とにかくキレイな女子と付き合いたい!

「ごめん、別れよう」

 僕は高校の裏庭で有紗にそう切り出した。

「ちょっと待って、いきなり何?」

「何かタイプじゃないんだよね」


 それを聞いた有紗は、戸惑った表情だった。

「何で、1カ月前は見た目がタイプだって言ってたじゃない」

「だって、気がついたらおでこに色々あるもん」

「しょうがないじゃん、ニキビなんだから。私もまさかここまでできるとは思わなかったのよ。おでこ一帯に天の川のようにニキビができるなんて」


「いやあ、僕でもニキビは中学時代にできていたけどさ、おでこの一帯に天の川みたいって、何か日ごろの行いでも良くなかったんじゃないの」

 有紗は愕然とした様子だった。でも僕にとっては恋人のルックスは最優先事項。ニキビも含めて、傷のない顔の持ち主と付き合うことで、高校のカースト上位に生き残ることが命題だった。


「もうイヤ!」

 有紗は泣きながら走り去った。僕は「これでいいんだ」と自分に言い聞かせながら、彼女の背中を見届けた。


---


「おおい、弘樹。来たぜ」

 哲太郎が机に伏した僕の背中を叩く。顔を上げると哲太郎の隣には、ニキビがなかったころの有紗を食うほどに神々しいルックスをした女子が立っていた。


「谷川恵里菜です」

 恵里菜はナチュラルな黒い長髪に、緩くカールした前髪。キリリとした目鼻立ちで、しっかり者の美少女という感じだった。バランスが整って、透明感もある顔に、僕は「これだ!」と思った。


「三田村弘樹です。僕と、付き合ってください!」

 衝動のままに、僕は交際を申し込む言葉を口にした。恵里菜は少し後ずさりし、困惑した様子だった。

「あの、付き合うわけじゃないけど」

「あっ、ごめんなさい」

 僕はあまりにも焦りすぎたと思い、恵里菜に平謝りした。


「友達になってあげてもいいよ」

「本当ですか!?」

 僕は再び机に乗り出しながら、彼女の意思を確かめた。

「はい」

 恵里菜は少し引いた様子だったけど、純潔な笑みで応じてくれた。


 その日の放課後、僕は階段を降りきった直後だった。

「ねえ、弘樹」

 後ろから恵里菜が親しげに声をかけてきた。思わず足を止めた僕の隣に、恵里菜が並ぶ。


「早速だけど、お家はどこ?」

「あっ、この学校の近くだよ。駄菓子屋さん付近にある白いマンションの7階だから」

「偶然」

 恵里菜が嬉しい驚きを表した。


「どういうこと?」

「白いマンションって10階建ての『ナチュラルプレイス広中』でしょ」

「うん」

「私は駄菓子屋近くの別のマンションに住んでいるの。『テミスマンション』ってところ。5階建てのグレーのマンションよ」

「本当?」


 自宅が近所という事実で、僕は彼女との距離が一気に詰まった感じがした。

「分かった。じゃあ一緒に帰ろう」

 僕は胸の高鳴りを押さえながら申し出た。

「いいよ。私の家にお邪魔する?」

 恵里菜からの突然の提案に、僕は心臓を天使の矢で撃ち抜かれた気分になった。


「……お願いします」

 恵里菜が屈託のない笑みを見せる。

「顔が赤いけど大丈夫?」

 彼女に指摘されて、僕は首を振って平静を装った。

「大丈夫だよ!」


 帰り道の間、僕は恵里菜の背後で右往左往していた。気分はお姫様の従者で、彼女の頼みなら何でも受けてやるという気になっていた。


 駄菓子屋近くにある5階建てのグレーのマンションに着いたとき、彼女と二人きりで歩くという至福のときが、長いようで短いなと思った。

「ここが私の部屋。じゃあ、2階へ行きましょう」

「はい」

 僕は従者気分で恵里菜の城までついていき、ドアの前にたどり着いた。


「あの、カギをお開けしましょうか?」

「アハハ、何言っちゃっているの。私はお姫様じゃないから、普通に接していいよ」

 恵里菜が苦笑いしながら僕をたしなめた。僕は大人しく半歩下がった。恵里菜がカギで扉を開くと、「さあ入って」と僕を招き入れる。僕は無条件で玄関に上がり、靴を脱いだ。


「あっ、念のため手を洗ってくれる?」

 恵里菜が普通の表情で僕に謎の頼みをしてきたので、リアクションに困った。

「ほら、病気移されるの、私すごく警戒するタイプだから」

「分かった」

「石けんだけじゃなくて、逆性石けんもつけてね。洗面台のふちにある一番サイズの大きいボトルだから」


 恵里菜から説明を受け、僕は洗面所に入った。すると彼女は何も言わずに扉を閉める。不思議に感じながらも、彼女に言われたとおり、洗面台にて石けんで丁寧に手を洗う。恵里菜が言ういちばん大きなサイズのボトルは、洗面台のふちの右奥にあり、うっすらとしたオレンジ色をしていた。とりあえずそれを手になじませる。その間に扉が開き、数人が玄関から続く廊下をバタバタと通り過ぎていく。僕を家に招きながら他の友達まで入れるって、何だか妙だ。


 僕は逆性石けんまみれの手を、また水で洗い流す。洗面台の左側は壁際で、そこにホルダーでタオルが吊るされていたので、律儀に濡れた手を拭き、両手から水滴が消えているのを確かめた。


 洗面所から出ると、廊下からリビングにやってきたが、誰もいない。入口から右側に、キッチンやダイニングが広がっており、正面はリビングとして、窓に対して縦になる形でソファーと低いテーブル、テレビが揃えられていた。

「こっちでーす」

 恵里菜の声は、テレビから手前に続く壁際にあるドアの奥から聞こえた。僕は導かれるように、ドアノブを下げて開いた。


 部屋には恵里菜だけでなく、見覚えのある4人がいた。その誰もが、恨んでいるような目で僕を見ていた。恵里菜が真顔で僕の横に立っている。

「ねえ、この女子たち知ってる?」

 恵里菜は先ほどまでの朗らかな様子が嘘であるように、裁判官のようなシリアスな表情で僕に問いかけた。


 あらためて4人組に目を向けると、彼女たちは今まで僕にとって「見た目がタイプではない」という理由でフッた人たちだった。そのうちの一人は、額のニキビを切った前髪で覆い隠した有紗だ。


「女の子は見た目がタイプじゃないって言われるのがどれだけの辱めなのか分かってるの」

「顔がキレイじゃなきゃ生きちゃダメなんですか」

「アンタみたいな人が整形に溺れる女子たちを増やしちゃうのよ」

 女子たちが次々と僕を問い詰める。最後に有紗が立ち上がり、僕をにらみながら言った。


「弘樹、今から天罰を下すから」

 有紗はいきなり懐からバリカンを取り出した。僕がハッとすると、恵里菜が部屋の扉を閉め、僕が出られないように出口に立ちはだかった。

「やっちゃって」


「この野郎!」

 僕は4人から一斉につかみかかられ、床にねじ伏せられた。




 お仕置きが終わり、僕は恵里菜の部屋を後にした。なぜか前髪から頭のてっぺんだけをトラ刈りにされ、おでこにはマジックで「肉」の文字、口元もマジックで牙のような形を塗りたくられ、まるで口裂け男みたいに仕立てられた。何よりも制服の乱れが激しい。ブレザーからシャツ、ズボンまでズタボロに引き裂かれ、左の太ももからトランクスがチラチラしていた。


 見た目に固執しすぎたら、自分が見た目を損なう形で外を歩くハメになる。そんな現実に、僕は打ちひしがれていた。

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