最大級の後始末
跡形もなく分解された要塞型ルフェート・ガイナン。
それだけの出力を苦もなく捻出したテラポラパネシオの力には驚嘆するばかりだが、現場はそれ程余韻に浸る暇を与えてはくれなかった。
『一体も討ち漏らすなよ! 逃げた個体が成長でもしたら、何をしでかすか分からないからな!』
要塞型から迎撃に出た無数の個体が、まだまだ宙域に散っているのだ。要塞型というトップが存在しなくなったからか、それぞれの個体が好き勝手な行動を取っているように見えた。
連邦の船団に無謀な攻撃を行う個体、仲間を盾にして逃げようと画策する個体。呆然とその場所に留まって動かなくなってしまった個体もいた。
連邦の船もそれぞれの判断で撃破して回っているが、とにかく要塞型から出てきた数が多すぎる。逃げ出す個体を追い立てるため、幾隻かの船が加速を始めた。
『キャプテンはどうされます?』
「近くにいる連中を適当に排除するとしよう。もう、ここにいる船団を脅かすような脅威は存在しないだろうからね」
見れば、テラポラパネシオのディ・キガイア・ザルモスはすでに動き出していた。おそらくは逃げようとする個体を封殺すべく、包囲を行うつもりなのだろう。彼らの力があれば残りを瞬く間に撃滅してしまえるはずだが、どうやら考えることはカイトと一緒のようだ。
「船団に詰めている皆さんも、今回の功績で市民権の向上やボーナスを目指しているはずだからね。必要以上に目立つこともないさ」
『なるほど。了解です』
とはいえ、今すぐに立ち去るのも職務放棄のようで見映えが悪い。カイトよりも仕事をした宇宙クラゲが残って仕事を続けているのだ。適当に仕事をしつつ、周囲にも功績を積ませるのが最適解だという判断だ。
『キャプテンは市民権の向上に興味がないのですよね』
「今でも過分だと思っているよ。出来ればもっと低い市民権に落ちないかなって」
具体的には、七位か八位くらい。これといった責任のない立場で、自由に宙域を行き来できればカイトにとってはそれが一番良いのだ。
だが、エモーションはその言葉に同意しなかった。
『それは困りますね』
「おや。何故だい?」
『私も、私より市民権の低い人物を補佐するのはちょっと外聞に関わりますから』
機械知性は、生身の知性体よりも連邦参入時に与えられる市民権が高い。エモーションが
最初から六位という高い地位を与えられる反面、市民権の向上条件は生身の知性体よりも遥かに厳しい。連邦では機械知性のほぼ全てが勤労に従事するが、同時にほぼ全てが六位市民のまま活動を終える。
それほど日を置かずに
とはいえ。そんな事情であるから、機械知性と生身の知性体が同乗している船であれば、生身である船長の市民権が低いことなどザラにある。エモーションの発言は決して連邦のメジャーな価値観ではないのだ。
「それが君のこだわりってわけだね、エモーション」
『ええ。そういう意味では、キャプテンは私にとって理想の上司と言えますね』
「左様で」
今回の『転移器官モドキ作成』については、エモーションのアイデアだ。それを一番の功績としてカイトは報告書に記載する予定でいる。受理されれば、エモーションは
彼女の市民権がカイトに追いついてきた時。あるいはそれがふたりの道が分かれる日なのかもしれなかった。
***
作戦の終了が通達されたのは、地球時間でおよそ一週間が過ぎた頃だった。
宇宙クラゲの迅速な包囲が功を奏して、要塞型から吐き出されたルフェート・ガイナンは、全ての個体が間違いなく撃滅された。
それを確認するためだけに、後方に位置していた船があったというから、連邦も今回こそは完璧を期していたと言って良いだろう。
「いやあ、疲れた。凄い数だったな」
「大丈夫っスか? 旦那」
「ああ。こっちは撃つだけだったからな。適度に休息も取らせてもらった、ガールが気にするほどじゃないさ」
トータス號のスタッフであるリズとバイパーが、少しばかり疲れた表情で笑い合う。船団の中衛にいたトータス號は、前衛の取りこぼした個体を撃墜するのが役割だったから、戦闘の回数としてはそれほど多くなかった。
バイパーのサイオニックランチャーの威力は、中型クラスの戦闘艇の武装に匹敵する。小型艇であるトータス號は取り回しの良さと主力武装の威力を買われて、中衛のあちらこちらを飛び回っていた。
「随分と稼げたんじゃないか?」
「それは間違いないっスよ。何しろあっちこっちに飛び回ったスからね。これでまた、トータス號のアップデートが捗るスよ」
疲れを見せつつも嬉しそうなリズを眺めながら、バイパーは備え付けのソファに体を預けた。柔らかい感触に意識を持って行かれそうになったところで、リズが怪訝そうにあれ、と言うのを聞き咎めた。
「どうした、ガール?」
「おかしいんスよ。こっちがカウントしてる戦績と、中枢に登録されている戦績が合わないんス」
「はあ?」
「旦那の武器は特殊っスから、間違いなくこっちのカウントが正しいはずなんスけどね。おっかしいなあ」
体を起こして、厳しい目を向ける。
つまり、どこかの船が戦績を誤魔化しているということだ。
「中枢の連中に文句をつけるなら、俺がやるぞ?」
「ううん……そっスね」
顔立ちの可愛らしいリズより、自分の方が威圧感を与えるだろう。そう思って提案するが、リズはどうにも煮え切らない。
「ガール?」
「いやね、戦績が少ないんだったら頼むんスけど。なんか多いんスよ、中枢に登録されているうちの戦績の方が」
「はあ?」
立ち上がってリズが眺めているモニターの方に歩み寄る。見ると、連邦規格の数字がずらずらと並んでいる。バイパーは軽く頭が痛くなった。
リズはいつもこんな画面と格闘しているのだろうか。とても凄いなと素直に尊敬する。
「分かるっスか? これがうちのトータス號で、ここに表示されているのが中枢に登録されている戦績ス」
「うちの戦績は?」
「こっちっス」
見ると、確かに中枢に登録されている戦績の方が多い。
リズと視線を交わす。間違っていると言うのは簡単なのだが。
「つまり、誰かが戦績を譲ってくれたってことか?」
「そういうことスかね。確認します?」
「そうしよう。後で苦情が出たら困る」
バイパーは頭を掻きながら、小さく溜息をついた。安心して休めるのは、もう少し先のことになりそうだ。
***
片手間に近づいてくるルフェート・ガイナンを撃墜しながら、カイトとエモーションは連邦議会に提出する報告書の作成を始めていた。
小惑星で休眠しているルフェート・ガイナンの見分け方から、要塞型を発見するための方法論、利用されている宇宙ウナギの死体への安全な侵入方法まで。
ある程度まとめ終わったかなと判断したところで、エモーションからの指摘が入る。
『キャプテン。こちらの記述は削除しておいてください』
「何でだい、エモーション。これは君の功績だろう? 提出すれば君の市民権は次の段階に昇格できると思うけど」
『……私は別に、これ以上昇級したいわけではありませんよ』
「え」
ちょっと意外だった。エモーションはそれなりに向上心があるタイプだと思っていたのだけれど。
『キャプテンの様子を見ていると、どうやら高い地位にはそれなりに責任が求められるようですし。私も、中央星団でデスクワークなんて柄ではありませんから』
「確かに僕もそれは御免被るね」
『それに。私以外にキャプテンの補佐なんて出来るとは思えませんから』
「う」
それなりに無軌道の自覚があるカイトだ。そんなふうに言われてしまうと、ぐうの音も出ない。
「了解。これからも頼りにしているよエモーション」
『仕方ありませんね。きゅるきゅるきゅる』
口癖となっているきゅるきゅるだが、今回はどことなく嬉しそうな響きを伴っていた。
何か不満だったのか、隠したい事でもあったのか。カイトはそれを深く聞こうとはしなかった。エモーションが今の境遇に不満がないのであれば、それで十分だったからだ。
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