その進軍を止めろ

 要塞型ルフェート・ガイナンは、その超巨大な体をゆっくりと船団に向ける。遠くから見るとその動きは極めて緩慢に見えるが、実際にはそうではない。あまり悠長にしていると、甚大な被害を受けることは想像に難くない。

 だが、対応するには戦場に散らばっている小型のルフェート・ガイナンが邪魔だ。あの大きさだ、多少のダメージでは止まらないだろう。トゥーナの時と違って、一ヶ所をずらせばどうにかなるものでもない。


「さて、迷っている時間は少ないね」

『どうしますか、キャプテン』

「どうしたものかな」


 迷っている時間と同じく、打てる手もまた少ない。

 何しろ相手が大きすぎる。宇宙ウナギのような分かりやすい急所が分かっていれば対応の仕方もあるが、何しろ要塞型ルフェート・ガイナンなど初めて見る相手だ。

 クインビーの火力不足と言ってしまえばその通りなのだが、今回ばかりは火力不足と断じるには少々問題があった。


「あの大きさに対して火力が足りている船なんてないけどね」

『それはまあ』


 連邦最強のディ・キガイア・ザルモスであっても、船が複数必要だし動きを止めないと撃破は難しいと言っている。


『障壁で止めるのも難しいですか?』

「クインビーは仮に食われても大丈夫だろうけどね。障壁で防ぎきれるかどうかは自信がないな」


 何しろ、カイトは自身の障壁の限界が分からないのだ。広く薄く展開したとして、どこまで防げるのか。クインビーを包む程度であれば問題なく防ぎきれると思っているが、当てにされて防げなかった時の被害が計算できない。


「防ぐ、という観点では考えない方が良いかもしれないね。どうにかしてあれの動きを一時的にでも止められれば」

『しかもこちらに突っ込んでくる前に、ですか? 随分と無茶を言いますね』

「まあね、それは仕方ない。テラポラパネシオが包囲して、準備を終えるまで。その間だけ動きを止めることが出来ればいいそうだけど」

『今からあれが動き出すまでの時間では不足だと?』

「そういうことだね」


 このまま突っ込んで来られると、おそらく多数の船と連邦市民が被害に遭う。生命のバックアップがあるから大丈夫だとは思うが、指揮中枢がそれを当てにして策を立てない理由は簡単な帰結だった。

 おそらく、初手で止められなければ船団は全滅すると判断しているのだ。そして、そのまま相手は逃げを打つ。テラポラパネシオとしても、連邦市民やその死体を巻き込んでまで強引に要塞型を撃破しようとは思っていない。あるいは、そういうことをしないという誓いでもあるのかもしれない。

 要するに、相手の動きを止めた上で攻撃するという初手が成功しなければ、総員で即時撤退を決断する。その際に発生した被害はやむを得ないこととする。そんなところか。


「命が安いなあ」

『仕方ありません。連邦はそういう社会なのですから』


 それでも命は命だ。失われないに越したことはない。

 カイトは未だに自分の中にある考えのズレを自覚しつつ、エモーションに相談する。


「何かいいアイデアはあるかい?」

『普段はそういうの、キャプテンの仕事だと思うんですけどね?』


 不思議と機嫌よく答えると、エモーションが平然と案を出してきた。


『あるじゃないですか。ルフェート・ガイナンが絶対に無視できないものが』


***


 何故それを思いつかなかったのか。カイトは自分の思考が普段よりも硬直していたことを認めつつ、近くを飛んでいたルフェート・ガイナンを瞬く間に撃破した。

 そのまま働きバチワーカーズを使って加工を開始する。設計はエモーションだ。ルフェート・ガイナンと働きバチで巨大な球体を捏ね上げる。


『カイト三位市民エネク・ラギフ? 一体何をしているんだ?』

「エモーションのアイデアで、ちょっとアレの動きを止めようかと」

『そんな方法があるのか!?』

「駄目で元々、ってところですね。こちらの状況には構わず、そのまま攻撃をしかけてください。僕たちのことは気にせずに」

『わ、分かった』


 背後から味方の攻撃を受けるのは覚悟の上だ。

 攻撃自体は要塞型を止めるというより、周囲にいる邪魔な小型を撃破してもらうためだ。上手くいけば、要塞型の動きを十分に止めることが出来るはず。その間にテラポラパネシオが準備を整えれば、連邦の勝ちだ。


「エモーション。出力を上げるのはいつにする?」

『ある程度近づいてからですね。ここからやると、遮二無二突っ込んできますよ』

「そりゃそうだ」


 カイトはクインビーをするすると前方に動かしていく。こちらから攻撃を仕掛けない限り、やはりルフェート・ガイナンは攻撃を加えて来ない。本能に根差しているとはいえ、不思議なことだ。

 要塞型は今にもこちらに突っ込んできそうな態勢を取っている。その視線がこちらを捉えているのかいないのか。それが分からなかったので、カイトは少しだけクインビーを斜め上へと動かしていく。要塞型が気付いたら、視線を上げるから分かりやすいだろうと思ってのことだ。


『そろそろ向こうが動きますね。エネルギーを背面に集中しています』

「了解。こちらもやるよ!」

『お願いします』


 クインビーが抱えている球体。その中に埋まっている働きバチに、力を込める。

 ぶうんと球体が震え、特徴的な緑色の光を放った。


『反応アリです!』


 要塞型の反応は劇的だった。これまでの緩慢な動きが嘘のように、ぐるりと視線をこちらに向けたのだ。

 クインビーではなく、クインビーが抱えている球体。要塞型が宇宙ウナギの中から這い出してきたのであれば、間違いなく見慣れているはずのもの。

 自分よりも子供たちよりも、ルフェート・ガイナンという種が重要視している宇宙ウナギの器官。


「君たちは個体間で連携をとっていない。だからこそ、宇宙ウナギの内部に保存されていた『転移器官』が破壊された事実を知らなかった」


 つまり、内部にいた個体がそれを運び出していたと錯覚してもおかしくない。

 要塞型が背面のエネルギーを霧散させた。こちらに機能肢を伸ばしてくるので、クインビーを加速させる。背面に回ったクインビーを追うように、要塞型がその場で反転しようとした。急いでいるようだが、どうしても動きは緩慢に見えて。


「君たちの敗因は、役割に固執して情報のやり取りを軽視したことだ」


 転移器官を模した球体を手放し、カイトはその場を一気に離脱する。

 伸ばされた機能肢が、球体を壊さないようにそっと掴む。巨体に対して、あまりに小さなその器官。その真偽すら確認しようとせず、大きく開いた口でそれを飲み込もうとする。体内に入れれば、それだけ安心なのかもしれない。

 そしてその動きが、決定的な隙だった。


『撃て!』


 無数の船から、光の束が放たれる。

 周囲を飛翔する小型の個体が飲み込まれては消えていく。光は要塞型にも届いているが、やはり相手が大きすぎるせいか痛打にはなっていないようだ。

 全ての光が収まった後も、要塞型はほぼ無傷でその場に留まっている。


「やっぱりこれだけの火力でも撃破は無理かぁ」

『凄まじい防御力ですね。ですが』


 既に次の手は講じられている。

 ディ・キガイア・ザルモスが要塞型を包囲している。光の線がそれぞれの船を繋いで、壁を生成する。準備が終わったのが分かった。


『みな、見事だ。これ以上ない功績だった』


 包囲された空間に、少しずつ光が満ちていく。

 要塞型も理解したのだろう、空間からの逃亡を図ろうと動き出す。

 光の壁に触れた要塞型の機能肢が、まるで削り取られるように消え去った。

 突撃では逃げられないと察したのか、要塞型が考え込むような仕草を見せた。いや、体内に取り込んだ『転移器官』に意識を集中しているのかもしれない。


「残念だったね。それ、偽物なんだ」


 カイトの言葉は聞こえるはずもなく。

 要塞型が最後にどんな動きを見せたのだろうか。光に満ちた空間は白く染まり、見通すことは出来なかった。

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