勘吉郎の決意

「よもや父上が未来から来た御人とは、にわかに信じがたいな」


 寺倉家当主・寺倉勘吉郎嘉蹊は独りごちた。


「願わくば、400年後の未来を拝んでみたかったものだ」


 そう言って、叶うはずもない願望を溢す。どのような未来になっているのか、はたまた父上が変えた歴史が、未来をどう変えたのか。嘉蹊は空想し、かぶりを振る。そんな繰り返しだった。


 それでもただ一つ言えるのは、父の作った歴史が、未来を明るく照らしているということだ。父の居た未来とやらが、果たして平和だったのか、それとも戦国乱世が続いているのか、外つ国に侵略され忍従を強いられているのか、父の口から聞くことはできなかった。


 老衰の間際ともあって、そんな体力も、鷹揚に語れるほど記憶も鮮明に残っていなかったはずだ。父の96年は、それほどまでに濃密だった。


「いや、この書物を見れば、父上の過去も分かるやもしれんな」


 そう言って、家宝である書物を開く。経年劣化でボロボロになってはいるが、父の文字は読みやすいものである。難なく文章を認識できた。


 ただ紙が貴重なこともあってか余計な情報が出て載っておらず、落胆を覚える。


「っと」


 最後のページをめくると、隙間から手紙のような紙が出てきた。眉を顰めながら嘉蹊はそれを開く。


「この手紙は勘吉郎が読むべし。読んだ後は廃棄し、胸に仕舞うこと」


 そのような冒頭を見て心の中でうなづきつつ、嘉蹊は読み進めた。


『私の前世は平凡なものだった。日ノ本は平和であり、私が過去を変える必要などどこにもなかった。ただ、私は決して善良な人間ではないゆえ、カッとなり父の仇を討ち過去を大きく変えてしまった。友人であった今川彦五郎に戦国を生き抜いてほしいからと、独善的な理由で本来天下に安寧をもたらす者を手にかけた』


 父上が善良でなかったら、人は皆善良でないということになりましょう、と虚空に放つ。


『しかし、それがあったからこそ、その者に代わって天下に安寧をもたらす使命を背負った。今日まで寺倉家が日ノ本を収めてこれたのは、そういった義務的な心情が働いてのものだ。それでも一つだけ、決して忘れなかった言葉がある。父上は仰っていた。家族や家臣、領民たちさえ無事ならば、何も要らぬ、と。心から民を想いやるその心を、肝に銘じて生きてきた。勘吉郎も、時折思い出すだけでかまわぬ。この父が築いた歴史を、これから先の日ノ本が、私が生きてきた平和な未来と同じくらい、いや、それ以上に価値があるものだったと冥府で胸を張れるよう、力を尽くして欲しい』


「父上、私ももう永くはありませぬ。それでも、死ぬ間際まで、父上の遺志に沿う立派な信念を胸に邁進致しまする」


 誰もいない部屋で、穏やかに笑みを浮かべる。勘吉郎が寺倉家の当主として目の回るような日々を過ごしていたこともあり、晩年は言葉を交わすことも少なくなった。


 きっとこの手紙は、父が数十年前に書いたものなのだと勘吉郎は思った。いつ死んでも大丈夫なように、身支度をしていたのだ。


 書物には、たくさんの有益な情報が記されていた。中には今の文明では到底叶わない先進技術もある。もちろん専門家では無いので、そういった技術は、あくまで概要や開発のヒントが書き連ねてあるだけだ。しかしこれがあれば、きっと父が見てきた未来よりも早く文明が発達するだろうと、勘吉郎は期待を持った。


「まだまだ死ぬわけには参りませぬな」

 

 父の遺した書物は一冊には留まらない。何十冊もあった。これを生きているうちに一つでも多く実現したい。そんな希望に満ち溢れた勘吉郎は、若々しい表情で青空に視線を向けた。



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