宇宙ウナギは蒲焼きの夢を見るか

『なるほど。お手数をおかけしました』

「その言葉は僕にではなく、連邦で今も研究を続けているスタッフの皆さんに言ってあげてください」

『そうですか。分かりました』


 カイトは今回の顛末をトゥーナに伝えるべく、連邦の辺境と呼ばれる星に足を運んでいた。自然溢れるこの惑星には、まだ文明を持つほどの知性体は育っていない。地球で暮らしていた頃は都市部しか目にしていなかったカイトだが、もしも自然保護区や僻地に行けば、こういう光景が残っていたのだろうか。

 何となく郷愁じみた感傷を覚えながら、カイトは風景に絶妙に馴染んでいない一団と合流した。

 テラポラパネシオと小パルネス、そしてトゥーナ。知性体がいないと分かっているからか、ディ・キガイア・ザルモスも堂々とその姿を露わにしている。


『わざわざ君が来ることもなかったのだぞ、カイト三位市民エネク・ラギフ

「そんなことはありませんよ。トゥーナさんに話を聞いたのは僕ですから」

『……む』


 報告だけであれば、自我と情報を共有しているテラポラパネシオが同行している。カイトが足を運ばなくても確かに問題はない。だが、カイトはルフェート・ガイナンの生態への仮説を補強するためにトゥーナに事情を確認したのだ。その質問と答えが何をもたらしたのか、伝えておく必要があると思っていた。

 幸い、トゥーナはあまり気にした様子はなかった。もし事前に事情を聞いていたとしても、同行しようとは思わなかったとも。実際、同行されても困っていたはずだ。何しろルフェート・ガイナンにしてみれば生きた寄生先だ。何を置いても全力で襲い掛かってきたのは疑いない。

 ともあれ、ここに来た理由のひとつはこれで解決した。あとはもうひとつ、前に話した時の懸案事項を解決できれば終わりだ。


「それで、例の悩みについて少しは解消しましたか?」

『実はまだ……』

「なるほど、道理で」


 小パルネスが口を挟んでこないわけだ。少し離れている小パルネスの方に視線を向けると、実に地球的なジェスチャーで無理だったと伝えてくる。宇宙クラゲといいパルネスブロージァといい、地球の文化に染まりすぎじゃありませんかね。

 トゥーナいわく、有機生命体の事情については理解したという。一方を保護したり駆逐すると、かえって生態系を破壊しかねないことも。それでもなお、自分に似た姿の生物を守りたいという想いから抜けられないのだと。

 孤独に生きてきた宇宙ウナギが、他の生物に初めて抱いた保護欲だ。持て余しても不思議ではないし、言葉だけではどうにもならないのもやむを得ないかもしれない。

 さて、どうしたものだろうか。

 と、カイトの腹が珍しく自己主張した。


「……ふむ」

「そろそろ食事の時間ですよ、キャプテン」


 身体改造を受けてから、食事の頻度自体は減っている。宇宙暮らしで時間の感覚も麻痺している。空腹にあまり縛られなくなったため、もっぱら食事の時間管理はエモーション任せになってしまっているカイトだ。

 どことなく期待をのぞかせる視線を後頭部に受けながら、カイトは取り敢えず提案してみることにした。


「トゥーナさん。そのボディ、味覚は実装されているんだっけ?」


***


 最初の食材は、トゥーナが保護しようとしていた生き物ではなく、それを捕食する現地生物だった。魚のようなフォルムだが、足が生えている。

 調理法はシンプルにクインビーの働きバチワーカーを使った鉄板焼きだ。串を刺した魚を三枚、焼けた鉄板に乗せて、調味料はクインビーに搭載されていたものを使う。火が通ると、じゅわりと良い香りが周囲に広がった。


『ほう……良い香りですね』

「両面をしっかり焼いて……っと。ほい、エモーション」

「ありがとうございます、キャプテン」


 串焼きの片方をエモーションに手渡して、もう片方は自分用に。豪快にかぶりつきながらトゥーナの方を見れば、その視線はしっかりと鉄板の上に向けられていた。


「トゥーナさんも良ければどうぞ」

『え、ええ。では遠慮なく』


 トゥーナには手に相当する機能肢がないから、カイトの超能力で鉄板から浮かせてやる。ゆっくりと近づけると、トゥーナもまた豪快に口を開いて串焼きを一口に頬張った。


『もぐ、むぐっ』

「ふむ。身の味わいは僕好みだね」

「確かに。美味しいですよこれ」


 異星の生物にしては珍しく、地球人の味覚に合った味だ。問題はトゥーナの味覚に刺さるかどうかなのだが。

 トゥーナは特に反応していない。口がもごもごと動いているから、初めての味覚に戸惑っているのかもしれない。

 カイトとエモーションが骨を残して食べ終わったところで、トゥーナの口の動きが早まった。何かに当惑しているように頭を動かし、こちらに視線を向けた。


『か、カイト。変です』

「どうしましたか」

『最初にあった強い刺激が、段々と薄れていくのです。口の中に残っているのに、今はもうまったく刺激がないのです。これは?』

「エモーション?」

「私もトゥーナ三位市民も同じですが、食事のために口に運んだ物体は時間を経て分解されます。その辺りは有機生物と変わりません。違うのは、飲み込んだ後の分解された物体の変化ですね」


 有機生物は消化を経てエネルギーを吸収するが、機械知性は分解された食物を直接エネルギー物質に変換するのだそうだ。当たり前だが、効率は極めて悪い。機械知性にとって、食事が娯楽の域を出ないのは変換効率の悪さが最大の理由だ。

 だが、エモーションと同様に味覚がトゥーナに与えた衝撃は決して小さくなかったようだ。飲み込んだ後も、物凄く名残惜しそうな目でカイトたちが残した骨を見ている。


「食事はお気に召したようですね?」

『はい! 有機生物はこんな刺激を日々味わっていたのですね……!』

「ま、そんなわけです。さて、それでは……」


 カイトはまだ食べ足りない様子のトゥーナ(とエモーション)に、次の食材を用意するのだった。


***


『ふう、どれも美味しいですね』

「堪能しました」


 最初の魚以外にも、何種類かの現地生物を狩猟したカイトは、それぞれをシンプルな鉄板焼きとしてトゥーナとエモーションに食べさせた。カイト自身もそれなりに口にしたが、この惑星の生物は、思った以上に地球人の味覚に合っている。

 さて、その中でトゥーナが守ろうとしていた長細い体の生物は含んでいない。カイトは自分からそれを調理するつもりはなかったからだ。

 と、トゥーナが一点を見つめて何やらもじもじとし始めた。視線の先を見れば、葛藤の理由はすぐに知れた。長細い生物がいるのだ。トゥーナが今回守ろうとしていた生物ではなく、別の長細いやつ。


「気になります?」

『うっ』


 見透かされて、トゥーナが呻く。分かっているのだろう、自分が守ろうとしていた生物と、それなりにフォルムが似ていることを。見かけた順番が違えば、おそらくトゥーナはそちらの生物を優先して守ろうと言い出していただろう。


「ええと?」

『その生物は、トゥーナ三位市民が守ろうとしていた生物と捕食・被食の関係にあるものですね。以前カイト三位市民が仰っていたことが、目の前で実際に発生していたのですよ』

「なるほど」


 小パルネスの説明に納得する。トゥーナが自分の情緒を持て余した理由もそれだろう。そして今、トゥーナはその味が気になり始めている。

 有機生物の食物連鎖の世界に、一歩足を踏み込んだわけだ。


「トゥーナさん。一匹調理しても良いですか?」

『えっ』

「僕とエモーションが食べてみたいんですよ。地球の伝統的な調理方法でね」

『……ど、どうぞ』


 逡巡ののちに、トゥーナが一言絞り出した。


***


『カイト! カイト! その香りは暴力です! 暴力ですから……!』

「そんなことを言われましても」


 エモーションが用意したマニュアルに従い、見よう見まねで蒲焼きにチャレンジ。炭火で炙られたタレの香りと、炭に落ちた脂の香気が暴力的なまでに食欲を惹起する。

 その様子を、テラポラパネシオがどこか戦慄した雰囲気で眺めていた。


『カイト三位市民。ひ、ひとつ聞きたいのだが』

「なんでしょう」

『あ、アースリングというのは、地球のクラゲに関してもこのように調理して食べたりするのかね?』

「ええ。やり方は別ですけど、調理方法は各地にありますよ」

『お、おお……なんという』


 貰い事故のように身悶えるテラポラパネシオと、香りと矜持の間で揺れ動くトゥーナ。そして調理台の前に位置取って微動だにしないエモーション。

 少しばかり早まったかな。カイトはたったひとり正気を維持している小パルネスと視線を交わしながら、この混沌とした現状を生み出してしまったことを少しばかり反省するのだった。


『わ、私にも味覚を共有できる機能があれば……!』


 訂正。お前もだったか小パルネス。

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