07. お見舞い
夕海は登校を再開した。しかしながら体調は万全ではないのか、授業中も多少ボーっとした状態であったし、歩くときも少しふらふらしていた。
食事等も弁当等ではなく、消化のよいもので、例えていうならウ○ダーのようなゼリー飲料や離乳食に近いものを食べていた。
そして、午後になると顔面蒼白となることも多く保健室→そのまま帰宅
という形が数日続き、クラスメイト達も(大丈夫か?)と思っていた。
そして夕海が再登校してから1週間経ったある日、それはまた訪れた。
お昼前の日本史の授業中に『ドサッ』と音がした。
教室中の視線を一手に集めたそこには…椅子から転げ落ち、床に横たわる夕海の姿があった。呼吸は荒く、意識はほとんどない状態。教室中に響く女子生徒たちの悲鳴、男子生徒の叫び声。
日本史担当教諭(男性 27歳 独身 教師生活2年目)も最初何が起きたか分からず
生徒達の悲鳴と叫び声に影響され、半ばパニック状態となった。
しかしながらそこは教師。すぐに正気を取り戻し、
『(ここは私がしっかりして適切な処置を施さないと!)』
そう思ったときには既に事が進んでいた。
「保健室に連れて行きます!」
夕海が倒れてから2秒後には雄太が叫んだ。そして彼は躊躇いもなく行動に移し、再び『それ』をした。
左手を夕海の後頭部に置き、右手は膝の裏。スカートの中が見えそうで見えない程度に右手を持ち上げる。見ているクラスメイトからしたら残念…もとい絶妙な角度である。
そう
『お姫様だっこ』リターンズ。
倒れた夕海をお姫様だっこ状態にし、颯爽と教室から走り去った。夕海が倒れてから10秒、ほんの僅かな時間であった。
騒いでいたクラスメイトもあっけにとられ、最初は何が起きたか理解できなかったが、彼が走り去った5秒後、我に返ったクラスメイト達は爆発した。
『うぉぉぉぉぉぉ!!!』
『なんだ?!あれ?』
『またかよーーー!!!』
『きゃーーーー!!!素敵!!!!!』
『またお姫様抱っこじゃないか!!!』
『なんで向山なんだよぉ!!!』
『ずるーーーーい!!』
『私もお姫様だっこしてほしい!!』
『俺がしてやんよ』
『や、遠慮しておくわ』
『ガーン!!』
『俺も!誰かお姫様だっこしてくれ!!』
『俺が…やってやるよ…ムフッ』
『あっー!!』
『私ノーパンだから抱っこされたら危なかった』
『『『『『えっ?!』』』』』
『先生だって…先生だって……!!!』
泣き叫び笑い怒号?が鳴り響いた。この混乱に乗じてカミングアウトした生徒がいるようだが、あまり詮索しないようにしておくのが平和だろう。
保健室に辿り着くや否や、養護教諭はお姫様抱っこされた夕海を見て
すぐにその後の判断を下した。
数分後…学園内の校庭に救急車が乗り付けられ、夕海は搬送されていった。
雄太は付き添いを申し出たが、
『貴方は貴方のやるべきことをしなさい』といつになく真面目な表情の養護教諭からやんわりと断られた。
雄太は走り行く救急車を見送ることしかできなかった。
翌日、夕海はそのまま入院したとクラスメイトに告げられた。
雄太は宿題や配られたプリント類を持っていくという口実で、夕海が搬送された病院-自分が虫垂炎手術を受けた病院-へと向かった。
受付とナースステーションで病室を聞き出し病室前に立った。
『501 中村 夕海 様』
軽くノックをしたところ、
「はぁ~い」
返事があった。明るい声色で体調は良さそうである。
スライドドアを開けると、ベッドに横になり点滴を受けている夕海の姿があった。その横には両親と思われる夫婦が立っていた。
「えっ?!なんで?!なんで雄太くんが???!!!!」
雄太の姿を見た途端に、横にいる両親を忘れて叫ぶ夕海。
届けものに来ていきなり『なんで』呼ばわりされ、雄太は色々と突っ込みたいところだったが、とりあえず開口一番に、
「お見舞いとプリントを届けに来た」
とだけ告げ、持っていたプリントと『花』を差し出した。
「あ、わ、わざわざありがとう…これ…桔梗の花がアレンジされてる…私ね、桔梗好きなの!ひょっとして私の好みに合わせて?」
そう言われた雄太だが、まさか遠い昔、夕海にあげた花と同じ花なら喜ばれるだろう、という安易な考えで買ってきたとは言えない。
「た、立ち寄った花屋で『お見舞い用』として買ったから偶然だろ』
このように言うのが精いっぱいだった。しかし桔梗だけの花束は言わないと作ってくれないので、嘘はバレバレである。
「白い桔梗の花言葉って『清楚』って意味なんだって!私にぴったりだと思わない?」
「……そ、そうなんだ」
おどけるように言う夕海に対して、雄太は自分でそれを言うか?なんてツッコミが出ないほど、できるだけボロを出さないよう、一言だけ答えるのがやっとだった。
それを分かっているのかいないのか、夕海は「うふふ~♪」と上機嫌である。
夕海の母親だろう、女性が『わざわざありがとう』と雄太に挨拶をし、桔梗を花瓶に生けるため病室を出て行った。
しかしここで問題が発生した。
現在病室にいるメンバーは夕海、夕海の父、雄太だけである。
夕海の父は自分のことをどう思っているのだろうか。娘にまとわりつく悪い虫とか思われてないよな?ただのクラスメイトと思ってくれてるよな?
雄太の性格上、会話のキャッチボールが苦手なため会話がほとんどない病室。夕海父から目線を向けられるたびに雄太は考えを巡らせる。
居心地が悪くなり、目的も果たしたから早々に退散したほうが良いと判断したが雄太だったが、
「君…ちょっといいかな?」
と夕海父から声をかけられた。
「は、はい、なんでしょうか?」
いきなり声をかけられ、心臓が飛び出るんじゃないかと冷や汗をかきながら返事をする。
「ここではなんだから…ちょっと場所を変えようか…夕海、ちょっと外に出てくるから」
「え?ちょっ…ちょっと…!お父さん!!余計なことは言わないでね!」
背後から声援(?)を受け、病室から出た。
廊下で花瓶を持った夕海母とすれ違ったが、夫婦は何やらアイコンタクトをしただけでそのまますれ違う。
そして同じフロアにある談話室まで移動をしてきた。
談話室には誰もいなかった。促されてソファにお互い座るも…また沈黙が包み込む。
「(な、何だこの沈黙は?何で俺はここに連れ出されたんだ?移動してきたってことは委員長には聞かれたくないってことだろうけど…)」
ふと横をチラ見すると葛藤している様子の夕海父の表情が目に入った。
そしておよそ5分ほどの沈黙後…
静寂を破ったのは夕海父だった。
「君が…向山 雄太くん…で良かったんだよね」
「は、はい、いいんちょ…じゃなくて、中村…だと同じだから…えっと、夕海さんと同じクラスの向山 雄太といいます」
驚き慌てながらも自己紹介をする雄太。
「何故自己紹介もしていないのに自分のことを知っているのか?という表情だね」
心を読まれたかのようにそう答えてきた。
「実はね、夕海から君のことはよく話題に上がるんだよ」
「え?!ど、どういう話題が?」
「クラスでフォローしてくれる…とか、決め事のときは率先して決めてくれる、夕海が委員長として困っているときはいつも助けてくれるとか」
想像以上に頼りにされていた。そして報告されていた。
「この間も倒れたときに助けてくれた…とかね」
「あ~それはまぁ、なんというか…」
さすがにお姫様だっこの件は言う必要はないだろう。
「本当、娘と話してると君のことばかりが話題にあがるんだよ」
「い、いえ、俺にできることをしているだけですから」
まさかの内容に、中村家における家族間の会話で自分の話題がどれくらい上っているんだ?と少し気になってしまった。
「…君は学校内で娘に一番親身になってくれていたのだろうと、あの子の話から推測できたよ…本当にありがとう」
そして頭を下げた。大人が高校生に対して深く…そして少し力なく…。このまま土下座でもしそうな勢いであった。
しかし男性の拳だけは強く握り締められていた。何かを我慢するように…まるで泣きそうになるのを堪えるかのように震えてもいた。
「や、やめてください、頭を上げてください!お願いします!俺はできることだけをやってるだけですから」
そう応えながらも雄太の頭の片隅がチリチリする感覚を受けた。
このような力ない大人の姿を最近どこかで見たような気がした。
「いや…本当にお世話になった…ありがとう…親として感謝してもしきれない」
頭の中で警鐘が鳴り響いている。
どこで見た?
「そんな感謝だなんて………って、お世話に『なった』……?転校でもするんですか?」
記憶のページを遡れ、知りたい…
そんな必要ない、知らなくていい…
男性の握り締めた拳にさらに力が入る。
「夕海は……娘は……」
思い出した!思い出してしまった。
俺が入院、手術した翌日、待合室でうなだれていた夫婦…
その男性は目の前の人そっくり…そうじゃない!本人じゃないか!!
『検査結果が悪くてうなだれていたのだろう…』
その時はそう思ったが今は違う!
それ以上は聞きたくない!
言わないでくれ!
男性から搾り出されるような声…
夢現の中で脳裏に響いてきた…
「夕海は…………」
-現実味のない言葉が-
-言葉の暴力となって-
-雄太に襲い掛かった-
「もう……長くはない……」
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