紛れる準備はそれなりに
カイトがマーディラに突入するにあたって最初に気にしたのは、マーディラの知性体たちの姿だった。その形状によっては、知性体たちの前に姿を出すことが出来ないからだ。クインビーに最大限の隠蔽処理を行い、地上を確認する。
「どうやら、マーディラに居住しているのは前肢機能発達型の知性体のようですね。さすがに銀河でも多く発生しているとされるだけのことはあります」
「うん。でも、それにしてはバリエーションに富んでいるというか……。この星の知性体はほかの星との繋がりはないんだよね?」
「はい。宇宙空間への進出はこの星の観察が始まってから今まで、確認されていません。報告自体に嘘はないはずですが……」
地上を歩いているのは、確認できるだけでカイトたち地球人のような姿の者や、獣頭人身に見える種族、筋肉質だが背の低い種族と多岐にわたる。
「観察を担当していた人工天体と責任者の名前を確認しておいてほしい。場合によっては中央星団に照会を頼むかもしれない」
「分かりました。念のために報告書の確認もしておきます」
「頼むよ」
それぞれの姿に、あまりにも共通点がないのだ。あちこちから前肢発達型知性体を無作為に集めてきたと言われた方が自然なくらいに。
種族のるつぼ、とでも言おうか。カイトは少なくとも連邦や公社といった、宇宙進出後の文明でしかそういった事例を知らない。探せばあるのかもしれないし、ここがそういう珍しいひとつであるのかもしれないけれど。
最悪の場合、ここを観察していた人工天体が大規模な不正に荷担していた可能性がある。地球の件やツバンダ星系の事件から見ても、過去の連邦はそれなりに弁護が不可能なレベルのやらかしもしてきている。この星もそのひとつであるのかもしれないから。
「キャプテン、報告書の確認をしたのですが」
「随分早いね」
「はい。思ったより早く事情が判明しましたので」
考えを整理する前に、エモーションからの回答が入った。惑星の観察報告書はそれこそ膨大な数に上るはずだ。いかにエモーションが高性能とはいえ、こんな短時間で確認出来るはずがないのだが。
「この星が連邦の観察下に入った頃にも、同じような疑問が提示されていたようですね。つまり、観察開始時点ですでにこの星は多種族惑星であったと」
「なるほど……?」
確かに連邦の勢力圏として見ると、マーディラは中央星団から離れている。勢力圏内に入った時点では、既にそれなりの知性体が繁栄していたということだろうか。微妙に釈然としないものを感じながらも、カイトはひとまずその疑問を飲み込んだ。主題はそこではないからだ。
連邦内部に不正がなかったというのであれば、それに越したことはない。ともあれ、見た目だけで言えばカイトが紛れ込んでもそれほど問題にはならないだろう。後の問題は。
「了解。この服さえどうにか出来れば、マーディラに紛れ込むのは不可能じゃなさそうだね」
「そうですね。さすがに服飾の発達度が違い過ぎます。どこかで衣服を調達するのが良さそうですが」
「となると、僕は良いとしてエモーションは……」
最悪、落ちているぼろ布を巻きつけて当面のマントにすれば良いだろう。だが、エモーションは基本的に人間態とアンドロイド態、球体の三種類しか外見の種類がない。服装を変更する機能は持ち合わせていないのだ。
「そうですね。私は球体姿でキャプテンに同行しましょう。それなりに機械部品は残っているようですので、誤魔化しが利くのではないでしょうか」
「大丈夫かな? そうは言っても見た目オーパーツすぎない?」
「人間態で出歩いているよりは……?」
それはそうだろう。カイトと違ってエモーションの場合、マントをつけても機械パーツが見えてしまえば言い訳がきかない。それよりは最初からそういう機械だと思わせておいた方が騙せる、というエモーションの意見には確かに説得力があるように思えた。
ここでエモーションを留守番させるという選択肢は、カイトにはなかった。そういう面倒ごとも、楽しんでこその『ふたり旅』だと思っているからだ。役割の分担はあっても、片方を理由もなく置いてけぼりにはしない。言葉にしたことはないが、これはカイトとエモーションの間の不文律である。
***
さて、話が決まれば後は早い。
クインビーを、人目につきそうにない場所――すなわち砂漠のど真ん中に着陸させたカイトは、船を砂中に埋めて隠蔽する。もちろん、周辺に知性体の反応がないことをしっかりと確認した上で。
「さて、と。それじゃまずはマントの調達からいくとしようか」
『はい。お手間をかけますキャプテン』
「構わないさ。出来れば大き目の鞄も欲しいね。エモーションが入っていても不自然じゃないくらいの」
球体型になったエモーションを小脇に抱えて、カイトは空中に身を躍らせた。
マーディラに光を与えている恒星は、地平線の向こうに消えようとしている。つまり、もうすぐこの土地は夜になる。多少派手に動いても見つかる危険は少ないということだ。
「ま、これだけ知性体にバリエーションがある星だからね。夜目の利く種族がいても不思議じゃない。隠蔽は密に行うよ」
『了解です。地上のサーチはお任せください』
「頼んだよ」
カイトとエモーションがまず考えているのは、行き倒れたマーディラ人の遺品を借用することだ。そのついでに、この星で使われている通貨の類が手に入れば良いのだけれど。
社会に溶け込むには、まずは情報をしっかりと収集することだ。常識知らずは目立つ。まずはこの星の社会常識を確認しておかないといけない。例えば、種族が違えばメインで使う通貨が異なる、なんてこともないとは言えない。
観察中に収集した情報によって、最低限の共通言語は翻訳済だ。ただ、観察が終わる五百周期前までのものだから、著しく古い言語になっていても不思議ではない。服装の問題が解決できた後は、言語のアップデートが必要だ。エモーションに任せる仕事は結構増えることになるだろう。
とはいえ、ダンガレシオンの捕獲はエモーションの願いだ。仕事がどれだけ増えることになったとしても、彼女が嫌がることはない。
『キャプテン。視界に情報を提示します。適当な遺品が』
「了解だよ」
砂漠の死体。岩の陰に寄りかかる形でいたのは、奇妙な形の骨だった。革製と思われるマントと、それなりに大きめの鞄。さすがはエモーション、一発で必要なものを見つけてくれた。鞄の中にはそれなりの隙間があった。元々は食糧か水分のようなものが入っていたのかもしれない。それ以外には、通貨として使われていたであろう紙束と硬貨らしきものも入っていた。大事に使わせてもらうことにする。
マントの下の衣服まで借り受けるのは避ける。一種の感傷だが、それは名も知らぬ相手の最期の尊厳だと思ったからだ。砂地に大き目の穴を開けて、そこに遺体を静かに納める。この星の埋葬の作法は知らないが、この辺りで容赦して欲しい。
ともあれ、当面の隠蔽には役立ちそうだ。マントを身にまとい、鞄を肩にかける。鞄にエモーションを入れると、全部収まらず半分ほどが露わになった。ぱっと見ただけでは目につかず、彼女が周囲の確認をする上でも邪魔にならない。ちょうど良いサイズだ。
『なんだか不思議な気分です。大事な権利を著しく喪失したような、逆に労働の大半を人任せにする歪んだ享楽を甘受しているような』
「そりゃまた詩的な表現だ。大丈夫、仕事は十分に分担しているよ」
具体的には肉体労働がカイト、頭脳労働がエモーションだ。
カイトは再び空中に身を躍らせると、次は明かりの見える方へ急ぐことにするのだった。
銀河放浪ふたり旅~宇宙監獄に収監されている間に地上が滅亡してました 榮織タスク @Task-S
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。銀河放浪ふたり旅~宇宙監獄に収監されている間に地上が滅亡してましたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます