人の距離、50メートル!
「突きだ!マサの奴、賭けに勝ちおった!」
離れた上空で利休が叫ぶ。
走りながらマサは微かに頷き、ベイダーはそれを見た。意思疎通はそれが精一杯だったが、十分だった。
ベイダーはマサのすぐ後ろ、僅かに距離を開けて続く。今度は二人とも走りは止めなかった。残り30メートル!
十兵衛の手元が光った。
瞬時にマサに突きが届く。渦を巻く衝撃波が、辺り全てを薙ぎ倒しながら進んでくるのはその後のことだ。
マサはその時にはもう、後ろに向かって跳んでいた。十兵衛の呼吸を捕らえていた。
突きの衝撃に身を任せ、破壊の奔流に絡みつきながら、ほんの少し、ただほんの少しそれをズラす。
ベイダーと目が合った。任せました―マサはそう祈ると、そのまま国道を一直線に遥か遠くまで吹き飛ばされていく―逆流した剣気の勢いで十兵衛の英霊頑刀をも彼の手から引き剥がしながら。
直線に吹き飛んでいくマサへの心配を一瞬で吹き飛ばし、ベイダーはそのまま走りつづけた。マサが突きの暴衝撃を逸らしてくれ、彼には傷一つない。
十兵衛まで20m。爆縮流れの射程に入った。
二人の目が合う。躊躇はなかった!
ベイダーの瞬突によって彼の前方に生まれた真空、その圧縮の勢いに乗り、20mの距離を一足に踏み込む!
柳生十兵衛の駆る大量破壊剣理、虐殺の剣とは異なる、悪鬼ただ一人を殺めるための剣!
乱れたる世を治める為に、殺人刀を用いて、巳に治まる時は、殺人刀即ち活人剣ならずや!
「コー!ホー!」
奥義、“爆縮流れ”!
その剣は無用な破壊無く、無用な殺戮無く、ただ十兵衛だけに伸びる。
十兵衛の受けは間に合わず、その顔面に刀身が当たる。
十兵衛、殺ったり―
刀は止まっていた。柳生十兵衛の頬にて。
その顔面は、先ほどまでとは違い、鈍色に輝く。
十兵衛の顔面を、眼帯の奥から溢れる、液状の金属が覆っていた――
メタル十兵衛!!!!
(つづく)
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