魔女からもらった地球儀

みりあむ

 山みたいに切り立った島の端。岩だらけの小さなでっぱりみたいな島に、一軒だけ家が建っていて、屋根から折れ曲がった煙突がつき出していた。


 手作りの丸い家には、円錐形の三角屋根がついている。高床式の家の中には、家主の男がベッド代わりのハンモックに座りこみ、古い地球儀をためつすがめつしていた。


「どうしたって、普通の地球儀に見えるけど」


 彼はそう言いながら細長い体を伸ばし、家の真ん中に鎮座している薪ストーブに、くわえたタバコの灰を落とした。テトラにはしょっちゅう「タバコはやめてよ」と言われてしまうが、意志の弱い彼には今さらどうしようもない。それに、いくら体に悪くたって、べつにいいやとも思っていた。


 ケルンは地球儀を床に置くと、天井からぶら下がったポットとマグカップをとって、お茶をいれることにした。


 テトラは、ケルンのいれたお茶が好きだと言う。ならばちょくちょく飲みにくれば、とつれない顔で提案するのに、テトラはふふふと笑って話をそらす。


 このあいだは、面白いお祭りのある島に行ったのよ。

 不思議な形の家が並ぶ島があってね。

 風をつかまえて、なんでも仕事をさせてしまう人たちが住んでいて――。


「ふん。魔女め」


 ケルンは面白くなかった。久しぶりにケルンの島に遊びにやってきたと思ったら、テトラはあの地球儀をケルンに渡して、さっさと次の旅へ出かけてしまった。


 いつものように、ふらっと外へ出ていったかと思ったら、そのままなんの挨拶もせずに……。


 お湯がわいた。「あち」と言いながらケルンは自家製のハーブティーを口にして振り返り、あ、とそこに立ちすくむ。


 地球儀が、ひとりで浮いてる。


 端と端でつらぬく半円の支柱から抜け出し、ケルンの頭の高さに浮かんでいるのだ。


 首をふり、ケルンは自分に言い聞かせた。


 だからいつも言ってるだろ。あいつは魔女なんだ。地球儀のひとつやふたつ、浮くさ。


 ごくりとつばをのみ、マグカップを火の気のない薪ストーブの上に置いて、ケルンは数歩、足を前に出す。地球儀が目の前に浮かび、ゆっくりと自転している。


「ええと。ここがこの島か」


 だいたい自分がいるであろう場所をみとめ、ふと、いたずらしてやりたくなった。タバコの煙を吸い込み、ふうと地球儀に吹きかける。


 とたん、窓の外が暗くなった。はっと目をあげると、それまでまったく晴れていたのに、濃霧が海に満ちている。


「……なるほど」


 ケルンはちょっとこわくなった。浮いているこの地球儀を無理やりつかんだり、はたいて落としたら……この星はどうなるだろう?


 やってやろうか。


 ケルンは手を伸ばした。


 おれのせいじゃない。おれみたいな一般人に、こんな魔力のあるシロモノを寄越して姿をくらました、テトラが悪い。なにかあっても、どうせ魔法でなんとかなるんだろ? いつも、そうだっただろう?


 手をふりあおぎ……ケルンはそこで、タバコを口にくわえて地球儀に背を向けた。


 ま、いいや。

 なんかこわいし。


 それに、なんとかならなかった場合……悪いよな、さすがに。ほかの人に。


 ケルンは体を悪くする煙を吸い込み、ふうっとはいた。これは、自分ひとりへの罰だから、いいんだ。ほかの人には、関係ない。


 だから、部屋でゆっくり浮かぶ地球儀は、ほうっておくことにした。




 * * * * * * * * * *




「あらケルン。あの地球儀、大事にとっておいてくれたのね」


 月がなんべんめかにめぐったあと、久しぶりに顔を出した魔女は、にっこり笑った。


 ケルンはタバコの煙を吐き出して「知らねえよ」とうそぶいた。


「あれ、邪魔だ。部屋をふよふよ浮いて、気づいたら場所変えてるし、危なくてしょうがない。持って帰れよな」


「ひどいわ、ケルン。あれは私の太陽の周りをめぐるのに」


「なんだそれ」


「ふふふ」


 テトラは答えないで、ケルンの周りをゆったり浮かぶ地球儀をにこにことながめた。


「大事にしてくれて、うれしいわ」


「べつに。大事にしたおぼえはない」


 でも、テトラはうれしいのだ。


 もう少し昔の彼なら……だれも信用せず、こんな岩だらけの島にたったひとりで移り住んでしまったばかりの頃の彼なら……たぶん、平気であの地球儀を、たたき壊してしまっただろうから。


「今度は、タバコもやめてくれると、うれしいんだけど」


 ケルンはふんと鼻を鳴らして、煙を吐き出した。


「やなこった」

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