11. メッセージ

 懐から自分のスマホを取り出した。スマホもある意味小さなパソコンである。中に何のデータが入ってるかくらいは確認できるはず。

 そう思い当たり、一旦電源を切り、Micro SDを挿入して再度電源を投入した。この起動までの時間がもどかしい。


 Android OSが起動し、ファイルマネージャーでSDの中身を確認すると…動画ファイルがひとつだけあった。ファイルをタップし再生をしてみる。


 再生ソフトが立ち上がり、その画面上には…


「!」


 自撮りをしたのだろう、病院のベッドに座る夕海の姿が映し出された。

 

『あ~…ちゃんと撮れてるかな?大丈夫だよね!』

『えっと…この動画を見ている人がいるってことは…私はもうこの世にいないと思います』


 雄太は絶句した。これは…彼女の…夕海の俺への最後のメッセージなのか。


『そしてこれを見ているのは向山くんだと思ってこの動画を残します。もし、お父さんやお母さんがこれを見ていたらすぐに止めてください』

『といっても、お父さんとお母さんにこの動画を見られる方法なんて分からないと思うけどね』


 あはは、と屈託なく夕海の姿が画面に映る。

 撮影したのはいつだろうか…直近なのは確かなのだが…


『さて、改めて向山くん…ってさっき帰ったばかりの人に話しかけるのって変だよね。文化祭の準備の映像見せてくれたし』


 どうやらこれを撮ったのは文化祭準備期間の時らしい。


『で、今さっき言ったように、私はもうこの世にはいないと思います。でも不思議な気分。この世にいないって言いながら、撮ってる私はまだここにいるのに』


 笑いながら言う彼女の表情は晴れ晴れとしていた。何かが吹っ切れたように。


『本当言うとね、私がそんなに長く生きられないことは分かってたんだ。お父さんとお母さんが話しているのをそれとなく聞いちゃったし』


 まさか、夕海がかなり早い段階で自身の最後を感じ取っていたことに雄太は驚いた。


『…色々悩んだけど…これも運命かなって…だから覚悟できています』


 しばし無言が続いた。先ほどまであった彼女の表情から笑みが消えた。そして画面の中でちょっと考えるような仕草をしたあと…


-思いを告げた-


『…嘘…覚悟できてない…私にはやり残したことがいっぱいある…』

『いっぱいっぱいあるけど、これだけは絶対残しておかなきゃって思って動画にします』


しっかりと画面に向けて…画面の向こう側にいるだろう雄太に向けて語り始めた。


『これを見てる向山 雄太くん…貴方に対してです』


 俺宛に?


『先に旅立つ私が言うのも卑怯で…貴方に迷惑かけちゃうし、ただのエゴだけど…心残りはできるだけ少ないほうがいいから…だから言います』


 そして意を決したように語りだす。


『あなたが…好きでした…ずっと昔から、あなたが好きでした』


 …告白…画面越しではあるが…雄太に思いを告げた。


『実は向山くんとは高校のときにはじめて会ったんじゃないんだよ』

『多分覚えてないだろうけど、小学校4年のとき公園で泣いていた私に花をくれて励ましてくれたんだよ』


 まさか夕海も覚えていたとは。驚きと切なさで雄太の胸の中はいっぱいだった。


『でも本当に卑怯だよね…私…こうやって告白できても向山くんは困るだろうし…』

『…そして私は向山くんの返事を聞けない』


 画面の中の夕海は辛そうに俯いた。そして話題を変えるようにすぐに顔を上げ、


『そうそう、私、いつも頭の中ではあなたのこと、雄太くんって呼んでたんだよ』

『いつだったかな…私間違って思いっきり「雄太くん!」って呼んじゃったことあって…すっごい恥ずかしかった!」


 雄太は覚えていた。夕海をお見舞いに行ったとき、扉を開けた途端にそう呼ばれていた。後にも先にも名前で呼ばれたのはその1回だけだった。


『でも、もう最後だから……だからこれからは雄太くんって呼んじゃうね』

『雄太くん…本当にあなたのこと好きでした』


 雄太はもうガマンできなかった。

 …なんで過去形なんだよ、なんで好き『でした』なんだよ!現在進行形でもいいじゃないか!

 気付かないうちに、雄太の両目から涙が流れ落ちていた。


『伝えたいこと言っちゃった…これでもう思い残すことないかな?』

『でもごめんね…私の告白があると雄太くん、新しい彼女できなくなっちゃうかも』

『なぁ~んて、自意識過剰かな?でも……』


『…だから謝ります…本当ごめんなさい…そして…今まで本当にありがとう』


 画面に手が伸びてきた。そして、画面が真っ暗になった。

 恐らく動画をOFFにしようと手を伸ばしたのだろう。



 バカやろう…俺のことなんか気にすんなよ…

 なんでもっと前に言っておかないんだよ…そんな大事なこと…


 いや、バカやろうは俺か!

 なんでもっと前に俺は言わなかったんだよ…そんな大事なこと…


 そしたらもっともっと…


 後悔だけがどんどん膨れ上がっていった。







『うぅ…ぐす……』


 気付くとすすり泣く声がどこからか聞こえる。

 画面が真っ暗なスマホの画面をタップすると、再生ソフトのシークバーはまだ残り時間があることを示している。


『覚悟なんてできてないよ…』

『いやだよ…死にたくないよ…なんで私なの?』

『だって…まだ高校2年だよ?』


『いっぱいやりたいことあるんだよ!!

 雄太くんとやりたいことあるんだよ!!

 いっぱい手をつないで!

 学校に行くんだよ!

 一緒に授業受けるんだよ!

 お昼も一緒に食べるんだよ!

 放課後だって一緒にいるんだよ!

 デートにだって行くんだよ!

 遊園地行って!

 映画館行って!

 誕生日を祝って!

 クリスマスを一緒に過ごして!

 初詣一緒に行って!

 バレンタインのチョコあげて!

 3年になって!

 海に行って!

 受験勉強がんばって!

 一緒の大学行って!

 一緒に暮らして!

 将来一緒になりたかったんだよ!!!

 なんでなの?なんで私なの!!』



 隠そうとしていた本音。

 声がくぐもって漏れており、画面は暗いままなので恐らくスマホを握りしめているのだろう。

 しかし夕海のその言葉はしっかりとスマホのマイクが拾っており、画面越しの雄太に届いていた。

 偽らざる夕海の本音を。


 やり場のない怒りが涙とともに雄太の口から出てくる。


「なんでだよ!

 なんで夕海なんだよ!

 ちっぽけな願いだろ!

 普通の女の子の普通の願いだろ!

 こんな些細な願いをなんで叶えられないんだよ!

 多くは望まずただ一緒にいたかった!

 それだけだろ!」


 ブランコに乗り、スマホに顔を埋め、雄太は大事な人を思いながら…

 

 ただ泣いた。



『あ…あれ?スマホちゃんと切れてなかった…あ~入っちゃってたなぁ…参ったなぁ~』


 気付くと画面の中の夕海は泣き止んでいた。


『ごめんね雄太くん…ちゃんと切れてなかったからいらないところまで入っちゃった』

『もう一度撮るのも恥ずかしいし、消すのもあれなんで、そのまま残しておくね』


 画面の向こうには吹っ切れたような笑顔…涙の跡は残っているが、気持ちいいくらいの笑顔があった。


『でも、これで言いたいこと全部言っちゃったから、本当に思い残すことなくなっちゃった』


 その笑顔を見て…雄太も気持ちを落ち着けることができた。


 あぁ…夕海は強かったんだ…

 それに比べて…俺は弱すぎる…

 彼女の意思に応えるため…

 もっと強くならないと…


 そして…彼女から本当に最後のメッセージが紡がれる。

 それは残される者に対して、

 残していく者からの、

 ちっぽけなねがい。


『これで本当におしまい…』


 あぁ、カーテンコールの時間はもう過ぎちまったな…


『一緒にいられて…楽しかったよ』


 こっちこそ楽しかった…


『お姫様抱っこ…恥ずかしかったけど嬉しかった!ありがとうね』


 勢いでやっちまってごめんな…


『私のこと…忘れてもいいからね』


 忘れるはずないだろ……委員長と呼ばれた素敵な女の子がいたことを…


『やっぱ嘘、少しだけ覚えてて…』


 もし俺が忘れたら…化けて出て来い…そしてデートするぞ…


『最後に…重くて本当にごめんね…』


 重いと分かってるなら最初から言うな…


『こんなこと言うのも変だけど…新しい彼女…見つけて幸せになってね…』


 彼女?作れると思ってるのか?


『ちょっとだけ嫉妬しちゃうかもだけど許してね』


 嫉妬なんかさせない…作る気がないからな…


『彼女いてもいいけど、できれば私の命日くらいは私のこと、思い出してくれると嬉しいな…』


 命日だけじゃなく、毎月の月命日…

 いや、毎月どころか毎日だって思い出してやる…覚えておく…


『雄太くん…今まで本当にありがとう…』


 こっちこそ…色々とありがとうな…


『…ばいばい』


 じゃあな…



 -ずっと言えなくてごめんな-

 -俺も-

 -公園で会ったそのときから-

 -そのときから-

 -好きだったよ-


 


 残して逝く者からのメッセージは受け取った。

 今度は、残された者が残した者に対して応える番だ。


 雄太はブランコから立ち上がった。その顔には鬱屈した表情はもうない。


  前を向いていこう

  彼女の分まで 

  夕海に笑われないように


 その顔は笑顔だった。



 そしてスマホにも…

 夕海の眩しい笑顔が最後に残されていた。

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