知識が増えるとやることも増える
カイトが久々に中央星団に戻ることにしたのは、報告書の提出と、他にも用事が出来たからだった。
ルフェート・ガイナンに関する褒賞については、すべて固辞した。テラポラパネシオからは随分とごねられたが、市民権の格上げなんて御免被るというのがカイトの本音だ。
ルフェート・ガイナン駆逐作戦に参加した船は連邦の各地から集まっているが、中央星団から来ていたものも多い。報告書を仕上げるのに集中したかったカイトは、中央星団側から来た人工天体に同乗させてもらうことにした。
トータス號も同じ人工天体で帰ることにしたようで、バイパーとリズと再会を果たしたのも嬉しい誤算だった。
「じゃあ本当にキャプテンじゃないのか?」
「当たり前だろ? 僕と個人的に親しいとか噂になったら、変に悪目立ちするだけだぜ。僕は褒賞に関しては全部はっきり断っているから、君たちに譲る必要もないしね」
「じゃあ一体、誰が……?」
どうやら二人は、自分たちが撃破した以上の功績が登録されているのが不思議で不安で不気味なのだそうだ。途中でカイトが戦場にいたと分かったので、その一部を譲られたのだと納得できたらしいのだが。
当のカイトも心当たりがないと言うと、二人は今度こそ困惑を顔に貼りつけて互いに見つめ合っている。こういう時に頼りになるのがエモーションだ。視線を向けると、心得たもので事情を説明してくれる。
「お二人は戦場で周囲の船を救助しませんでしたか」
「周囲の船を救助……ああ、あのバケモノどもに沈められそうになっていた船は何隻か助けた……かな?」
「であれば、それが評価されたのでしょう。連邦は生命のバックアップが普遍的になっているせいか、戦場での助け合いを評価する向きが強いですから」
連邦では死んでも命のバックアップがあるから復活が可能だ。そのためか、命の危険に対する危機感が薄れがちになる傾向にあるらしい。単独での行動下ではそれほど問題にはならないが、過日のルフェート・ガイナン駆逐作戦のような集団戦闘の場面ではそうも言っていられない。一部の命知らずの蛮行が、船団の壊滅に繋がりかねないからだ。
エモーションが言うには、バイパーたちの功績増加もそういった事態に対処すべく用意されている方策の一つらしい。命を助けられた市民がその後の戦闘行動で挙げた功績の一部が、助けた市民に付与されるという仕組みなのだとか。
あえて狙うには小さい功績だが、無視するほどでもない。そして助けられた側にしても、助けられなければその後の戦闘行動を行えないことから、功績を譲ることを嫌がる者は少ないらしい。
ルフェート・ガイナン駆逐作戦に参加する連邦市民は、その多くが市民権の向上や、娯楽のための資金稼ぎを目的としている。命のバックアップを利用すること自体にはコストは発生しないが、船の購入や改造は実費だ。ある意味で、連邦では命よりも船の方が高いのだ。
「というわけで、お二人は胸を張って今回の功績を受け取られると良いでしょう。増えた分だけ、多くの命を救った証なのですから」
「そ、そうなのか。……そうか、良かったなガール」
「そっスね、旦那」
バイパー同様安心した様子で、リズが端末を取り出した。少しばかりだらしない笑みを浮かべている。今回の作戦では、二人は予想よりも稼げたようだ。
「エモーションさん。出来ればトータス號のバージョンアップについて相談に乗って欲しいんですけど」
「分かりました。よろしいですか、キャプテン?」
「もちろん。報告書は僕の方で仕上げておくよ」
エモーションがリズたちの方に歩み寄り、端末を覗き込む。
三人の会話を背中に、カイトは用意された部屋に戻ることにした。さすがに彼らの会議(という名の口論)を聞きながら報告書を仕上げるほどの集中力は今のカイトにはなかった。
***
その後、数日の時間を経て人工天体は中央星団の近くまで戻ってきた。
カイトはその間に報告書の作成を終えて、提出まで完了している。念入りに自分たちが参加しなくて良い方法論を仕上げたから、万が一にもこの件で呼び出されることはないと思いたいが。
「次に見つかったルフェート・ガイナンのコロニーが、今回と著しく違う生態系を創り上げてさえいなければ大丈夫でしょうね」
「不安になりそうなことを言わないでよ。そういうの、往々にして僕たちにお鉢が回ってくる案件じゃないか」
中央星団付近では、万が一にも戦闘行動が始まる余地がない。エモーションも球体姿に変形することなく、カイトの隣に立っている。
クインビー以外の船は中央星団にまっすぐ戻っていくが、カイトたちの目的はそちらにはない。中央星団の付近を周回している、衛星のひとつにクインビーを向かわせる。
中央星団でも最新の機械衛星『トゥーナ』。
「おっと、もう始まっているんだね」
ルフェート・ガイナンの研究がにわかに急激な進展を迎えた結果、トゥーナの本体の再調査が行われる運びとなったのだ。
当たり前だが、今回の再調査に関しては本人の承諾は得ている。同席に関しては拒否されたらしく、この場に戻ってきたりはしていない。
『万が一まだ体内に残っているのを知ったら、正常な思考を維持できる自信がないから嫌です』
という返答だったので、担当者も無理には呼べなかったのだとか。
気持ちは分かる。自分の体から寄生生物が這い出してくるシーンなど、普通に考えれば見たくはないだろうし。
カイトとエモーションの眼前で、トゥーナの本体周辺が加熱される。宇宙ウナギは高熱に極めて強いから、どれほど加熱されたとしても溶解したりする心配はない。
仮死状態に生命活動を落としてあるが、トゥーナの本体は決して死んだわけではない。残念ながら、ルフェート・ガイナンの一部個体が体内に残存していても不思議ではないのだ。
「今更だけど、連邦の技術は凄いものだと思うよ」
「本当ですね。……あ」
エモーションが小さく声を上げた。何かの反応を捉えたらしい。それはつまり。
熱で揺らいでいるトゥーナの皮膚の一部が、蠢いたような気がする。
それなりに距離を取っているから、はっきりと見えたわけではない。単なる思い込みかもしれないと眺めていると、周辺に配置されていた機材が動き出した。
「あちゃあ、本当にいたのか」
「本当にしぶといですね」
機材のアームがトゥーナの表皮の周辺を、縦横に動き回る。しばらくして離れたから、おそらく個体を捕獲したか潰したかしたのだろう。
「報告が上がりました。研究用にいくつかの個体を捕獲したと。外観から、前に出てきたものとは違う種類の個体だと判断されたようです」
「連中のバリエーションには驚かされるばかりだねえ……」
これでまた、連邦内での研究が進むことだろう。十分な量を確保したと判断したのか、先程とは先端の形状が異なるアームがトゥーナの表皮を動き回っていた。
それからしばらく時間が経って、ようやく再調査の終了がアナウンスされた。捕獲された個体が三桁、駆除された個体が四桁後半に上ったという。
「まあ、トゥーナさんのサイズ感からしたら少ない方かな」
「ええ。体内の再スキャンも行われましたね。公社規格のスキャニングでも反応が消失したと。現時点ではトゥーナ
それでも完全に排除されたとは確信できないのが、ルフェート・ガイナンの厄介なところなのだけれど。
ともあれ、これ以上は未来の連邦が生み出す技術に任せることだ。カイトは出来ればこれが、トゥーナにとっての最終的な解決であって欲しいと切に願うのだった。
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