Scenario.2


 †


 翌日。いつも通りに起きて、学園へと向かった。

 昨日は始業式だったが、今日から本格的に新学期の授業が始まる。

 最近、反シフ人のデモで騒がしいことが多い通学路も、流石に朝は物静かだった。学園にたどり着き、1コマ目の授業がある教室へと向かう。 

 教室に入り、空いている席を探すためにクラスを一望する。だが、そこで強烈な視線を感じた。

 その主は――オスカー・ヴェーン。

 公爵家の跡取り。既に父から男爵位を注いでいる。貴族の家族、というわけではなく、自身も爵位を持つ正真正銘の貴族だ。

 貴族の子弟も多く通うクイーンズカレッジだが、その中でも彼は目立つ存在だった。 

 金髪のさらりとした長髪。前髪の隙間から見える目つきは自信に満ちている。背丈が高く、手足も長い。顔立ちも整っていて、それでいて、顔も金も名誉もある。おおよそこの世にあるほとんど全てのものを持っているような男だ。

「ああ、誰かと思えば、キバ君じゃないか」

 彼は長いローブをたなびかせながら歩み寄ってきた。

「また楽しい一年になりそうだな。――果たして一年後も君がここにいれるかは、大いに疑問があるが」

 彼が言いたいのは、東洋系の俺はすぐに学園を追い出されるはずだ、ということだ。

 植民地の拡大、そして資本主義の拡大に伴って、本来の住人ではない、黒人、黄色人種、そしてもっとも嫌われるシフ人が連合王国にどんどん流入している。この非ネイティブ人種は、まとめてディスアーツと呼ばれている。

 俺は東洋系とシフ人のハーフなので、まさしくディスアーツの先頭にいるような存在だ。

 そして今この国では、世界的な経済の不振への反発が、ディスアーツに向かっている。

 実際、現政権である労働党が、ディスアーツの排斥を唱えて選挙で大勝し、長く与党の地位にあった王党派や保守党を政治から駆逐してみせたばかりだった。

 そんな自国民族至上主義のはびこるこの時代、ディスアーツの学生たちへの風当たりは日に日に強くなっている。学びの聖域たる学校とて例外ではない。

 とある魔法学園では、学長の方針で、ディスアーツが追い出されたという話を聞く。多くのディスアーツが通うクイーンズカレッジで、さすがに今日明日で同じような迫害が始まるとは思わないが……しかしいずれはそうなってもおかしくはない。それがこの国の現状だった。

「それはそれは、心配ありがとう」

 俺はそれだけ言って、空いていた席に座った。幸い、現代の貴族はかつてほど絶対的な存在ではない。相手が公爵だろうが、無視をしてはいけないという法律はない。

 俺はカバンから教科書を取り出し、そちらに目を落とす。

 だが、当然のようにオスカーは噛み付いてくる。

「なんだ、無視か? このオスカー・ヴェーンを無視するのか?」

 彼が放ったのは絵に描いたような小物の台詞。

 ――だが、彼は実際のところ小物でもなんでもない。

 地位も、魔法使いとしての力量も、この学校では抜きん出た存在だった。

 どれだけムカついても、彼に逆らうのは決して得策ではなかった。

「別に無視する気はない」

 俺は努めて冷静に言う。どう反応しても、彼の満足いく反応にはならない。それなら、相手にしないのが得策なのだ。

 だが、オスカーは、それで引き下がる男ではなかった。

「おいおい、ディスアーツの分際で、この学園に、我々貴族が血のにじむ努力で作り上げてきたこの学園で、学ばせてやってるんだ。どれだけありがたいことか、わかってるのか?」

「ああ、十分にわかってるさ」

 俺は適当に相槌を打ちながら、チラッと時計を見る。あと少しで教師がやってくる。そうすれば、このくだらないやりとりは強制的に終わる。

 ――だが。

「おい、アトラス、非礼がすぎるぞ」

 オスカーは、机の木版に、手のひらを打ち下ろす。教室に響いた音が、空気を一変させる。

 クラスメイトたちの視線が俺たちに集まった。

 と、そこで気がつく、

 これはまさか――“神の本”書いた「シナリオ」通りにことが進んでいるのか?

 ここから喧嘩をふっかけられるのか?

 いや、まさかな?

 俺が神の杖で描いたのは“オスカーの敗北”。それが実現するには、そもそも戦いが起きなければならない。だが、授業では、彼と俺が勝負をするようなことにはならない。となると、考えられるのは決闘を申し込まれることだが、いくら目の敵にされているとはいえ、いきなり戦いを挑んできたりするものか――

 だが、

「前からお前のことはいけすかないと思ってたんだ。白黒つけようじゃないか」

 オスカーは急にそんなことを言い出す。俺は思わず目を見開いた。

 本当に、全く脈略がない展開だった。

「決闘をしよう。講堂横の広場、昼休みに集合だ」

「……決闘?」

 思わず聞き返す。だが聞き間違いではなかったようだ。

「そうとも。魔法使い同士、雌雄を決するには決闘しかないだろう」

 にわかに教室がざわつく。クラスメイトたちにとって、単なる赤の他人の喧嘩だが、退屈な日常においてはこの上ない娯楽になりうる。

「逃げるなよ? 逃げたら“死神の星々”にでもたれ込んでやるからな」

 “死神の星々”。現政権である労働党の支配下にあるとされる秘密警察。労働党に反対する人物の度重なる死は、全て“死神の星々”のせいとされている。対立する王党派、資産家、そしてディスアーツたちにとっては、恐怖の代名詞だ。

 高位の貴族であるオスカーの父は、どちらかというと労働党と対立する立場にこそれあれ、協力する立場にはないと思われるのだが……

 彼ほどステータスが高ければともなればコネクションがないと言い切ることもできないだろう。

 オスカーは蛇のような笑みを浮かべながら自分の席へと戻っていった。

 ……めんどくさいことになったな。

 彼は身分だけでなく、魔法の能力も高い。ヴェーン一族は、元々大陸革命の時に軍人として活躍して爵位を得た一家だ。それ以来、軍人となることを是としてきたのだ。実際家系からは、近衛騎士団長や、将軍を何人も輩出している。そんなヴェーン家の長男坊が魔法に長けていないわけがない。彼の実力は授業の中でも確認済みだ。

 確かに俺は“神の本”に、“彼と勝負して、勝つ”というシナリオを書いて、それを望んだが、まさか彼と本当に戦うことになるとは。

 勝てるならいいが、多分勝てない。赤っ恥を書いてそれで終わり、そうなる可能性が高いだろう。

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