12. 桔梗の君

 少年は色とりどりの桔梗の花から成される花束を持っていた。つい先ほど、フラワーショップで購入したものである。


 スタッフの女の子からはお見舞いですか?と聞かれてしまった。確かに今の季節、お見舞いの花として桔梗は最適だろう。

 しかし彼の歩みは病院へは向いていなかった。


 向かった場所…それは墓地だった。

 そして一つの墓石の前で立ち止まる。


 『中村家先祖代々之墓』


 墓石の横には見知った名前が刻み込まれていた。


「あれからちょうど1年だ…早いもんだな…」



 スマホの映像を見た翌日には、中村家を訪問して夕海の両親に挨拶をした。葬儀に参列しなかった非礼を詫び、仏壇にある写真の中の夕海と対面した。

 素敵な笑顔の写真だった。

 四十九日後に墓の場所を教えてもらい、それからは足しげく墓参りをしている。


 小高い丘に墓はあった。生い茂った木々から鳥のさえずりが聞こえる。気持ちいい風が吹きぬけ、季節が秋であること感じさせていた。


「今日の桔梗はたくさんの色があるが、あのとき、白い桔梗は『清楚』って言ってたよな…」


 墓石の前で語りかける。


「あのあと調べたんだよ…改めて桔梗の花言葉を」


 聞こえていた鳥のさえずりがふと止んだ。


「俺は生きていくよ…夕海…お前の分まで」


 彼の廻りにだけ風がゆるやかに吹いた。


「そして決めたよ…俺はお前だけを思っていくってな…」


 風が再び止んだ。


「何故かって?」


 花束をそっと墓石の前に置く。


「そりゃ、大事な人との別れを味わうのはもうこりごりだからだ」


 柔らかな風がまた吹き始めた。


「だから俺とお前は…ずっと一緒だ」


 墓石に置いた桔梗の花が、風に吹かれ嬉しそうに揺れた。


「もう決めたことだ…反論は認めないからな」


 ふと空を見上げた。

 ここに眠る少女が、優しく微笑んだ姿が空に見えたような気がした。





 しばらく語りかけていたが、いつの間にか日が傾く時間になっていた。

 そろそろ帰らないとな…などと思っていた雄太だった。


「あれ?あなたは?」


 声をかけられ振り向くと、そこには桔梗を持った少女がいた。背中まで伸ばした黒髪が綺麗な少女である。

 どこかで見たことあるようなないような…雄太は不思議な気持ちになってきた。


「君は…どこかで…?」

「はい、いつもお買い上げいただきありがとうございます!」


 そう言われてもすぐにはピンと来なかった。

 雄太の口から答えが出てこなかったため、目の前の少女は膨れっ面になった。


「あ~私のこと分かんないんですね…ひどいです!」

「う…すまん…」


 そして彼女は自己紹介した。


「中村 小夜子さよこ。現在高校2年生。1年前までお姉ちゃんがいました。今は花屋でバイトしてます♪」


 そう言って髪の毛をポニーテールにしてみせた。


「あ!花屋の!」

「はい!だから言ったじゃないですか。お買い上げありがとうございますって」


 まさかの夕海の妹だった。よくよく見れば、夕海の面影がある。


「偶然ってあるもんだな。まさか俺が買っていた花屋に夕海の妹がいたなんて」

「不思議ですよね、桔梗の君さん」

「へっ?なんだその二つ名は」


 聞きなれない言葉が出てきたため、雄太は聞き返した。


「うちのアルバイト仲間では有名ですよ?毎月決まった日に桔梗の花束だけを買っていく人がいるって。名づけて桔梗の君、ですよ」

「…すまん…その名前が似合うのは桔梗の花が好きだった君のお姉さんである夕海だ。だから今すぐその名前を止めさせるようにバイト先に周知してくれ」

「うふふ、分かりました」


 果たして本当に分かったのか不明だが、小夜子は笑いながら承知した。

 その笑い顔を見た途端に愛しの人を思い出した。


「(あぁ、本当に姉妹なんだな…笑い顔が夕海そっくりだ)」


 小夜子も姉の墓に花を手向け手を合わせた。そしてこちらを振り返り…


「今度、お姉ちゃんの話を聞かせてください」

「何も話すことはないと思うぞ」

「学校での姿とか……私の知らないお姉ちゃんを知っておきたいので…」


 そしてもう一度墓に向き直った。僅かに肩が震えているように見えた。



 数分後、小夜子は立ち上がりこう告げた。


「さてと!私はこれで失礼しますね」

「…随分あっさりだな」

「だって…」


 いじわるそうな、そして少し悲しみも含んだ顔をこちらに向け…


「恋人同士の時間を邪魔するなんて野暮じゃないですか」


 そんな言葉を残して立ち去っていった。




 小夜子と話しているうちに日も随分落ちてしまった。もうすぐこの辺りも夜の帳が下りてくるだろう。

 改めて墓石に向かって雄太は呟いた。


「また、来るよ…今度は月命日に…白と紫の桔梗を持って」


 そして彼は墓石に背を向けて歩き出した。





 -桔梗の花言葉-

 

 -白は清楚-

 -紫は気品-



 そして……



 -永遠の愛-




 木々が風に揺れる

 桔梗の花も揺れ続ける

 風が少女の声で囁いたように聞こえた…

 

 その声は彼に届いたのであろう

 背を向けたまま花束に片手を挙げたから

 

 その声は…

 忘れもしない最愛の女性の声で…

 こう告げた


『ありがとう、またね』

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【完結済】Balloon flower~桔梗の君~(加筆・修正版) 飛鳥 詠 @a_aska

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