第5話 帰省

 あらかじめ両親には「土曜の夕方に一度帰省する」というメールを送っておいた。その日のうちに「泊まっていくんでしょ。みはるちゃんも一緒よね?道中気をつけて」という返事が母親から届いていた。こちらからは「日曜まで居るよ。みはるは僕より先に帰るんだって」と返事をしておいた。


 土曜の午後にマンションを出て、電車を何本か乗り換えて地元駅に着いた。ちょっと離れていただけなのに地元ののどかな風景が懐かしく感じる。駅から少し歩くとこの町の中心を流れる川に沿った桜並木に着く。ここからのんびりと自宅までの道を歩く。


 四月も十日を過ぎて、そろそろ桜の見頃も終わりになる。


 去年も、一昨年も、この季節に二人で歩いたんだったな…と思い出したら胸の奥がじくりと痛む。でも今はそれには向き合わないでおく。


 三十分程歩いて自宅の前までたどり着く。さて…とひとつ深呼吸をして、ドアを開ける。


「ただいま」

「…おかえり…」

「おかえり、颯太」


 なんとも言えない顔で両親は僕を迎えた。ああ、もう聞いたんだろうな。


 洗面所で手や顔を洗って一呼吸ついてから両親の待つリビングに向かう。二人ともソファに座って僕を待っていた。


「そうちゃん、大丈夫?」


 僕が座るのも待たずに母が尋ねた。心配だったんだろうな。申し訳ない。


「うんまあ、一応気持ちの整理はもうついてるから。うん、ごめんね心配かけてさ」

「いいのよ、そんなこと。それに、顔色も別に悪くはないしね…体は大丈夫そうね」

「とりあえず大丈夫だよ。ありがとう、二人とも」


 父は何も言わないけど、僕の様子をみてちょっと安心したようだ。


「ええと、まあ話は聞いたってことだよね」

「とりあえずはね…そうちゃん、あなたはこれで良いの?」

「良いも悪いも…」

「まあ、みはるちゃんの気持ちが変わってしまってもう戻らないというんなら、颯太が別れるのを拒んでも仕方が無いことだからね」

「うん…まあ、そういうことだと思う」


 うちの両親も自分に似て(というか勿論自分が両親に似たんだろうが)、どちらかというと淡々としている方だ。こういう場合に変に感情的にならないのはこちらとしても助かる。たぶんあちらから話を聞いた際にも怒ったりということはなかったんだろう。どちらかというと無表情なのがかえって怖い、という感じだったのが想像できた。


 とはいえ、自分の子供同然に思って来たしいずれは自分の義理の娘になると疑ってもいなかった彼女の変心について、未だに整理がついていないのだろう。どちらかというとまだ困惑しているようだ。


「まあ説明は向こうにまかせたけど、僕に聞きたいことがあれば説明はするよ」

「じゃあ、僕たちが聞いたことを話すから、足りないところや違うことがあれば颯太からも言ってくれないか」

「うん、わかった」


 みはるは昼すぎに自宅について、そこでうちの両親も呼んで事の次第を話したそうだ。あくまで心変わりをしたのは自分の側で、僕に悪いところや落ち度があったわけではない、と彼女は話したそうだ。


 僕が初めて知ることもあった。既に相手から告白されたけれど、少し待ってもらっているんだそうだ。諸々のことをこの週末に決着をつけてから返事をするのだとか。まあこちらもそうしてもらいたかったのでそれはよかった。すでにあちらがカップル成立してる状態でこちらの後片付けとか、あまり良い気分はしないし。


 ああ、相手の男もあの時にみはるに一目惚れしてたんだな。まあそんな感じだった。


「それすらもう共有していないんだね」

「もう話もしていないから…」


 それと、彼女としては、僕とは幼馴染みとして友人関係に戻れたら戻りたいと話したそうだ。そして「そうちゃんはそうは思ってはくれないみたいだと思う」とも。


「あたりまでしょ?って口まで出かかったわ…」


 さっきまでは淡々としていた母が少し怒りの口調になってきていた。


「隣で見ててちょっとヒヤヒヤしたね。で、颯太。そこのところはどうなんだい?」

「そこは…なんとも言えない。というかそこはとりあえず後回しかな」

「どういうこと?」


 母が首をかしげる。


「僕が今日来たのは、これからのことをどうしようかっていう話をしに来たんだ。ある程度はみはるには伝えてはいるけど、僕たち二人で決められるものじゃないから」

「ああ…まあそうだね」

「うん、そうね…」

「山瀬のとこと一緒に話をする前に、颯太、きみがどうしたいかってのを聞いておきたいよ」

「そうね、私たちとしてはそうちゃんの良いようにしてあげたいんだから」

「ありがとう…本当に」


 ソファから立ち上がった父が僕の後ろに回って、ぽんと僕の肩に手を置く。


「きみは年の割に僕たちに似て落ち着いて見えるけど、僕たちにとっては子供なんだから、頼ってくれていいんだよ」

「うん…」


 そして、僕の希望を二人に伝えた。


「そうだね、別にごねていると思うようなところはないと思うよ。真っ当な要求だと思う」

「そうね。これで文句を言われるようなら、お隣との関係は考え直さなくちゃって思うもの」

「そっか。変な事言ってるんじゃないかって心配だったけど」

「もうちょっとわがまま言ってもいいかと思うくらいよ」

「じゃあ、山瀬たちにも来てもらおうかな」


 父がスマホでお隣に電話をかける。


「高野だよ。うん、こちらでも話をした。…そうか、じゃあこちらに来てもらってもいいかい?できればみはるちゃんも。…うん、じゃあ待ってる」


 5分ほどして、玄関のチャイムが鳴った。

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運命の相手ではなかった者同士の恋 こんぺいとう @mugibatake

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