どくりんご

「ねえ、どくりんご食べない?」

 現実とは思えない妹の言葉に、ダイニングテーブルで僕のスマホを打つ手が止まった。

「流奈ちゃん、今、何て言ったの?」

 ダイニングからキッチンにいる妹へ振り向き、僕は問いかけた。


「どくりんご」

「だからそれって何?」

 僕はおそるおそる意味を問うた

「どくりんごといったらどくりんごよ」


 流奈は当たり前のように冷蔵庫の扉を開いた。

「あ~っ、毒だったら触っちゃダメ!」

 僕はとっさに流奈が禁断の果実に触れるのを阻止した。いたいけな妹がある日突然、毒のあるものを僕に食べさせようなんて、どういう風の吹き回しだ。というか彼女の脳自体が、すでに何らかの毒に犯されてしまったのか。


「ちょっとお兄ちゃん、急にどうしたの?」

「どうもこうも、毒りんごって、あれでしょ?」

 僕は生きた心地がしない状態にいて、震える指で冷蔵庫を差した。

「ほら、魔女が白雪姫に食べさせるアレだろ?ていうか、毒りんごって現実に出てくるんだ。そして寄りに寄って君の手に入っちゃうんだ。どこから毒りんごを仕入れてきたのかな?」


「スーパーマーケット」

 僕はさらに耳を疑った。家の近くのスーパーマーケットは、国内で30店舗ぐらいあるチェーン店じゃなかったのか。その大手企業が、堂々と毒物を売り飛ばしている!?

 マズい。こうしている間にもウチの町内から、次々とりんごを食べて苦しむ人がいるに違いない。

「とりあえず流奈ちゃん、いったん落ち着こうか」


 僕は血の気が引くのを感じつつダイニングから立ち上がると、キッチンの棚に入っていた箱から、小さなビニール袋を取り出し、右手にはめ込んだ。

「何してるの?」

「何でもいいから」

 僕は意を決して冷蔵庫の中に目を向けた。


 そのりんごには、大きめのシールが貼りついており、こう書かれていた。




「独りんご」




「ドイツ産のりんご、だから独りんご。4日前に新発売したばかりだけど、友達が結構美味しいって言ってた」

 流奈はごくごく普通のトーンで「どくりんご」の意味を明かした。こんなことで焦った北が情けなくて、顔が赤くなった。

「じゃあ、独りんご、一緒に食べる?」


「うん、食べよう」

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