それもまた自然の摂理であるから

 クインビーの台座の上で、カイトは集結するルフェート・ガイナンの群れを睥睨した。宇宙ウナギの死体の顎部に集結した寄生生物たちは、今にも外に飛び出そうと機を待っているようにも、あるいはいつの間にか外に逃れ出ていたクインビーを迎え撃とうとしているようにも見える。

 クインビーの外壁から、無数の鋼板が剥がれ落ちた。働きバチワーカーズが武装としての役割を果たすべく、クインビーの周囲に散った。


「エモーション。戦力比較。上の連中と、こいつらの戦力差は?」

『出力だけでしたら、こちらの方が倍以上かと。自分たちにとってもっとも大事な場所を守らせるのですから、当たり前の選択ですね』

「なるほど。連邦の船だとどの辺りが互角だい?」

『そうですね。カタログスペック上ですと連邦の平均的な性能の船ならば問題なく撃破できますが、それよりもスペックに劣る船では少々危険かと』


 つまり、トータス號と同程度の船では相手をするのは危険ということか。いよいよ外に出すわけにはいかない。

 頭の中で、サイオニックランチャーで薙ぎ払うという選択肢を除外する。容易く撃破出来る相手だが、発射することで宇宙ウナギの体に穴が空く懸念が捨てきれない。そして、そこからエリート個体が連邦の船団に向かう危険性も。そういう意味では、転移機能を掌握していた個体を吹き飛ばした時に穴を開けてしまわなかったのは慧眼だったように思う。

 宇宙ウナギの死体は大きすぎて、一度にまとめて消し飛ばすほどの火力はサイオニックランチャーでも足りない。仕方ない。まずは働きバチたちに大いに働いてもらうことにしよう。


「さて。直接の恨みはないが、駆除させてもらう。……これも互いの存亡を賭けた生存競争ってやつだ、容赦はしないよ」


 働きバチが回転しながら、宇宙ウナギの口からあふれ出しそうになっている個体を貫いていく。超能力を叩きつけることで動きが止まるから、止まっている的に当てるようなものだ。ほどなく口の付近に集結していた個体は全て生体活動を止めた。

 高度な死んだふりの可能性も捨てきれないから、エモーションの方で反応がなくても念入りにチェックしておく。比較的綺麗に形が残っている個体は、問題がないだろうサイズまで解体するのも忘れずに。

 宇宙ウナギの死体は大きく、それなりに丈夫だ。だが、生きているトゥーナと明確に違うのは、個体そのものが持つ体温である。岩石を溶解させるほどの体内温度だったものが、今では水を沸騰させられる程度の温度しかない。おそらく、寄生している要塞型がその熱を与えることでこの温度を維持しているのだろう。

 いかに宇宙ウナギと言えど、死体が宇宙空間で温度を維持出来るとは考えにくい。

要塞型があれほど巨大なのは、仲間を体内で養うため以上に、寄生していた宇宙ウナギに一定の温度を与えるためだったのかもしれない。


「あっちはあっちで、何でも思い通りになるってわけじゃないよな」


 改造を受ける前のカイトであれば極めて危険な環境も、生体改造と障壁で防御している今では何の影響もない。働きバチを縦横無尽に暴れさせながら進んでいると、宇宙ウナギの体内に潜り込んでいる個体の反応をエモーションがキャッチする。

 カイトやクインビーから身を隠すための動きなのか、奇襲の準備か、体内から直接外に出ようとしているのか。対応を迷っていると、スキャニングを終えたエモーションが理解したように告げる。


『どうやら、宇宙ウナギ内部の温度を一定以上に保つための役割を負った個体のようです。機能肢が存在しません。おそらく潜り込んだ後に機能肢を退化させたのではないでしょうか』

「……そういう役割の個体もいるのか」

『自ら発熱しているわけではなさそうですが、非常に高い保温性を持っていると見られます。どこかから受け入れた熱を貯め込んでいるのでは』


 やはりそうか。カイトは躊躇なく働きバチを撃ち込み、壁の向こうにいるだろう個体に止めを刺す。

 特に反応はなかったが、カイトの視界に共有されたサーモグラフのようなものが、温度の急速な散逸を捉えた。


「要するにこいつらを駆除すれば、宇宙ウナギの内部はルフェート・ガイナンには生存しにくい環境になるってわけだ」

『そうですね。感知次第お伝えします』

「頼むよ」


 やはり表の状況をはっきりと理解しているわけではないようだ。こちらを見ると寄ってくるのは、カイトという有機生命体が表に見えているからか。


『そういえば、先程クインビーが襲われなかった理由ですが』

「うん?」

『現在戦闘中の船団でも同様の反応が各所で見られるようです。攻撃行動を取った後は別ですが、戦闘を行っていない船でも襲いかかるものと捨て置くものに分かれていると』

「トータス號は?」

『普通に敵視されていますね。まあ、前線に突出しているわけではなさそうなので、その点は安心できます』


 クインビーは見逃されるが、トータス號は襲われる。超能力の有無ではないらしい。襲われない理由には、やはり心当たりがない。


『上でも既に条件の確認が進められています。現時点で最も有力な条件は、船の内部にいる有機生命体が一名であること』

「有機生命体が一名……?」

『あくまで推測でしかありませんが。ルフェート・ガイナンは、船の内部に存在する有機生命体の生命反応を、何かの手段で知覚している可能性があります』

「生命反応を知覚か。まあ、僕たちが出来るんだ、向こうが出来ても不思議じゃないよね」

『はい。船団の指揮中枢は、ルフェート・ガイナンには船と岩石と仲間の見分けがつかないのではないかと推測しています』

「なるほど?」


 そういえばトゥーナも最初は、船を敵対的な珪素生命の一種だと誤認していたのだったか。宇宙ウナギに寄生するルフェート・ガイナンも、大別すると珪素生命に近い。その辺りの見分けがつかなくても、特に不思議ではないと思えた。

 つまりルフェート・ガイナンは、そのに宿る生命の数がひとつであれば同胞だと誤認する。複数存在する場合は知性体の乗る船だと認識して襲い掛かってくる。

 では、ゼロの場合は。


「有機生命体が乗っていない船。つまり機械知性の皆さんが操作している船は攻撃を受けるのかな」

『はい。攻撃と呼ぶには少々雑ですが、結構な勢いで体当たりされると』

「そういうことか。つまり連中にとって、機械知性しか乗っていない船はあくまで食事用の小惑星と同じ扱いってことだ。こりゃ、指揮中枢の予想した通りかもしれないね」


 命の数を知覚して、その数に応じて対応を変える。そうインプットされているのであれば、カイトとクインビーが狙われなかった理由にも合点がいく。

 例外は今のカイトとクインビーのように、生身で船の外に出るような場合だ。何しろトゥーナでさえ気づいたのだ。ルフェート・ガイナンが気付かない筈もない。


「ま、上には僕の真似をするような物好きはいないか」

『ええ。そう思っているのであれば、自重していただきたいと何度も』

「そうだっけ?」


 一度や二度は言われたかもしれないが、エモーションが言うほど何度も言われた記憶はない。

 後ろには、生きている個体の反応はない。個体の質は向上傾向、数は増加傾向にあるがクインビーの敵ではない。

 じっくりと宇宙ウナギ内部の敵戦力をすり潰しながら、カイトとエモーションはクインビーを奥へ奥へと進めるのだった。


***


 宇宙ウナギ内部に、最早ルフェート・ガイナンの反応は一つしか残っていない。

 先程撃破した転移機能の部屋までやってきたカイトは、今一度じっくりと内部の状態を調査する。

 残っている反応ひとつは、目の前にある巨大な柱だ。いやに堂々とその姿を晒しているのは、これが要塞型ルフェート・ガイナンの産卵管だからだろうか。


『キャプテンには問題ありませんが、通常の生物であれば生存が不可能な程度の熱を発しています』

「ははは。それだとまるで、僕が怪物みたいじゃないかエモーション」

『そう申し上げておりますが』


 いつだって相互理解は難しい。

 カイトは苦笑を浮かべながら首を横に振った。カイトとエモーションでも分かり合えないなら、有機知性体とルフェート・ガイナンの間で相互理解など断じてありえない。

 カイトは働きバチを船体に戻すと、いつものように腕の形を取らせた。サイオニックランチャーを射出し、装着していく。

 産卵管の完全な破壊。それがこの場でカイトに課せられた、最後の役割なのだった。

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