03. 想い出

「春の体育祭の学年競技のアンケートをとります!席に戻ってください!」


 放課後の教室内。

『彼女』はSHRショートホームルームの時間を借りて 、来月おこなう体育祭の学年競技についてクラス内から希望を取るべく、教室の前にある教卓からクラスメイトに号令をかけた。


 季節はまだ5月。このクラスにやっと馴染みはじめたといった感じである。推薦によってクラス委員長に成り立ての彼女はクラスメイトに向かって呼びかけた。


「めんどくせー!委員長決めちゃって!」

「なんでもいいよ~!まかせま~す!」

「早く帰らせろよ~」

「ごめん!部活あるから行ってもいい?」


 案の定、というかやっぱりというか、委員長という役職を推薦という言葉で押し付けるクラスメイトたちである。こういうもの集団でおこなう決め事には非協力的なのは予想通りだった。


「えっと…えと…勝手に決めても何も言わないんだったら……こっちで決め…」


 クラスメイトからの圧力からか彼女の語尾は小さくなっていく。


「いいんちょー!きこえませーん!!」

「おまえ!それ言わない約束だろー!」

「だってよー!ぎゃはは」


 残ってる生徒も非協力的、というより委員長で楽しんでいる節がある。


 帰ろうとするもの…

 隣と大声で話すもの…

 残っていても本を読むもの…

 机に突っ伏して寝るもの…

 腕組をして考え事をしているのか寝ているのか分からないもの…


 彼女から見たら、誰も彼もが話し合いに参加する気はなく、決定するのは程遠いと思われた。


「それで~!いいんちょー!どうするんですかー?」

「俺は『何もしない』がいいでーす!」

「それじゃだめだろー!『他のクラスに合わせまーす』が一番だろ?」

「お、頭いいな!俺もそれで!」


 参加しているようだが、その実は自分勝手な意見ばかりが出される。ちょっとした意見みたいなものが出るが、彼女の手元の資料には、

【各クラス1つ以上の案を出すように】と都合のいい意見を先回り阻止した体育祭実行委員からのお達しがある。

 そのため、他力本願はいい考えかもしれないが、今回はNGとなるのだ。


「えっと…各クラスから1つは希望を出さないと……ダメなので…」


 勢いに押され、小声となってしまう彼女に


「「「きこえませ~ん!」」」

「「「もっとはっきりおねがいしまーす!」」」


 からかいの声、それに乗じた冷やかしの声が響き渡る。


『もう嫌!こんなんだったら委員長なんて断れば良かった!』


 彼女-中村 夕海-は悲痛の叫びを心であげた。夕海も好きでクラス委員長になったわけではない。

 1年の時にクラス委員長をくじ引きで当ててしまった。そして2年に進級したとき、1年の時のクラスメイトが推薦したがために、委員長になってしまった経緯がある。人の良い彼女は『やる人がいなければ』と引き受けてしまったのだ。


「いいんちょー!決まらないなら帰ってもいいですかー?」

「なんでもいいんで勝手に決めといてくださーい!」


 意識の遠くで声が響き渡る。


『誰か助けて!』


 彼女の思いが限界に達したとき、


「いちいちうるさい!お前たちが騒ぐから決まるもんも決まらねぇんだ!」

「「「「!!!!!!」」」」


 声が響いた。そして、


「自分たちのクラスのことだろ!野次ばっかりじゃなくて少しは話し合いに参加しろ!」


 腕を組んで寝ていたと思っていたクラスメイトが立ち上がり吼えた。



「「「「っ!!!」」」」


 叫んでいたもの…

 雑談していたもの…

 帰ろうとしていたもの…

 寝ていたもの…

 全ての目線が彼に集められた。


 いつも仏頂面であまり自分から話そうという感じではなく、こういった話し合いには一番参加しないだろうとクラスメイトの誰もが思っていた人物、向山 雄太がぶち切れていた。

 ずかずかと教卓まで歩き…夕海の隣に立つ。


「ほら、静かになったろ、今のうちにさっさと決めちまえ」

「う、うん…ありがとう…」


 結局このクラスからは『借り物競争』というありきたりな希望が出されたのだった。



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 夕海は目覚めた。頭がまだはっきりしない。周りを見回すと無機質な天井、白いカーテンに囲まれたスペース。先ほどと同じ保健室であったが今は隣に誰もいない。果たして何故自分はまた保健室で寝ていたのだろうか…寝ぼけた頭をフル回転させるも…微妙に記憶があやふやだ。 

 順を追って思い出していく。


「文化祭の出し物を決めていて…」


 口に出して呟く。そこは覚えている。


「みんながうるさくて…決まらなくて…」


 段々と思い出してきた。


「そしたら…向山くんが…んで、お礼を言ったら…」


 思い出した!クラスをまとめてくれた彼のことを。あの表情も!

 そしてお姫様抱っこも!


 それを思い出しただけで顔から首筋まで真っ赤になった。誰が見ているわけではないが、寝ていた布団のシーツで顔半分を隠す。


(女の子として生まれたからには!すっごい憧れる!お姫様!だっこ!)

(それも!向山くんに!向山くんにされた!!)

(明日からどんな顔して会えばいいの?!)


「お、中村、起きたのか?」


 物音を聞きつけて、婚期行き遅れ気味の養護教諭が声をかけてきた。


「はい、大丈夫です。お騒がせしました」

「おやぁ?…顔が真っ赤だが…熱でもあるのか?」


 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる養護教諭。いじる気満々である。


「ほ、本当に大丈夫です…えっと…」


 きょろきょろと部屋の中を見渡す夕海。その姿を見た彼女に養護教諭から一言。


「王子さまはもう帰宅済みだ、残念だったな」


 既に彼は帰宅済みであった。今ここで彼と顔を合わせていたら…また卒倒してしまっていただろう。それは幸か不幸か。

 その一言を聞いて安心したような、残念なような、複雑な表情を見せる夕海だった。



 念のため熱も測り、身体に異常がないことを確かめて帰宅の途についた。帰り際、歩きながら彼女は先ほど見た夢のことを思い出す。


(…ちょっと懐かしい夢を見ていたなぁ…)


 春の体育祭の学年競技希望のとき、彼に"再び"助けられた。



(まさか今日で"3回も"向山くんに助けてもらうなんて…)

(最初に助けてもらったときのことなんか…向山くん…覚えてないよね…)



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 それはまだ小学4年生の頃。自分の不注意から飼っていた小鳥を籠から逃がしてしまった。自分と妹の二人で世話をすると、両親に無理を言って飼わせてもらっていた。2年間一緒に過ごし、朝はおはようの歌を、学校から帰るとお帰りの挨拶をさえずってくれた、そんな小鳥を、である。


 夕方まで探し回り、疲れ果てて公園でブランコに泣きながら座っていた。


(ピッピちゃん…お腹すかせてないかな…事故とかにあってないかな…さみしくないかな…)

(おとうさんとおかあさんにおこられちゃう…ピッピちゃんがいなくなったのはゆうみのせいだって…)

(さよちゃんもないちゃうだろうな…)


 妹には『絶対見つけてくるね!』といって、家を飛び出してきた。しかし、現実は甘くなかった。見つからなかったことで妹には泣かれ、両親に怒られると思い、帰るに帰れない状態となってしまっていたのだった。


『お前、どうしたんだ』


 うつ向いてブランコで泣いていた少女の前に見知らぬ少年が立っていた。歳は同じくらいだろうか、ちょっと不機嫌そうな顔。


『あのね…ピッピちゃん見つからないの…』


 あまりにも途中を省略した内容。それでも彼女が何かを探し、見つからないのは少年にも分かったのだろう。


『ちょっと待ってろ』


 しばらく考えた後、そう言ったあと母親らしきそばにいた女性の元へ行き、二言三言会話をして何かを持って帰ってきた。


『…とりあえず…元気だせ…これやる…から』


 星型の花…一輪。

 女性は自宅に飾ろうとしたのだろう、花を持っていた。そこに少年が少女を元気付けるためもらってきた…といった形だろうか。


『あ、ありがとう…』

『ピッピちゃんって…鳥だろ?鳥ってよ…きそーほんのーってやつがあるからさ』


 少年は少女を元気づけようとしているのだろう。


『ひょっとしたらよ…家に帰ってる…かもしれねぇから…』

『うん…』

『もし…帰ってなかったら…その花見て元気、だせよ…』


 不機嫌そうな顔から押し出される、不器用な彼の精一杯の励まし。そんな彼を見ていた夕海は泣き止んだ。そして、


『う、うん…ありがとね』


と微笑むのであった。


『うっ!じゃ、じゃあな!』


 夕陽のせいだけではないだろう。顔を赤くして少年は母親と去っていった。


 それが少年-向山 雄太-とのはじめての出会いで、夕海はこの時、仏頂面の少年に恋をしたのだった。

 そして少年からもらった花-桔梗-が彼女の好きな花となった瞬間だった。


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(あのときは名前を聞くの忘れたけど…入学式のときに見かけてすぐに分かったなぁ…だって、あの不機嫌そうな仏頂面が子どもの頃のまんまだったから…)


 くすくすと思い出し笑いをし、足取りも軽く帰路につく夕海だった


 余談だが、ピッピちゃんは少年が思っていた通り、夕海が帰宅すると中村家のベランダにいるところが発見された。

 その後、天寿を全うするまで夕海と妹と共に過ごしたのだった。

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