誰もが明日へ進むように

 蒲焼きは最強である。

 トゥーナは口の中で三枚目の蒲焼きをもむもむと咀嚼しながら、有機生命体の限られた命に思いを馳せる。断じて蒲焼きの美味しさを堪能していたばかりではない。

 無限とも思えるほどに広い宇宙を、悠久の時をかけて旅する宇宙ウナギと違い、惑星という限られた世界で世代を重ねながら生きていく有機生命体。

 そのごく一部が自分たちの住んでいる星を超えて、宇宙へと入門してくる。そのひとつの果てが連邦であり、カイトやテラポラパネシオであるのだ。永遠の空虚に耐えて唯一なる絶対の個を目指す宇宙ウナギとは違う、短くも濃密な日々。

 食って、食われて、生きて、死んで。その果てに待つのが種の滅びなのか、繁栄なのか。進化なのか、適応なのか。トゥーナが保護することで、その未来を歪めることになるのであれば。


『連邦が見守る方針というのは、こういうことなのですね』

「蒲焼きを頬張りながら言うことじゃないと思いますけどね」


 ならば蒲焼きを焼く手を止めるべきなのですカイト。

 カイトが焼いた蒲焼きは、エモーションの口に運ばれて瞬く間に消えていく。どうやら蒲焼きはエモーションの回路をおかしくしてしまったようだ。

 と、カイトが手を止めた。最後の蒲焼きはエモーションに奪われる前にトゥーナの顔めがけて投擲された。口を開いて受け止める。


「あ、あ、あああ……!」

「エモーションはもう駄目。トゥーナさんもこれが最後ですよ」


 絶望の呻きとともに崩れ落ちるエモーション。トゥーナは最強最後の蒲焼きをじっくりと味わいながら、空を見上げた。

 まだ見ぬ細長い生き物よ。君たちの仲間を一匹だけ、蒲焼きにする我を許して欲しい。いや、二匹くらいならいいかな。出来れば三匹。


***


 エモーションに蒲焼きを教えてしまったのは、痛恨の失敗だったかもしれない。

 ともすれば惑星の生態系にダメージを与えかねない食欲を発露したエモーションをどうにかクインビーに放り込み、カイトは早々に星を後にした。


『きゅるきゅるきゅる……恨みますよキャプテン』

「あのねえ、エモーション。僕たちが星の生態系にダメージを与えるのは良くないでしょうが」

『何を言いますか。私とキャプテンの干渉程度で、生態系が崩れたりするわけがないでしょう?』

「そういう言葉は、自分が蒲焼きをあの短時間で何枚食べたか数えてから言って欲しいかな」

『それこそ言い過ぎと言うものです。私は機械知性ですよ? 何枚食べたかなんてカウントしているに……』


 文句たらたらのエモーションがぴたりと止まった。

 惑星への滞在時間というより、食事時間と枚数の関係性を見直した結果だ。ぐうの音も出ないとはこのことである。


『あの、キャプテン?』

「なんだい?」

『キャプテンはあれですか。私が食べている間だけ時間を加速させる超能力でも使用したのですか』

「そんな馬鹿な。僕は焼いただけで他には何もしていないよ」

『そ、それにしては食べた枚数と時間経過が噛み合わないような気がするのですが。もしかして私の認知を歪めたりとか……!』

「してないしてない。君の鬼気迫る食べっぷりに、テラポラパネシオや小パルネスが怯えていたくらいだからさ」


 気にしてなかったのは、同じく蒲焼きに夢中だったトゥーナくらいだろう。


『ふ』

「ふ?」

『不本意です! テラポラパネシオが怯えるほどの勢いって……。きゅるきゅる……ぎゅるぎゅるぎゅる!』

「分かった分かった。今後は蒲焼きは作らないようにするからさ」

『それはもっと駄目です』

「えぇー……」


 わざわざ人間態になって、カイトをひたっと見据えるエモーション。これまでにない視線の圧力に、カイトは諦めて白旗を振るのだった。


「仕方ないなあ。じゃ、エモーションの自制心が育ったらまた蒲焼きを作ることにしようかね」

『えっ』

「そうじゃないと駄目。あのまま放っておいたら、近くに住んでる同種を狩り尽くしそうな勢いだったんだからさ」


 何しろ、テラポラパネシオがカイトに声をかけなかったくらいだ。ほんの一部とはいえ、惑星の生態系に影響が出かねないと判断したに違いない。

 エモーションはきゅるきゅる言いながらなおも渋っていたが、程なく諦めたように黙り込んだ。多少落ち着けば人間などより遥かに理性的なのが機械知性だ。自分のやらかしを自覚して、直さなくてはいけないと理解したのだろう。

 とはいえ聞こえるか聞こえないかの小さな音できゅるきゅると唸っているから、この不機嫌はしばらく続きそうだ。どうにかして機嫌を直させないといけない。


「さてと。さすがにしばらくは議会からの呼び出しなんてないだろうし、グルメ旅に戻るとしようか」


 返答はない。拗ねているようだ。視線を向けると、カイトに背を向けてまだ唸っている。


「エモーション。君好みの希少食材とか、現地に採りにいくのはどうだい?」


 ぴくり。

 分かりやすいほどにエモーションが反応した。反応した以上、返答を急かす必要はないだろう。

 機嫌が直った辺りで、どこに行きたいと言い出すに違いないのだから。

 きゅるきゅる言いながらも、連邦のデータベースを探し始めるエモーションに苦笑しながら、カイトは惑星系から離脱するコースにクインビーを翔けさせるのだった。

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