適者生存の理

寄る辺を喪うということ

 宇宙ウナギの死体は、生まれたばかりのルフェート・ガイナンの揺り籠のように利用されていた。丁寧に温度調整までしながらだ。どれほどの長期間にわたって維持されていたのかは分からないが、寄生先であった宇宙ウナギが圧倒的な大きさを持っていたからこそ環境を整えることが出来たのだろう。

 宇宙ウナギを食い尽くす前に、食糧を集めて来られるだけの態勢を整えることが出来たからこそ。彼らはここまで大きくなれたわけだ。


「死んだ後の心の在り処……か」

『どうされました? キャプテン』

「何でもないよ。さ、やろうか」


 巨大な産卵管は、しかし表に見える要塞型ルフェート・ガイナンの威容からするとあまりに小さい。宇宙ウナギと直接つながっているのがこの場所しかないと言うのに、不思議なことだ。

 カイトはクインビーに四本のサイオニックランチャーを持たせると、精神を集中して力を込める。

 強い拒絶、しかしそれほど広い範囲を破壊する必要はない。ただ、宇宙ウナギとルフェート・ガイナンの接続を断ち切るだけの。


「撃て」


 四条の光の刃が、産卵管を飲み込んでいく。クインビーの船体をゆっくりと傾けながら、呪われた接続をじっくり切り離していく。

 頭上から、何かが苦しそうに鳴くような震動が届いた。


***


 船団中枢となる人工天体メネシウスでは、スタッフとして詰めている機械知性たちが戦場を監督していた。彼らは宇宙ウナギが要塞型ルフェート・ガイナンから離れた瞬間を見逃さなかった。

 即座に周囲で待機しているテラポラパネシオの一体に通信を飛ばす。自我を共有している彼らには、一体へと連絡を行うだけで十分だからだ。


「要塞型と宇宙ウナギの物理的接続が切れました。ただちに宇宙ウナギを破壊してください」

『カイト三位市民エネク・ラギフがまだ内部にいるだろう。撤退指示は出したのかね?』

「はい。先程出しましたので、程なく出てこられるかと……ご覧ください」

『うむ。我々も確認した。それでは指示に従い、ルフェート・ガイナンと接続されていた宇宙ウナギの死体を完全に破壊する作業に入る』


 カイトが乗ったクインビーが、その特徴的な姿を表に見せた。接続が途切れた部位から飛び出してきたが、追ってくるルフェート・ガイナンの個体はいない。どうやら中をきっちりと片付けてきたらしい。

 無事なクインビーを見て安心したようで、テラポラパネシオが搭乗しているディ・キガイア・ザルモスのおよそ半分が、底面方向にある宇宙ウナギの至近距離へと転移する。


『さすがはカイト三位市民。見事な手際だ』

『ありがとうございます。こちらの宇宙ウナギはこの場で処理するとか?』

『ああ。君のお陰で内部の状況はおおむね確認できた。学術的価値は認められるだろうが、これを持ち帰るコストと持ち帰った後のリスクを考えれば、この場で処分してしまうべきと判断している』

『なるほど。……そうですね、それが良い』


 テラポラパネシオとカイトの通話が流れる。原因は調べる間でもない。テラポラパネシオ側がこちらとの通信を切らないままにカイトと通話を始めたからだ。彼らはそういった些事には基本的にこだわらない。天体側で切れば良いことだし、傍受されたとして困るような会話はしない(と思っている)からだ。

 クインビーが短距離転移を行った直後、宇宙ウナギを包囲したディ・キガイア・ザルモスたちが力場を形成していく。


「本当に、どういう認識であれを生成しているのだろうな、彼らは」


 指揮中枢の責任者であるカアモルブ議員は、超能力研究会の一員でもある。超能力研究会のメンバーはテラポラパネシオの全力を目の当たりにするたび、こんな言葉を吐き出している。


***


 即時撤収の指示を受けたカイトは、接続が切れて出来た穴から宇宙ウナギの外に飛び出した。テラポラパネシオからの労いに答えてから、すぐに船団の方へとクインビーを転移させる。

 後は適当にルフェート・ガイナンを間引いた後で、残ったディ・キガイア・ザルモスたちが要塞型を一気に叩き潰す手筈だ。そういう意味では、カイトとクインビーが悪目立ちする場面は終わったと考えて良い。


「後は適当に、向かってくるルフェート・ガイナンを蹴散らすとしようか」

『了解です。トータス號への掩護はどうしますか』

「特には。孤立してなければ、わざわざ僕たちが行く必要もないでしょ」

『賢明な判断だと思います』


 と言うか、あまりカイトが関わって目立たせてしまっては申し訳ないという気持ちがある。さすがに自分が有名人であることは自覚しているカイトだ。自分があからさまに出ていくことで、バイパーたちの今後に奇妙な緊張感を与える必要はない。

 何か危険が近づいているようであれば手伝うことにする。そんなカイトの指示にエモーションも同意を示した時、底面側から眩い光が放たれた。方角からすると前方下側。宇宙ウナギの辺りからだ。


「光が強いね。これはテラポラパネシオからの皆さんが?」

『はい。宇宙ウナギを分解していますね。凄まじいエネルギー総量です』


 観察していると、これまで悲鳴こそ上げたものの動きを見せなかった要塞型が、慌てたように動き出した。機能肢を底面に向けて伸ばすものの、残念ながらそれは遅すぎる対応だ。

 光の中で、宇宙ウナギのシルエットが消えていく。ルフェート・ガイナンには塵ひとつたりとも利用させないという強い意思を感じさせるテラポラパネシオの苛烈なまでの破壊に、カイトは目を奪われていた。


「分解されたものは、いつか別の何かになるんだろうか」

『そうでしょうね。重力に引かれてどこかの星に降り注ぐか、寄り集まって新たな天体になる可能性も否定は出来ませんが』


 もしかすると、トゥーナが言っていた『絶対なる唯一の個になる』とは、星になることなのかもしれない。

 光とともに宇宙ウナギの痕跡が消えていく様を見ながら、カイトは何となくそんな風に感じたのだった。


***


 要塞型ルフェート・ガイナンの様子が激変したのは、宇宙ウナギの死体が完全に消滅した直後のことだ。

 内部からは相変わらず小型のルフェート・ガイナンが吐き出されているが、それにも関わらずその巨体をくゆらせるように動き始めたのだ。

 当然、その動きに巻き込まれて潰れる個体も出てくる。兵隊の損耗を気にする様子もなく、船団に対して前傾姿勢を取る。巨大な口が、大きく開かれた。

 当然だが指揮中枢であるメネシウスは、ウヴォルスとの情報連携も絶やさずに行っている。カアモルブ議員は不安を押し殺しつつ、ウヴォルスに要塞型の行動変化の目的を確認した。


「学者諸君、あれの目的は何だと思うね?」

『……おそらく、捕食だと思われます』


 しばらくざわついた後、返ってきた答えはそんな内容だった。

 前傾姿勢になった先は、連邦の船団だ。そして捕食。嫌な予感は増すばかりだが、聞かないわけにはいかない。続きを促す。


「捕食というのは、我々をか」

『はい。ルフェート・ガイナンの主食は宇宙ウナギ、次点で惑星や小惑星だと考えられます。保存食かつ幼体の養育場所だった宇宙ウナギを喪った以上、目的が自己の生存と新たな棲み処の確保に切り替わったと見るべきかと』

「つまり、栄養補給に連邦の船や人工天体を食べたいと思っているわけか」

『そうなります。周囲の個体に撤退や退避を指示した様子がないということは、共食いも視野に入れているかと』

「自分さえ生きていれば、同じものをまた生み出せるから……か。なるほど、清々しいほど徹底している」


 生態研究が始まってから、ルフェート・ガイナン種のこういった生態に何度となく今と同じ感想を抱いた。

 種の生存を賭けて、ルフェート・ガイナンもまた最大の戦力を切ることにしたわけだ。

 どうやら、戦局は最終段階に入ったようだ。

 カアモルブ議員はまず、この場の最大戦力であるテラポラパネシオに確認を取る。


「テラポラパネシオ。君たちの力で、あれを撃滅するのは可能か?」

『不可能ではないが、出来れば動きを止めたい。連邦の仲間たちが動いている状況では巻き込む恐れがあるぞ』

「今すぐの退避は難しいぞ。兵隊型は今もあれだけの数だからな」


 だが、要塞型ルフェート・ガイナンは兵隊たちのことなど気にかけないだろう。

 死体にすぎない宇宙ウナギより先に、要塞型をどうにかしておくべきだったか。


『気にしすぎないことだ。要塞型が宇宙ウナギの内部に、まだ何か仕掛けをしていたとしても不思議ではない。それに、判断が間違っていたとしても反省するのは今ではなかろう?』

「その通りだな。さて……」


 当たり前だが、カアモルブ議員は極めて優秀な連邦市民である。呼吸を整えると周囲の船団に最後の指示を送る。


「諸君、要塞型は我々を捕食し、次の棲み処を探す旅に出ようと考えているようだ。我々連邦の知性体の恐ろしさをしっかり教育してやることにしたい。これより我々は接近してくる要塞型の足を止める! 総員、攻撃を開始せよ! これ以上の勝手を許すな!」

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