第38話:人類救済

 俺、今絶賛、はりつけ中なのである。

 手足は痛いし、喉は渇くし、死ぬのかなぁと、思うけど、死んでも復活すれればいいので大きな問題はない。

 

 ポツンと水滴が乾いた皮膚の上に降ってきた。

 雨が降ってきた。

 季節はずれの雨だなと、俺は思う。


 刑場にいるローマの兵たちは雨に文句を言い出した。


「おいおい、急に天気が……」

「勘弁してくれよ。やってられねぇよ」


 腫れていてすら陰気なゴルゴダの丘が更に陰気になる。


「おいおい、本当に天使が――」


 と、兵のひとりが言った瞬間だった。

 天が割れた。稲妻だ。ガリガリと音をた雷が黒い空を切り裂いた。


 その瞬間、俺の意識は肉体を離れたのだった。


        ◇◇◇◇◇◇


「イエスちゃん、ご苦労様ぁぁ」


おやじ、ってことは…… ここは天界?」


「ま、そんなこと」


「オヤジよぉ、すっげぇ痛かったんだどぉぉ、これも計画なのかよ」


「まあ、計画というか、なんというか、人と神の新しい契約のためにね。いろいろと必要だったわなんだよ」


「はぁ?」


「神の子であるイエスが、人の原罪を背負うことで、人類は救済されるかもしれないな――という希望をもって、後は、日々、ワシを崇めて暮らすという段階に入るというかね。神を疑う者はこれからもビシバシ厳しくやっていって、ローマ帝国あたりも、滅ぼそうかなと思っている次第ですよ。分る?」


「まあ、ローマはどーでもいいが、結局人は救われるのかい?」


「んなの、ワシが勝手に決める。そのときの気分で――」


「そうかよ――」


 しばらく音信普通であったわけだが、おやじは相変わらずだった。

 滅茶苦茶である。自分を崇める人間を増やすことが楽しくてしょうがないようだ。

 その、材料に俺は使われたということだ。


「で、イエスちゃんは、復活していいし、その後天界で暮らしてもいいし、好きにしていいからさ」


「好きにしていいのかい?」


「え? 神の言葉を疑うの? マジで。神は絶対で全知全能なんだよ。だから疑うってどうなのかなぁ~」


「いいぜ――  好きにさせてもらう。が……」


「ん?」


 俺の中にいる獣が鎖を引き千切ろうと暴れている。

 以前、サタンを撃破した獣である。

 そういう凶暴な感情が俺の中に溢れてきた。


「全知全能―― そう言ったね」


「言ったよ」


 平然と、当たり前だと、尊大に高飛車で傲然ごうぜんを突破した態度で言い放った。


「ここにトンカチを出現させることができるかい?」


「おいおい、大工でもやる気かね? わが子イエスよ」


「いいから出してくれ」


「ほいよ」


 俺の右手の内にトンカチが出現した。

 まるで「神器」のような輝きをもつトンカチであった。


「ふーん、すごいな」


「神だからな。当たり前だよ」


「じゃあ、ひとつ質問をしてぇんだが、いいかい?」


「いいぜ、まあ親に意見するのは、あまり褒められたもんじゃねぇが、今回は許してやるよ」


「全知全能のアンタは、このトンカチヲ『神を殺せるトンカチ』に出来るかい?」


 神殺しのトンカチ――

 その一撃を喰らえば、神ですら滅び、死ぬ。


「神は、死ぬことができない、不滅ってのはなしだぜ、もしそうだとしても「死ねる、滅びることが出来る」と我が身を帰ることができるはずだろ? 全能なのであるから――」


「ほう…… 面白いことを言うな。イエスよ……」


 神はにぃぃっと口の端を釣り上げ笑った。


「ふふ、いいぜ、やってやるよ。そのトンカチは『神殺しのトンカチ』だ。今からな――」


 トンカチが眩く金色に輝きだした。


「でだ―― そのトンカチで一撃を受ければ、この神も滅び、死ぬ―― それでいいのかい?」


「ああ――」


 俺と神の間にはびりびりするような緊張感が漂っていた。


「イエス、神の子よ、神に成り代わろうというのかい?」


「違うね。お前をぶち殺して、人の世を取り戻すんだよ――」


「ふーん。元々俺が作った世界なのにね」


「それを言っているのはオマエだけじゃねーか。オヤジよぉぉ~」


 すっと俺は間合いをつめる。

 トンカチからは凄まじいパワーが溢れてるのが分る。


 とにかく、このような茶番はもう終わりだ。

 俺は、オヤジをぶっ殺して、復活する。

 でもって、マリアちゃんと普通に暮らすことにしたのだ。


 でもって、神の子を殺した罪をユダヤの民におしつけるのも止めさせるのだ。


「そもそも、オヤジはユダヤの民をどう思っているんだい?」


「俺を崇めればいいと思ってるよ。それだけ――」


 そもそも、ユダヤの民がいくら神を崇めても、神はちっとも力になってくれないのだ。

 それどころか、これでもか! ってくらいの試練を与える。

 信心が足らんのかというと、そうでもなく、信心でパンパンの男でも、身包み剥がされ、病気にされ、孤独にされるのだ。

 

 要するに、こいつは自分勝手で、どうにもならん神であるわけだ。

 だいたいが、俺が磔になって、人類の原罪を救済するなら、残った人類は全部救えということだが、それすらやる気はない。


 一貫性もなくその場の思いつきで動く、適当な神なのだ。

 だから、俺はここでそれを終わりにする。


「うぉぉぉぉ!!」


 俺は神をも葬る「神器」と化したトンカチを握り締め、おやじにに突撃した。

 それこそが、人類救済の最後の手段であると、俺は確信していたのだった。


「アホウぁぁぁ! イエスぅぅ!!」

「死ねぇぇぇぇ! クソオヤジぃ!」


 神と神のの子の精神が交錯し、それは眩い光りとなった。


 人類の救済が行われるかどうか――

 それはまだ分らない。


 ――完――

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イエス伝・底辺からの救世主! -底辺で童貞の俺に神様が奇跡の力をくれたんだが- 中七七三/垢のついた夜食 @naka774

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