みれにあむなにがし

真野てん

第1話


 西暦二〇〇〇年、冬。



「ミレニアムってなんか枕詞みたいじゃない?」



 清潔に保たれた病室。

 真っ白なシーツのうえで百人一首を玩びながら彼女はいった。



「それは『ちはやふる』とか『ひさかたの』とかの枕詞?」


「そう、『たらちねの』とか『あをによし』とかの枕詞よ」



 寝巻き姿の彼女がクスリと肩を笑わせる。



「『未来に編む』ってどうかな?」



 かたわらにあったメモ用紙にかわいい丸文字が踊った。

 どういう意味かと訊ねると、それは想いを言葉にして末々にまで伝えることだと彼女は答える。




  みれにあむ ことのはにのせ さきのよの


    おりるそのひに きみとならびて




「なにそれ」


 即興でつくった僕の歌は、彼女の頬をほころばせることに成功した。そして銀色に輝く小さなリングをその歌にそえると、彼女はまん丸な目をさらに大きくさせる。



「いいの? 私……そのとき隣にいないかもよ」


「そんなことよりきみの返事が聞きたいな」


「指輪の? それともさっきの歌の?」



 僕はすこし照れながら「両方」と答えた。


 すると彼女はサラサラとペンを走らせて、書いたメモを大切そうに四つ折にした。

 そしてそれを僕に渡すと、



「一年経つまで、これを見ないと約束してくれる?」



 僕を試すように見上げられたその目は、まるで少女みたいに奔放で。

 翌年。

 彼女はその笑顔のままで逝った。



 墓前に立った僕は、あの日彼女がくれたメモを手にしていた。


 プロポーズから一年。我ながら律儀にも、今日この日を迎えるまで中になにが書かれているのかを確認していない。


 それが彼女との最後の絆だと思ったから。

 すこし色あせた四つ折のメモをゆっくりと開く。

 そこにはあの時の返句が書かれていた。




  ちるはなの なくことなかれ たつはるに


    かれるなみだと きみ みれにあむ




『君、未来に在む』と。


 力強く書かれたその漢字に、思わず僕は泣き崩れた。

 あの日の彼女を思い出し、その強さと優しさに心打たれ。



 二十一世紀最初の年が暮れるころ。

 僕は二十世紀から最高の贈り物をもらった。



『みれにあむ』は愛する者の背中をおしてくれる枕詞――。




(了)

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みれにあむなにがし 真野てん @heberex

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