第三話 百手のマサ対悪夢堂轟轟丸

(これまでのあらすじ:内臓館を追い出された百手のマサとウォーモンガーたみ子は区画整理蟲の活動に巻き込まれて町田の最果てに飛ばされる。そこは凶悪な無差別攻撃暴走族、霊義怨のシマだった)



轟音が辺りに響く。


それが百台、千台のものであれば、バイクのエンジン音との判別もつくだろう。だが、そうした単位の数ではない。それはもはや単なる荒ぶる大気の振動であり、音の津波となり周囲を埋め尽くした。


二人、百手のマサとウォーモンガーたみ子は互いの耳に口を近づけ、必死に叫びながらコミュニケーションを取る。

「霊義怨!十兵衛来ててもお構いなしに、この辺でズッとブンブンブンブンやってる例のキチガイどもかよッ!クソッ、よりにもよって!」

「たみ子さん、奴らはシマにいる相手は見境なく攻撃します!戦闘準備を!」

「マサ、コレ耳に突っ込んどけ!」

たみ子がマサの両耳に指を突っ込む。米粒大の機械が、彼の耳孔に貼り付いた。

「これは…」

「骨伝導イヤホンだ!アーシの声はこれで聞こえるだろ!受信機能しか無えから、アーシに喋るときは大声出せよ!」


バイクのエンジン音は更に膨れ上がり続ける。

「クソ、重装アーマーは間に合わねえか…アキラ、ブラックチェンバー準備!C装備だ!大至急だぞ!」

たみ子が右腕の端末に叫ぶ。


マサは目を閉じ、ゆっくりと新たな刀”ウーラノスの楊枝”を構えた。気を練る。

たみ子は手近な電話ボックスに駆け込むと、"WARMONGER"と刻印された黒いカードを公衆電話に挿入し、数桁のパスコードを手早く入力する。

「早く早く早く…!」


突然、音のする方の地面が盛り上がった。

錯覚である。建造物による死角を曲がり、エンジン音の主たちが現れたのだ。

異常密度の暴走族が道路を埋め尽くし、地殻そのものが隆起したような錯覚を呼び起こす。


北関東最大の暴走族【霊義怨レギオン】二千万騎。


彼らを率いるは

“ノッキン・オン・ザ・ヘルズ・ドア” 

“銀河義理義理仏契ぶっちぎりまくりマクリスティ”

悪夢堂轟轟丸!!


その大軍勢はたちまちの内に視界の届く先まで大地に溢れる。

「二千万人…ヤッベえな…!」

振り返って、その様子を見たたみ子の顔に冷却水が流れる。


「おうコラ、テメェらァ!霊義怨のシマ荒らす意味わかってんだろなぁ!」

二千万の人波を越えて、轟轟丸の人間離れした声量の怒声が二人の元まで届く。彼は軍勢の中央に陣取る。一際巨大な金のリーゼントと威風堂々たる特攻服により、誰が見ても彼が群れの頂点ということが一目瞭然だ。


「霊義怨ナメてっと、どんな目に遭うのか知りてえみてーだな、ボケが!!」

轟轟丸が手を振り下ろすと同時に、構成員たちが二人のもとに一斉に殺到する。


完全に統制の取れた動きでバイクを操る二千万の軍勢は人の群れというよりも、意志持つ津波に近い。

「クソッ!問答無用かよ、キチガイどもめ…!」

「たみ子さん、こっちに!」

二人は咄嗟に、廃ビル間の狭路地に入り込んだ。

間口を狭め、多対少を少対少の繰り返しに転じる。

数に勝る相手と戦う時の定石である。


「マサ、悪いが暫く任せた!宅配待ちだ!」

たみ子がマサの裏に隠れる。

「承知…!」

第一陣が二人の元に襲い掛かる。


「ブッコンデクゾオラー!」

「ハンパコイテンジャネーゾ!」

「センパイヨンデクッカオラ!」

鉄パイプや金属バットなどで武装したバイク兵たちが突っ込んでくる。その兵たちの表情や顔はぼんやりとしか知覚されないが、それを不審がる余裕はない。

マサはイナゴの如く襲いくる敵の攻撃を二人分すべて受け捌き、次々と斬り伏せていく。

が、いくらなんでも敵の数が多すぎる。相性が悪かった。

早い攻撃なら弾けもしよう。重い攻撃なら流せもしよう。

しかしこれは、単純な質量の波である。技量で凌ぐには限界がある。


反対側に別働隊が回りこんでくるのも時間の問題だ。

「迂闊…!狭路に入ったのが裏目に出た…斬っても斬っても果てが無い!やつら、犠牲を一切厭っていない!まるごと押しつぶされる!」


その時、たみ子の足元の石畳が展開した。そこに繋がる地下トンネルから、巨大な黒のアタッシュケースが飛び出る。

「遅えよ!」

そうぼやきながらケースを開けたたみ子は、中に格納されていた武装を全身のUSBハブに直結させていく。


「マズい…コイツら数だけの寄せ集めかと思ったら、統制が異常だ!兵に恐怖が全く無い!死を恐れず突っ込んでくる単純な質量の塊…単純なだけに『無敵』だ…弱点がないッ!」

マサが死を覚悟した瞬間。


爆音。銃弾の雪崩。

無貌の兵たちが溶けるように挽肉へと変わっていく。


マサが振り返ると、そこには両腕に二連ガトリングガン、肩に5連回転式クレイモア、そして中心の赤いクリスタルが印象的な胸部プレートアーマーを身に着けたウォーモンガーたみ子がいた。背中には彼女の体積の5倍はあろうかという巨大な弾薬バレル。過重量を支えるための外部フレームが下半身を支える。


ガトリングガンを構えるのと合わせて、周囲にギターサウンドが鳴り響く。

「群衆整理用対多戦闘特化・大量虐殺用フォーム”クラウド・コントローラー”!待たせたなマサ!大群相手は任せな!」

「その音楽、どこから鳴ってるんスか?」

「盛り上がるだろォ〜〜ッ!?」


たみ子は両手のガトリングガンを振り回し、銃弾を乱射する。

貫通力に特化した劣化ウラン弾頭の雨が、たちまちにして狭路に一直線に並んだ兵たちを肉片と化していく。

死体の山はたちまちに周囲を埋め尽くし、それ自体が急場の土嚢替わりとなる。


「マサ、ここじゃジリ貧だ!突破するぞ、ついてこい!」

肩にマウントされたクレイモアの表層が弾け、大量のベアリング弾が撒き散らされた。たみ子の前方半径を無差別・面的な死が支配する!


二人は再び大通りに飛び出た。異常密度暴走族の中に、クレイモアによる死によって強引に空間がこじ開けられる!ガトリングガンの弾雨は敵が近づくのを許さず、二人の生存空間を更に広げる。


「マサ!言っとくがコレは時間稼ぎだ!もうちょい待ったら奥でふんぞり返ってる頭…奴を狙撃できる!それが当たりゃ終わりだ!」

背負式の弾薬バレルは巨大すぎるほどのサイズだが、この勢いで撃ちまくれば、さほど長時間は持たないだろう。

「外れたら!?」

「外しても、奴への道はできる!ン時ャお前が突っ込んで奴を殺れ!」

「…ッ!わかりました!」


たみ子の胸部を覆うアーマー、その中心部のクリスタルが明滅し、周囲を囲むように示すインジケーター・ライトが全て点灯した。

「チャージ完了ォ…真っすぐ…動くなよォ、あのドチンピラ…今だ!」

たみ子の胸部プレートアーマーの中心クリスタルから、高出力レーザーが発射された。

それはマサとたみ子が最初に出会った際に使った緊急マトリクスレーザーに良く似ているが、出力がそれとはケタ違いだ。

レーザーは兵たちを貫通蒸発させながら、一直線に轟轟丸を狙って進む…が!


紙一重!轟轟丸が直前でバイクを急加速させ、レーザーの狙いを躱した!

「クソッ!マサ、プランBだ!奴まで真ッすぐ、タイマンならお前が勝てる!殺ってこい!」


轟轟丸までの距離、数百メートル!たみ子のレーザーで人海に大穴が空いている。だが、それはすぐに埋まろうとしている。


マサは駆け抜ける。左右から無貌の兵たちが釘バットや角材攻撃を繰り出すも、マサの防御を崩すことができない。たみ子が後ろからガトリング斉射で彼を援護する!

ガトリング流れ弾がマサにも向かうが、彼は難なくそれを弾き飛ばす!

「たみ子さん!流れ弾ァ!」

「チンピラ五千人とアーシの流れ弾一発じゃ、後のがラクだろ!グダグダ言わず走れ!」


加速止まらず、走り抜け続ける!

残り10m、バイク軍勢が再び結集して轟轟丸までの道を阻む人壁となる。

「デェェェェェイ!」

マサは加速の勢いのまま跳躍。人壁を飛び越え、バイクに跨る轟轟丸に斬りかかる!


「俺とタイマンとは、良い度胸してるじゃねーか、コラ!」

轟轟丸が釘バットを構える。

「なまくらとは言え…釘バットごとき!」

ガキィン。しかし、刃が当たる感覚は確かに剣戟のそれである。


「なん…だ…コレ…!?」

至近距離でそれを見たマサは気づいた。バットに打ち込まれているのは、釘ではなかった。全てが極小の日本刀、無数の刀身がバットに刺さっているのだ!

これは釘バットではない!鈍器にして剣、その名も剣属バットである!


「ヒャハ!ハ!やるなテメー!名前は」

「マサ!百手のマサ…ッスよ!」

轟轟丸とマサの視線が合った。

マサはその眼を見た時、奇妙な感覚に駆られた。この男と会うのは間違いなく今日が初めてだ。だが、その眼を見た時マサには何か通じるものを感じた。


一瞬の逡巡を振り切り、激しい切り結びが始まる。周りの兵たちは手が出せない。


一見互角の攻防。しかし、一対一に引きずり込んでの近接戦闘ではマサに分がある!轟轟丸の力任せの横薙ぎを弾き、その手から剣属バットを弾き飛ばす。


「グッ…畜生!」

轟轟丸が叫んだ。

「トドメだ、マサ!」

ガトリング乱射しながら、たみ子も叫ぶ。

マサが刀を振りかぶった。


(つづく)

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