02. 気絶
話し合いの結果、無事に2-Aの出し物も決まった。時間にして30分程度のディスカッションであった。集中して決めれば早く終わるのである。その後、部活や委員会、帰宅する生徒がクラスメイトとの挨拶もそこそこに教室内を去っていく。
自席で黒板に書かれた内容や、今回決まった内容などをノートに書き写し、今日の委員長としての役目を終え、夕海も帰り支度をはじめた。
ふと教室の出口を見ると雄太が帰るところであった。帰宅しようとした彼を呼び止めるため、
「向山くん!」
彼女からは考えられない大きな声が発せられた。
…とは言っても教室中に響くような大声ではない。あくまでも普段の彼女からしたら大きな声という意味である。
しかし普段の彼女を知っているクラスメイトからしたら驚くことであり、『何事か』と彼女に視線を飛ばすことになり、必然的に注目を集めた。
「委員長~向山に助けてもらったお礼か~?」
「お礼だったら何かしてあげれば?」
「そうそう、デートとかいいんじゃない?」
残っていた
「何か用か?委員長」
そんな彼女の元にわざわざ出口から夕海の席に戻ってきた雄太。雄太の顔を見た途端にさらに真っ赤になる夕海の顔。
「えっと…その…あの…ね、今日の…お礼を…その……言いたく……て……」
照れにより最後の方がほとんど聞き取れないくらいの小さな声だった。
「今さっきも言った通りお礼なんかはいい。とりあえず…決まって…よかったな」
普段はぶっきらぼうが制服を着て歩いている、と言われがちな雄太だが実はそんなことはなく、ちゃんと表情を顔に出すこともある。
夕海の叫びによって周囲から注目を集め、さらに冷やかしを浴びたこともあり、雄太にも多少の照れが入ってしまったらしい。『よかったな』という言葉とともに少しはにかんだ笑みを浮かべた。
「~~~~~~っっっ!!!!」
夕海にとっては初めて見る彼の表情。そして予想外に向けられた笑み。耳から首元まで真っ赤に染まっていくのが自分でも分かるほどに照れる夕海。
「ああああああああの……そそそそそんな………ああありりりがととと」
「?」
自分の笑みが夕海を壊れさせたとは夢にも思わない雄太。彼女のその狼狽えようの原因がよくわかっていない。
「それで、委員長はもう終わったのか?」
「(こくこくこくこく)」
言葉を発することができず頷くだけで精一杯の夕海であるが、彼は何も考えていないのか、天然なのか、さらに追い打ちをかける。
「よし、校門まで一緒に帰るか」
「はっはひいぃぃぃぃぃぃーーーーーーーっっっ?????」
どういう風の吹き回しか…何が彼をそこまでさせたのかは不明である。とりあえず夕海を途方もなく真っ赤にして意識を奪うことには成功したようだった。
「「おめでとう!委員長!今夜は赤飯だ!」」
さらにクラスメイトの冷やかしも追い討ちをかけた。どういう追い打ちだか…
「(きゅ~~~…バタン)」
そして夕海は耐え切れず意識を手放した。
「……何か俺はやったのか?」
「向山…とりあえず保健室に連れてけ…お前が原因なんだから」
「OK、何だかよくわからないが…」
「この天然たらしめ」
自分たちが冷やかしたことなど棚上げにするクラスメイトたち。最後の言葉は彼は聞こえなかったらしい。複雑な表情を浮かべた雄太は、夕海を保健室に連れていくことにした。しかし、気絶した夕海をどうやって連れていくのか。
「ん、よいしょ」
雄太は右手を夕海の後頭部に、左手を膝の下に入れて支え…抱え上げる。
…いわゆるお姫様だっこ状態にしてしまった。さすがにその姿に唖然とするクラスメイトたち。
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
軽々と夕海を抱きかかえ教室を出ていった。
「…普通はおんぶとかじゃないのか?」
「それは向山らしい、ってことで」
「でも委員長…満足だろうな……好きだった奴にお姫様だっこされて」
「え?そうなの?委員長って向山好きなの?」
「いや、あれで気付かない方がどうかしてるだろ…」
「多分、委員長自身はみんなにバレてないと思ってるんじゃない?」
「そうだな~委員長の気持ちに気付いてないのは向山本人くらいじゃないか」
「いいなぁ…私もいつか…」
雄太が立ち去った教室では、残ったクラスメイトたちのそんな会話がされていた。
教室を出たあと、廊下を歩いてるとき、階段ですれ違うとき…好奇のまなざしを一手に引き受けて保健室へと進む男女一組(但し一人は気絶・絶賛お姫様だっこ中)
そして保健室に到着し、運んできた状態で保健室の入口前に立つ雄太。開け放たれた扉の前で保健室内に向かって叫ぶ。
「先生!気絶者運んできました」
「…向山…お前はそのままの状態でここまでその患者を運んできたのか?」
「え?おんぶするわけにもいかないし、これが一番楽かと…」
「口答え禁止!普通おぶるだろ!倫理上!私にも納得いかないわ!」
「えっ?そうなのか?」
と保健養護教諭-女性・アラサー・彼氏なし-からも諭され(?)、やっと自分のしでかした事の重大さに気付けた。
数十分後…
「ぅ…う~ん…」
「気付いたか」
保健室のベッドで目を開けた夕海の傍らには、先ほど自分を照れと羞恥で気絶に追い込んだ張本人がいた。そして先ほどの件を思い出す。
「えっ?!はわわわわわ…ごごごごごごめんなさい!」
何がごめんなさいだか分からないが、とりあえずポンコツ化したまま謝る夕海。
「さっきは悪かったな…まさか意識がなくなるとは思わなかったから」
悪びれる様子も(外見上は)なく、語り掛ける仏頂面少年。それでも顔は少し赤らんでいるようにみえる。
「いえ、本当ごめんなさい…私、そのまま気絶しちゃったみたいで」
「具合はどうだ?」
「ん~と…大丈夫。それで…えっと…ここは……保健室?」
周りを見回し、この場所がどこであるか把握する。そしてニヤニヤといじわるそうな顔の保健養護教諭が目に入る。果たして何を企んでいるのだろうか?そう、まさしくいたずらっ子が悪だくみをしている顔である。アラサーだが。
「そこの彼が気絶した貴方をここに連れてきたのよ」
「えっ?本当に?」
養護教諭は夕海にそう告げたあと、止めをさす。
「お・ひ・め・さ・ま・だ・っ・こ…でね」
「ちょっ!先生!!」
「おっ?おひめさ…ま~~~~~っっっっ!!!!!!!…はぅあ……(ぱたり)」
夕海はその衝撃でまた気絶してしまった。
「まったく、いったい何考えてるんですか!」
「ん~いいじゃないの。仲が良いようだし私も何か悔しいし」
「そんな性格だから、その年齢になっても…」
「…なんですって?」
「いや…なんでもないです」
保健室では気絶した少女のベッドの横で、少年と養護教諭の不毛な会話がされていた。
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