運命の相手ではなかった者同士の恋
こんぺいとう
第1話 運命の入学式
高校の入学式の日、僕は人が恋に落ちる瞬間を目の当たりにした。
そしてその場は、二人が運命の相手とようやくめぐり逢えた事を世界が祝福しているような空気に満たされた。
そこに居合わせた人々は、きっと皆二人の将来を思い、心のなかで祝福をしただろう。僕もそうしたかった。
二人のうちの片方が、僕の恋人でなかったならば。
***
「そうちゃん、学校に行く準備できた?」
「こっちはとっくにできてたよ。お前を待ってたんだからな、みはる」
肩までかるくウェーブがかった柔らかい髪のサイドをふわっと撫でるとくすぐったそうに「やめて〜」と笑う幼馴染み兼恋人の山瀬みはる。僕達は今日から高校に入学する。
「部屋の鍵は閉めたか?」
「うん、大丈夫」
「慣れないうちはちゃんと毎回確認するんだぞ」
「そうちゃんは私の親?」
「恋人だろ?」
「ふふっそうでした」
僕、高野颯太と山瀬みはるは、実家が隣同士で物心ついたころにはいつも一緒にいた幼馴染みだ。山間の田舎町は子供の数が多くなく、クラス数も少ないために僕たちは中学までずっと同じクラスで一緒に過ごしてきた。
彼女は田舎町で評判の美少女だが、こうして市街地に越してきて数日過ごしてもやはりみはるほど可愛い女性はなかなか目にしない。
僕はというとどちらかというと地味で、眼鏡をクイっと上げるのが似合う委員長タイプだと思っている。顔の作りは悪くないと思ってはいるんだけど。まあ表情が固いのが良くないのかもな。
「朝はどうする?毎朝僕の部屋で食べていくか?」
「うーん、どうしようかな。朝食くらいはまず作れるようになりたいんだけど」
二人ともそれなりに学業は優秀だったため、この春二人は自宅から五十キロ離れた市の中央部にある進学校に入学した。
自宅から通学するのはなかなか難しく、僕たちは高校に近いマンションで一人暮らしをすることになる。山瀬家は経済的にゆとりがあるのと娘の身の安全を考えて、セキュリティの万全なワンルームマンションを借りることにした。僕はというとそこまで気にしていなかったので、適当なアパートに住もうと思っていたしうちの両親もそう考えていた。が、みはるの両親が僕をみはるの部屋の隣に住むことを希望して、僕とみはるは隣の部屋で生活をすることとなった。
理由としては、みはるは料理ができない…というのが大きい。僕がある程度世話をするか、もしくは在学中に僕がみはるに料理を教えて一人で作れるようになれば…ということで、ある程度の生活費の補助を山瀬家からしてもらえるようになったのだ。
そして、僕とみはるはそれぞれの親公認の恋人同士である。山瀬家は男の子供がいないので、おじさんには子供の頃から可愛がられてきた。僕の趣味もおじさんの影響を多分に受けている。みはるも僕の両親からは実の子のように(いやそれ以上に)可愛がられている。みはるが進学で実家を離れることを僕が家を離れること以上に悲しんでいたし。
「朝食は重要だからな。最初は僕の部屋で一緒に作って、それで慣れていけばいいんじゃないかな」
「そうだねー。昨晩みたいに、結局そうちゃんの部屋に泊まってっちゃうことも多いかもだし」
「…そういうことは学校では口にしないように」
「そうちゃんモテそうだから、こうやってアピールしないと女の子からアプローチされちゃうと思うよ?」
「もてないって…」
みはるこそ、可愛いんだからモテるだろ。やっぱり普段からくっついてアピールするべきか?いやしかし…
「そうちゃんシャイだからなー」
「うるさい…」
「二人きりだと甘えん坊なのにね」
「………」
眼鏡を押さえて照れるのを誤魔化す。こういうのが僕たちの日常だ。付き合い始めたのは中学の頃で、僕から告白した。僕はみはるに恋をしていたが、みはるにとっては僕は家族と同じだった。それでも告白を受け入れてくれた彼女は、次第に僕を異性として見てくれるようになった。
なお、両親からは責任が取れるようになるまでは手を出すなと言われているので、最後までは致してはいない。まあ最後までは、なだけで直前まではしているのだが…。山瀬のおばさんからはこっそりゴムを渡されたが使ってない。いつまで我慢できるかな。
「高校に近くて便利だね〜」
「良いところに住ませてもらってありがたいな」
「お父さんお母さんたち、入学式には来てくれるんだよね」
「忙しいなら別にいいのにな。まあ四人ともお前の顔を見たいんだろうな」
「えへへ…でもそうちゃんの顔も見たいんだと思うよ?」
「別にいいよ僕は…」
徒歩10分程度の通学路を二人並んで高校に登校する。僕が恥ずかしくて、手を繋いでというのはまだできなさそうだ。
校門をくぐり、クラス分けの発表の掲示を確認すると、僕とみはるは別のクラスだった。
「うう…ちょっと不安」
「まあお前は大丈夫だろ…どっちかというと僕の方がな」
「そうちゃんがいないと私、友達できるかなあ…」
「逆にお前がいないと僕はぼっちになりそうなのがな…これまではお前と一緒にいるうちに友達ができてたからなあ」
「そうだっけかなあ」
「ま、お互いなんとか友達は作ろうな」
「だねえ」
とりあえずそれぞれの教室に入って割り振られた机に荷物を置いて、体育館で行われる入学式に参加した。父兄の席で僕たちの親がビデオカメラを構えているのを見て苦笑する。レンズが向いているのはみはるの方だ。
式が終わって諸々の説明も終わり、今日はもう帰宅するだけだ。スマホに母親からメッセージが入っていた。近くのファミレスにいるから二人で来いということだ。ならばと荷物を持ってみはるの教室に移動して後ろのドアから探すと、みはるは窓際の1番前の席に座っていた。
よそのクラスは入りづらくて緊張しつつ、教室の後側から机の間を抜けて前に歩いていく。みはるの隣の席に座っているのは、背の高そうで明るく爽やかそうなイケメンだった。イケメンのくせに嫌味っぽさもなく、クラスでも人気のあるようなタイプだった。
なぜか嫌な予感がした。
そのイケメンが他の男子と話しているうちに机の上からプリントか何を落とした。みはるはそれを拾ってその男子に渡す。
二人が目を合わせた。
僕の心臓がドクンと鳴る。
「えっと、ありがと、う…」
「う、うん……」
男子はみはるにお礼を言いつつ、みはるの顔から目を離さない。みはるも拾ったプリントを渡すはずが手に持ったままそいつの顔をじっと見ている。何だこの空気。僕の心臓が激しく鼓動する。
朗らかなみはると爽やかそうなその男子は、まるで用意された一枚の絵画のように似合っていた。
すぐ横の女子生徒たちが「うわ…なにあれ、見つめあっちゃって…」「え、なに、いきなりカップル誕生?」「わあ…お似合い…」などと呟いている。そう思わせるくらいに、二人は頬を染めて見つめ合っていた。
そのみはるは、僕が今まで見たこともないような恋する少女の顔をしていた。
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