10. 残されたもの

 中村 夕海を送る儀は滞りなく終わった。参列したクラスメイトは人目を憚らず号泣するもの、すすり泣くもの、泣くことをガマンするもの様々であった。


 雄太は葬儀に参列しなかった。いや、できなかったというのが正解だろうか。

 事前に夕海の父からどうなるかは聞かされていたとはいえ、やはり精神的に受け入れることができなかったようだった。

 

 葬儀に参列したら夕海との絆が切れてしまうのではないか…

 すべてが終わってしまうのではないか…

 共有したものも泡となって消えてしまうのではないか…


 結果、何もできなくなってしまい、夕海がこの世にいないことを受け入れられない雄太は、彼女が亡くなったことを知った日から登校することができなくなってしまった。

 基本的に部屋に閉じこもるようになり、食事や入浴、排泄など生活に最低限のことをするためだけに自室を出るだけだった。

 両親も何事かと心配したが、葬儀の翌日に担任から連絡をもらい、雄太のおかれた状況を把握できたため強く言うことができなくなってしまった。


 クラスメイトも雄太が夕海の葬儀に参列しなかったことに、登校してこないことに異を唱えるものはいなかった。彼が文化祭をはじめとしたクラスの立役者だったことを理解しているとともに、今は亡きもう一人の立役者を慮った結果だった。



 夕海の葬儀から2週間後、両親も仕事に行ってしまい物静かな自宅でいつもと同じように今日もベッドに座り、自身がスマホで撮影した文化祭の映像を見ながら、夕海と文化祭準備から当日までの共有できた日々を思い返していた。


 彼女は楽しそうに雄太の撮った映像を見るために、彼のスマホを覗き込んでいた。肩と肩が触れ合うくらいに近くまで寄られて、雄太の心境は穏やかでなかった。


 夕海と少しでも長く一緒にいられると思っていた。

 こんな日がずっと続くと思っていた。

 ひょっとしたら奇跡なんてものが起きて体調が回復するなんて思っていた。


 しかし現実は甘くはなく、彼女は逝ってしまった。


「俺は今後どうすればいいんだろうな…」


 映像の再生が終わり、スリープモードとなり暗くなったスマホの画面には、生甲斐を無くしたかのように生気がなく、目の下に隈がくっきりと浮かび上がった顔をした自身の顔が映りこむ。


「ははは…こんな死にそうな顔をしてたのか俺は。心配して委員長が化けてでてきそうだな」


 改めて自分の顔がとてもじゃないがひどい状態であることを自覚した。


 このままじゃいけない…

 いつもの生活に戻らないと…

 学校にも行かないと…

 少しでも前に進まないと…

 残されたものがやるべきことをしないと…


 しかし日常生活へのその一歩を踏み出すのに相当の勇気がいることを、今の雄太は感じていた。


「気晴らしに歩くか…」


 そこから少しずつリハビリをして日常へ戻ろう。

 そう思い、雄太は久しぶりに自宅から外に出た。



 行き先など決めていなかった。ただ何も考えず近所を歩く、そこから日常に戻ろうと思っていただけだった。だからそこに辿り着いたのは偶然だったのか、それとも夕海が呼んだのか…


 気付くと小さな公園に来ていた。


「ここは…」


 そう、この公園こそ雄太と夕海が初めて会った公園だった。

 住宅街の中にある小さな公園。遊具はブランコと滑り台だけであり、あとは砂場があるだけ。ここから二人の出会いがはじまったのだった。


 雄太はブランコに腰掛けた。さすがに高校生ともなるとブランコなどはものすごく窮屈だ。昔、夕海が腰掛けていたのを見たときはものすごく大きく見えたのにな…と思い出す。


「向山くん」


 俯いていた雄太に声がかけられた。見上げると中年の男性が立っていた。


「いいんちょ…夕海さんの…お父さん?」

「偶然だね」


 決して偶然ではないのだろう。その証拠にジャケット姿というラフな格好であり、仕事中であるようには見えなかった。恐らく何らかの形で雄太に会いたいと思っていたに違いない。


「あの、葬儀にも参列せずにすみませんでした」

「いや、いいんだよ。君も相当辛かっただろうから…改めて本当に色々と娘のために…ありがとう」


 病院で会ってから少ししか経ってないはずなのに、一気に老けたように見える。

 辛いのは自分じゃない。父親である彼が一番辛いはずだ。そう思い至り、自分の今までの行動がただの自分のエゴだったことに恥ずかしさを感じた。


「俺は何もしていません……俺にできることしかできませんでした…」 

「そんなことはない。君は夕海にたくさんのことを残してくれた。父親である私にもできなかったことをね」

「えっ?」


 予想外の言葉だった。自分は何を残せたのだろう?思い出を共有することしかできなかったはずだ。それも文化祭というごく最近の出来事だけを。


「夕海は最後まで笑っていたんだよ…笑いながら迎えることができたんだ。」

「………」

「あの子の最後の言葉は『最大級のごめんなさいと…そして最大級のありがとう…』そんなことを夕海は言ってたよ。間違いなく君宛だろうね」


 知らなかった。夕海が亡くなったと聞いてから自宅に篭っていたから。自分が悲劇の主人公を演じていたつもりになっていた。

 彼女は最後まで立派に生きたのだ。自身は辛いはずなのに最後の最後で感謝もしていたのだ。


 今となってはなんて俺はバカなことをしたのだろうか。なんて無駄な日々を過ごしていたのだろうか。

 鈍器で殴られたかのような衝撃を受け、雄太の目から涙が零れ落ちた。夕海が逝ったと知ってからはじめて流した涙だった。

 夕海の父はそんな雄太を待っていた。彼が泣き止むのを。優しい目で。


「…すみませんでした。取り乱してしまって」

「ありがとう。娘のために泣いてくれて」

「改めて…お線香だけでもあげに行かせてくれませんか?色々と謝りたいので」

「こちらからも是非お願いしたいくらいだ。きっと喜ぶだろう」


 そうして中村家の住所が書いてある紙と封筒を手渡してきた。


「これは夕海から君に渡してほしい、と預かったものだ。受け取ってほしい」


 表面には『向山 雄太さま』と書いてあり、裏面には『向山くんだけ中身を確認してください…お父さん、お母さんでも開けちゃダメ』と、夕海の字で書いてあった。


「ありがとうございます」

「それでは私はこれで失礼するよ」


 そうして夕海の父は去っていった。


 お礼を言い、早速封を切り中身を確認してみたが、何も入っていない?

 いや、底の方にMicro SDカードが入っていた。

 何データが入っているのだろうか?夕海がわざわざ自分だけに残したデータだ。今すぐにでも確認したい!しかし今ここにはパソコンもなく、中身を見られるものがなかった。


 考え込んだ雄太はデータが見られる一つのものに思いついた。


「っ!これなら…」

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