05. 準備期間
2-Aの文化祭の出し物は『男装執事&女装メイド』喫茶に決まった。
…どこでどう間違ったらこうなるんだ?
普通逆じゃないのか?
などと一部のクラスメイトから文句が飛んだが決まったものは決まってしまった。
そして店舗装飾の大道具・小道具、執事やメイド衣装作成・メニュー考察など、様々な役割分担の準備が必要である。しかしその統括・指示を出すべき委員長こと中村夕海の姿は不在だった。
彼女はお姫様だっこで保健室に運ばれた翌日以降、学校には登校していない。担任からクラスに伝えられた情報では風邪をこじらせたらしい、とのことである。
中心人物たる委員長が不在である今、クラスの準備はガタガタになるのか?そう思われていたが、準備は着々と進んでいた。雄太が中心となって進めていたからである。
先日のクラス出し物の際に大いに目立ち、そして決める時も委員長とともに司会進行、書記、意見等々をつとめ、お前もうクラスの文化祭実行委員でいいんじゃないか?とクラスメイトに言われていたほどである。
実際、彼は仏頂面ではあるが、頼まれたらあまり断らないという、外面では全く分からない性格であり、『この間の仕切った責任を取らないといけない』という変な使命感を持っていた。
結果、夕海と一緒にクラス準備の取り仕切りを買って出たのだった。そして現在は夕海がいないため事実上、彼が責任者に等しい状態である。
しかしながら『喫茶店』という形式上、一番忙しいのは接客・調理等が入る当日であり、それまでの準備は装飾や看板などの作成などに限られる。
文化祭当日まで数週間前となったが、完成しているそれらは教室後ろに立てかけてある。事前準備がある程度のめどがついたため、まだ放課後の早い時間ではあるが今日の準備はほぼ終了となってしまった。
「それじゃ、またな!向山」
「あぁ、また明日」
残っていたクラスメイトも帰宅し、教室には雄太以外誰もいなくなった。
あれからクラスの雰囲気は協力的になった。文化祭はもちろん当日が一番楽しい。しかし準備期間もクラスメイトと雑談しながら過ごすことができる楽しい時間だ。
そう思っている雄太である。
よって、今日も学校を休み、この準備期間を楽しむことができない委員長のことを少し不憫だなと口には出さず装飾品の前に立っていた。
『ガタッ』
物思いに更ける雄太の耳に教室の前にある扉が開く音が響いた。少しだけ開いた教室の前方にある入口を見ると…
「あれ?誰もいない…みんな帰っちゃったかな?」
「っ?!」
独り言のような囁き声。ここ数日聞いていなかった声。入り口からはちょうど考えていた当人-夕海-が顔を覗かせていた。
まさか思い人が姿を見せるとは思ってもいなかった雄太は、驚愕し、慌てふためき、目に見えるくらいに狼狽えた。
(ちょっと会わなかっただけなのに、チョロすぎだろ!俺!)
「……き、今日の準備は終わったぞ?」
多少挙動不審になりながらも取り繕うように咳払いなどして、教室の後ろから声を飛ばした。
「えっ!!あ、向山くん?!い、いたの?!」
みるみるうちに顔が赤くなり、首元までピンクになる夕海。
こうなる原因はただひとつ。先日の『お姫様だっこ事件』で意識しまくっているためなのは言うまでもないだろう。こちらもこちらで意識しすぎて挙動不審者状態である。
「だ、大丈夫か?まだ熱があるのか?」
「そそ、そんなことないよ?」
お互いどもりながらの会話を交わしながら教室の中に入ってくる夕海。その姿を見ながら雄太は気持ちを少し落ち着かせていった。
(大丈夫…大丈夫。いつも通りに…)
「えっと…この間は…そう、色々と悪かった…謝ってなかったな」
一体何を謝る必要があるのかないのか、とりあえず謝ってしまう雄太。
「うぅん、こっちこそちゃんとお礼言わなくて…本当にごめんね」
「いや、俺の方こそ…すまない」
「そんなことない!私の方こそごめんなさい。倒れたところを助けてくれたんだから」
「………」
「………」
お互い顔を見合わせた後…
「…俺が言うのも変だが…何で俺たち謝ってるんだ?」
顔を見合わせ…同時に笑い出す。
「本当!何でだろうね」
ひとしきり笑いあったあと、雄太は夕海に準備状況を伝えた。
「とりあえず準備は順調だな。昨日、衣装というかメイド服と執事の服もできあがって試着させてみたんだが…」
「え?何か不都合があったの?」
「いや…あまりにも春日のメイド姿がおぞましくってな…」
「え…そ、それはあまり…私も遠慮したいかなぁ~」
雄太の説明からクラスメイト(春日=第1話参照)の
気持ちは分かるが試着した
「ちなみにメニューの試食もそろそろ、という頃合だな。 とはいっても軽食程度の簡単なものとドリンクくらいしか出すつもりがないから試食もなにもないが」
淡々と報告をあげていく。
「ありがとう…向山くんが進めてくれているおかげで助かったよ。私がこんな状態だったから…ごめんね」
「『ごめん』は、いらん…身体しっかり治してこい」
委員長という役職があったためか、責任感を感じ様子を見に来たのだろう。しかしながらあまり顔色は良さそうには見えなかった。それを隠すように、心配させないように答える夕海。
「うん、ありがとう!今日は体調が良かったからちょっとだけ準備を見に来たの…明日はちゃんと学校に朝から来るからね」
「こっちは順調だから。無理はするなよ?」
「分かった!信頼してる!ありがとう!」
その純粋な微笑みに雄太は照れを隠すため横を向いた。そんな雄太の姿を見た夕海は、いたずらな笑みを浮かべる。
「あれ~?なんでこっち向かないかな~?なんで~?」
「うるさい!ほっとけ!性格いきなり変わってないか?」
「そんなことないよ?向山くん、どうしたの?」
「どうもしない!顔がニヤけてるぞ!」
からかわれる雄太だった。
雑談後、校門を抜け途中まで一緒に帰り、路地で別れた。
「また、明日ね!」
「あぁ、またな」
翌日
約束通り夕海は登校してきた。しかし体調が悪いとのことで早退した。さらにその翌日は、体調が優れないとの理由で学校を欠席した。
そして
……入院したとの話が雄太の耳に入った。
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