連邦の選択
連邦には、本当に数多くの種族がいる。
それぞれの生態はもちろん、常識や主義が著しく違う種族も連邦という組織の中で共存している。
そんな社会を実現しているのは何より連邦の隔絶した技術力が根底にあるのは確かだが、それ以外にも工夫は存在する。それが『特区』だ。
生態の都合や常識の違いを持った種族が無理なく共存するために、他の種族に迷惑をかけてしまう危険性のある種族については、その居住区を特区と指定する。そしてその特区の中でのみ、その種族の生態や文化について尊重するというものだ。
たとえば、成人の儀式として他の知性体を狩猟しなくてはならないという文化を持った種族がいる。連邦はその種族が生活するための特区を設け、それ以外の場所での狩猟を禁じた。観察している惑星や、共存する他の種族に迷惑がかかる可能性があったからだ。
この対応が最初に行われた時には、すぐに失敗してこの種族が連邦を離れるのではないかと予測もされた。狩猟の機会が減ることもあるが、好んでそんな特区に顔を出そうとする者がいるとは思えなかったからだ。
ところが、この対応は思いのほか上手く行ってしまった。
連邦の法律では、それぞれの個人は自由に生きることが許されている。ただし、他者の自由を侵害しない範囲で、と注釈がつく。
当たり前だが、どの種族にも血の気の多い個体や力自慢の個体というのはいる。自分の力を発揮する場所に恵まれなかったそういう者たちがこぞって特区に向かったのだ。思ったより狩猟の機会は減らず、そして彼らは相手にも満足した。
何しろ、強い個体を狩猟するのが命題なのだ。そういう意味では身体改造が基本となる連邦市民はとても狩り甲斐のある相手だった。
そして、連邦市民は命のバックアップがあるから、狩猟が成功しても特に遺恨が残らない。
管理された狩猟は狩猟ではない、と考えた一部の者は連邦を離れたようだ。とはいえ、連邦を敵に回せば自分たちが滅ぶのも目に見えている。彼らは連邦の勢力圏を離れ、別の組織の管理宙域へと移住したという。
『それで、キャプテン。連邦は個性を獲得したルフェート・ガイナンを特区に迎え入れるのではないかという私の疑問についてどう思いますか』
「そうだねえ。それはないと思うよ」
『ふむ?』
「理由はいくつかある。その中でも僕が一番重要だと思っているのは、トゥーナさんのこと、そしておそらく有機知性体を仲間とは見ないだろうということだね」
ルフェート・ガイナンは、宇宙ウナギに寄生する。そして宇宙ウナギを食い潰し、自分たちが繁栄するのが目的であり本能だ。
そのために彼らは星に潜む。有機知性体が居住している場合には、わざわざ寄生して排除しようとさえする。
そんなルフェート・ガイナンが、有機知性体と共存を考えるだろうか。そして何より、トゥーナとの共存など。
今のところ、ルフェート・ガイナンの個性は内向きだ。
『なるほど、キャプテンのお考えは分かりました。ですが、連邦議会の考えはどうなのでしょうね』
「そのために一匹を向こうに送ったのさ。転移機能も破壊したことだし、そろそろ連絡を取るとしようか」
共存の可能性ありと考えるか、なしと断じるか。
テラポラパネシオからの返答の形によるかなと思いながら、カイトはクインビーを回頭させつつ通信を繋ぐのだった。
***
「これが連邦の決断ってやつだね」
『……安心しました』
おそらく共存の可能性を考えていたなら、テラポラパネシオはカイトに通信だけを送ってきたことだろう。宇宙クラゲはカイトの予想通り、ディ・キガイア・ザルモスだけでなく無数の船を引き連れてこの宙域に姿を現した。
短距離転移で宇宙ウナギの外に脱出していたカイトは、眼前に広がる見たこともない規模の巨大船団に頼もしさを覚える。
「やあ、お待ちしていました」
『待たせたな、カイト
「ええ。保存食に不自由はしていませんので」
『きゅるきゅる……』
待っている間に消費された燻製の量が思い出されたのか、背後でエモーションが悲しげな音を立てる。また作ればいいじゃない。
カイトが外に逃げたという推測は立てられなかったのか、宇宙ウナギの内部からカイトを探し出そうとするルフェート・ガイナンはいなかった。エモーションの観測によると、慌てた様子で右往左往している反応はあるというから、ずっと宇宙ウナギの体内を探し回っているのだろう。
外で待機しているだけでも、分かる情報というのは増えていくものだ。ルフェート・ガイナンはどうやら、役割の違う個体同士で情報をやり取りをする思考がない。下の混乱が上に伝わった様子がないのだ。
『それにしても……確かに凄まじい数だ。随分と永くアレには自由にさせてしまったようだ、我々は』
「宇宙ウナギ由来の転移機能は潰してあります。議会の結論を待たずにやってしまったことは申し訳なく思いますが」
『それは気にしなくて良いよ。その決断で、我々はとても助かっている』
船団が出現したことで、要塞型の内部からルフェート・ガイナンが外へと飛び出し続けている。その数はとても多く、出ても出ても終わりが見えない。
『カイト三位市民。連邦はルフェート・ガイナンとの共存に関する可能性を公式に否定した。宇宙ウナギの時の反省も踏まえて、あらゆる観点から調査を行った。その結果、その思考において有機知性体を敵、あるいは餌としか判断していないことを確認したよ』
「そうですか」
しっかりと言葉として結論を示してくれたことに、安心する。
後は戦うだけだ。
『連邦はその総力を挙げて、ルフェート・ガイナンをこの宙域から撃滅する。手伝ってくれるかい、カイト三位市民』
「もちろんです。とっとと終わらせましょ」
ただでさえ、この場所はトゥーナの行く末のひとつを暗示しているようで気分が悪いのだ。
何故だか分からないが、今なおカイトとクインビーは(上の)ルフェート・ガイナンたちからは敵と認識されていないようだ。船団に次から次へと向かいながら、こちらには近寄っても来ない。連中の船の判別方法が気になるところだが。
「……どうやら僕の方は敵と認識していないようですね。こちらは宇宙ウナギ内部の制圧を優先しようと思います」
『了解したよ、カイト三位市民。こちらの駆除が終わったら連絡するから、退避してくれたまえよ』
「分かりました」
外の駆除が終わったら、テラポラパネシオは要塞型の本体を宇宙ウナギごと破壊するつもりなのだろう。ディ・キガイア・ザルモスはそのための戦力ということ。
頭上の方角で、無数の光が交錯する。予想していた通り、要塞型の内部にいたのは船と戦闘するための個体だったようだ。
「相手が連邦じゃなかったら、危なかったかもね」
『イエス。少なくとも連邦に参加する前のトータス號であれば、300秒持たずに撃沈されていたはずです』
「そりゃ凄いや」
つまり、タールマケ船団程度の戦力では、戦闘型ルフェート・ガイナンとの交戦には向かないということ。
連邦の船団は全てが集結し終わったわけではないようだ。要塞型を取り囲むようにして、今もあちこちで転移反応が発生している。一際大きな反応の後、数基の人工天体が転移を完了したのが見えた。宇宙クラゲが『総力を挙げて』と言うわけだ。本当に全力を投入している。
「そういえば、あの船団の中にバイパー達はいるのかい?」
『ええ。多少後方ですが。現在のトータス號でも、連邦の技術水準では中の下程度の性能ですからね。無難な位置取りではないでしょうか』
「そっか。ま、後は彼らの腕次第だね」
彼らも、自分たちの意志で参加したのだ。撃沈されないで欲しいとは思うが、世話を焼くのも違うだろう。
「さあ、僕たちは僕たちの仕事をしに行くとしよう」
『はい、キャプテン』
カイトは転移で内部に戻るのではなく、外から宇宙ウナギの口へと移動することを選んだ。
外から奥へと制圧していくのだ。一匹も逃がさず、文字通り撃ち滅ぼすために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます