滅びゆく星に住む者たち

希少食材ダンガレシオン

衰退惑星という区分

 トゥーナへの報告を済ませて星を出たカイトとエモーションは、中央星団に戻ることなくクインビーを次の目的地に向かわせた。

 惑星マーディラ。連邦の勢力圏内にある惑星だが、連邦に所属はしていない。そして、連邦からの観察下にもいない星だ。

 別名、衰退惑星マーディラ。知性体による文明が発達したものの、その文明が既定の水準まで届かないうちに崩壊してしまったことで、連邦の観察対象から外れた惑星である。


「で、ここに住むダンガ……レシオン? それが地球人の味覚に最適な味の動物なんだね?」

『そういうことのようですね。何しろ衰退惑星ですから、ごく最初期に調査のために捕獲した数体分の記録しか残っていません。しかも残念なことに、観察していた人工天体のスタッフがダンガレシオンの味を好まない種族ばかりだったので、あくまで最低限のデータしか残していないようなのです』


 食事が関わると、エモーションはいつも以上に饒舌になる。だが、なるほどダンガレシオンが幻の食材となってしまった理由は分かった。カイトも確かに、リティミエレの味覚に適した動物を捕獲したとしても、その味わいを詳しく調べようとは思わないだろう。

 ダンガレシオンの生物データは連邦に保存されていたようなのだが、マーディラが衰退惑星とされた際にデータは全て格納されてしまった。公開データの頃は食用データを再生するのも容易だったが、今では極めて煩雑な手続きが必要とされるようになってしまったことも、ダンガレシオンを『幻の食材』たらしめている原因とも言えた。

 個人でデータを所有している好事家に提供してもらう方法もなくはないのだが、それを最後の手段にしたのは、結局のところカイトの好奇心が疼いたからだ。


「実際、ダンガレシオンが惑星マーディラに現存しているかどうかは分からないんだよね?」

『はい。惑星マーディラの観察状態が外れたのは、マーディラの暦で言うと五百周期ほど前のことです。ただでさえ観察当時とは環境が激変しているでしょうから、生存の可能性は高くないでしょうね』


 文明の崩壊した惑星が進む道は、大きく分けて三つしかない。

 ひとつは、完全な環境崩壊により死の星になるというもの。ごく一部の限定された環境で生存するものは残るかもしれないが、知性体どころか複雑な生態の生物が生存できる可能性はゼロに等しい。

 ふたつめは、文明を生み出した知性体やそれに生存環境を依存していた生物のみが滅び、新たな生態系が生まれるかたち。そこから新たな知性体が生まれ、新たな社会を構築するにはそれこそ天文学的な時間を必要とする。

 みっつめは、文明を生み出した知性体がどうにかして種の命脈を維持し、どうにか文明を復興させる場合。これは本当に奇跡のような確率で時折発生するという。

 ともあれ、ふたつめやみっつめの未来が発生することがあるため、連邦も衰退惑星には不定期に再調査の手を伸ばしている。


「ただ、不思議だよね。衰退惑星には特に侵入禁止という規則がないのはさ」

『衰退惑星にわざわざ入植しようとした連邦市民は少なかったようですね。元々、惑星への侵入を控えた理由は野放図な入植活動が問題視されたからですし』

「そういえばそうだったね」


 カイトが育った地球も、ディーヴィン人による入植の犠牲となった星のひとつだ。ディーヴィン人が行った入植の方法は極めて邪悪だったが、要するに入植したがった連中は未来のある惑星にしか興味がなかったのだ。一度文明が崩壊して、未来に期待できない惑星に食指を伸ばした物好きはいなかったわけで。

 そして、当たり前だが文明の崩壊はそれほど珍しい現象ではない。天変地異で、疫病で、技術の停滞で、政治の腐敗で。文明は容易くその歩みを止める。

 宇宙へと進出できる文明というのは、本当に一握りしかないのだ。元々、生物が発生する惑星が少ない中で、更に。


「まあ、だからこそディーヴィンの連中も、地球人を捕えて売り出すような無法が出来たわけだ」

『ただ滅びるのを待つか、別の種族に売られてでも種の命脈を保つのが良いのか。なかなか難しい命題です』


 ディーヴィン人が入植しようとしたのは、カイトたちの地球以外にもいくつも存在した。カイトたちはその中では随分な後発で、先に崩壊の憂き目に遭った星々では生き残った知性体はディーヴィン人によって回収され各地に売り飛ばされた。その一部は公社にもいて、カイトを恩人の仇と敵視してきたこともある。

 マーディラには知性体が生き残っているのか。生き残っていたとして、自分は彼らを見なかったことに出来るのか。そんなことを少しばかり不安に思いながら、カイトはクインビーをマーディラへと近づける。


『すぐに降下しますか?』

「その前に、まずは調査かな。許可はもらっているけど、そもそもお目当てのダンガレシオンが生存していなきゃ降りる意味もない」

『それは確かに』


 クインビーは調査船ではないので、完全に専門的な調査は出来ないが、エモーションとクインビーの機能であればそれなりに地上のことは分かる。知性体が予想以上に生き残っていたら、連邦に色々と相談することも出てくるはずだ。

 ともあれ、調査に関してはカイトよりもエモーションの仕事だ。クインビーのカメラと各種センサーを駆使して、調査が終わるのを待つ。


『……キャプテン』


 エモーションが困惑したような声を上げたのは、それから暫くしてだった。


「どうしたんだい?」

『ダンガレシオンの生存は確認できました』

「それは良かった。それにしちゃ、嬉しくなさそうだね」

『ええ。それが……』

「うん?」

『知性体も結構生き残っているんです。なんというか……文明を再構築したような、していないような感じで』


 要領を得ない回答だったが、惑星マーディラでは何かが起きているようだ。

 ダンガレシオンの捕獲のついでに、知性体の現状もある程度観察しておく必要があるだろうか。文明の状況次第では、人工天体を再度呼び寄せなくてはならなくなるかもしれないから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る