第37話:ゴルゴダの丘
俺は捕まっているのだけど、それは物理的に肉体が拘束されているだけ。
はっきりって、どーでもいい感じのピンチでもなんでもない。
で、偉そうにやってきたのが、クズ野郎――
もう見るからにクズだった。
「大司祭カヤパだ――」
「ふーん」
縛られ、床に放置された俺はそいつを見た。
「こりゃ、救われなぇな。絶対に救われねえわ。ひひひひひ」
金と権力と権威という虚飾を身に纏い、その重みで泥沼に沈んでいくような野郎だった。
「そうか―― 救われぬか?」
「ああ、そうだな」
「では、どうすれば救われるのだ?」
「俺を解き放って、無一文になって出直せば、可能性はあるかもぁ~ 知らんけど」
「知らんのか?」
「知るかよ、人を救うのかどうか決めるのは神だぜ」
「ほう――」
冷たい凍りつくような目でカヤパは俺を見た。
「では訊こう」
「ああいいぜ」
「オマエは何者だ?」
「神の子」
俺の言葉は空間の中に静かに響く。
真実の言葉なのだからどうしようもない。
「なるほど……」
そう言ってカヤパはすっと踵を返した。
話はこれで終わりだった。
◇◇◇◇◇◇
で、俺は解放されたわけでもなく、ローマの総督府に引き渡された。
ユダヤのことを、ユダヤで解決しねーで、ローマに丸投げするというのは、全く持って屑の証左であるな、と俺は思うしかない。
で、総督のピラトはユダヤ人を集め、俺を裁くことにした。
集まっているのは、俺に対し反発をもっている民衆だけだ。
俺の信者、支持者は排除され、その場には誰もいない。
だから、結果は分っている。
茶番だ。
全ては茶番でしかないが、その茶番を経ないと俺の計画にたどり着かないのだからどうしようもないのだ。
そして、茶番が始まった。
◇◇◇◇◇◇
「ローマは寛大である。罪びとであっても許す。それもユダヤの民が決めことだ」
基本的に俺の有罪は決まっている。
大衆を扇動し神の子と名乗り、神殿で大暴れしたことであるのだけど、まあ、基本はどうでもいい。
つーか、ここで俺を罰してくれないと困るといえば困るのだけど、予定調和的にそうなるだろうとは思う。
なんか、人相の悪い男が引き出されてきた。
「これは、人殺し、テロリストのバラバだ。この男を助けるか、神の子を
ああ、これはローマも面倒くさいだな――と、俺は思った。
ユダヤ内部のゴタゴタに関わるのは嫌なのだ。
だから、最後の局面で「決めたのはユダヤ人だよね」と言いたいわけだ。
ま、どーでもいいけど。
「偽救世主を殺せ! インチキペテン師のイエスを殺せ! 十字架にかけぉぉ!」
群集の声は俺を罰することを求める声で満ちた。
「おい、神の子よ」
ピラトが呟くような声で言った。
「オマエを裁いたのはローマではない。ユダヤの民、同胞だ――」
「だから?」
「もしもだ―― オマエが本物の神の子で、救世主なら……」
ピラトはそこで、突き抜けるように青い空を見上げる。
「ユダヤは己が救世主を殺した罪を背負い続けるのだろうな。さて、歴史はどんな罪を背負わせるのか……」
ピラトは淡々と俺に言った。
これで一仕事が終わったという感じで。
◇◇◇◇◇◇
俺はゴルゴダ(髑髏)というクソ縁起の悪い丘まで十字架を運ぶことになった。
クソ重い。
大工をやっているときも、こんな重い木材を運んだことはない。
というか、俺に大事な資材を運ばせるようなことはなかったのだけど。
「クソ重いんだけどよぉ」
「文句を言わず、運べよ」
「俺なんか痩せてんだから、こんな頑丈な十字架いらんだろ」
「せっかく、
「ああ、そうかよ!」
沿道には俺を蔑む視線が満ちていた。
が――
一瞬、気づいた。
マリアちゃんがいた。
声を掛けようとして止められていた。
正解だ。
俺も、視界の隅にはいれたが、そっちを見ることはなかった。
だって、俺との関係を色々探られたら、まずいことになるからな。
弟子たちには「俺とは関係ない」と三回言えと忠告してあるので、連座させられるような者はいなかった。
計画は俺ひとりでやるのだから。
坂道を登って、やっと刑場――ゴルゴダの丘――に到着した。
陰気臭い場所だ。
で、俺は十字架に磔になった。
手足を縛り付けられ、釘までぶち込まれた。
すげぇ痛いんだけど。
もって、俺は磔になって晒された。
頃合は、まだ来ていないのかなと思った。
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