Scenario.11
「キバが仲間になってくれるなら、こんなに力強いことはない」
王女は、心底満足げな表情で頷いた。
「……恐れ入ります、殿下」
俺が頭を下げると、王女は笑いながら言う。
「言い忘れたが、むやみに畏るな。私とキバは同じ学生だし、これからは共に戦う仲間だ。友人と思って接してくれ。“エリス”と、ただそう呼べばいい」
この国に生まれた人間が、この国の王女様を名前で呼ぶなど、普通に生きていればありえないことだ。急に司教様に「十字架をを蹴ってもいいぞ」と言われたような、そんな感覚。
だが、目の前の少女はそれをさも当然のように言っている。逆に、言うとおりにしなければ、彼女と信頼関係を作ることはできないのではないか、そんな気がした。
俺は少しだけ迷って、しかしここは言葉に従うのがよいと決意する。
「じゃぁ、遠慮なく……よろしくエリス」
だか、俺が言った次の瞬間、なぜかエリスは笑いだした。
「……なんで笑うんだ?」
決して馬鹿にするような笑い方ではなく、快活な笑いだったが、しかし言うとおりにしただけなのに、なぜ笑われなければいけないのか。
「タメ語でいいぞと、そう言って、その1分後にタメ語になった男は、お前が初めてだったのでな」
なんだよ、それ。
「素直に従っただけじゃないですか、殿下(・・・・・・・・・・)」
「いやいや、お前も私も悪くない。だが、他の人間はキバのようにはそう割り切れない、と言うだけだ」
この国の王女様なのだから、当然といえば当然かもしれないが、不遜なやつだと思った。
「気を悪くするな。私は純粋にお前のことを買っているんだ」
……純粋に馬鹿にされている気がするが……まぁいいか。考えるだけ無駄そうだ。
「さて、では早速だが、本題に入ろう」
そう言って、エリスは俺たちの“任務”について切り出す。
「早速だが、急いでやらないといけないことがある」
「というと?」
「労働党の秘密警察、“死神の星々”を探し出し、倒すことだ」
彼女が口にしたのは想像していたより、遥かに大きな仕事だった。
「労働党に反対する人間を次々に殺してる奴らで、しかも警察も手を出せないでいる。放っては置けないだろう」
と、エリスの言葉に俺が反応するより前に、脇で控えていたクロエが声を上げる。
「正気ですか?」
「ああ、正気だ」
「どれだけ危険か、わかっていますか? 敵は何人も殺してる暗殺者ですよ?」
「危険は承知。だが、そもそもな、私は労働党からすれば邪魔な存在だ。黙っていても、そのうち私を殺しにくるだろう」
労働党は反王政・反貴族主義を掲げる“平民至上主義”の政党だ。彼らからすれば、次期女王なんて、邪魔者以外の何者でもない。暗殺を厭わない連中なのだから、王女だって命を狙われてもおかしくはないというわけか
。
「でもだからと言って、自分から飛び込む必要はないじゃないですか」
クロエの狼狽はものすごく理解できる。自分が守らなければならない存在が、自ら危険に飛び込もうとしているのだから当然だ。
だが、エリスはまったく意に介さず、逆にニンマリ笑ってこう言い放つ。
「待っていたら準備できないけど、自分から飛び込めば準備していけるだろう?」
なんとも説得力がある言葉に聞こえるが、しかしそれで任務の危険さが軽減されるわけではない。
「……だいたい、どうやって死神の星々を見つけるんですか。相手は“秘密”警察ですよ」
確かにそれもそうだ。だが、エリスには“あて”があるらしかった。
「冴えた方法がある」
「というと……?」
エリスは自信満々に胸を張る。
「労働党の首相室に忍び込み、情報を手に入れるんだ」
「はは、今世紀最大のユーモアですね、殿下?」
クロエの乾いた笑いが部屋に響く。だが、エリスは大真面目な表情を崩さない。
「王室の歴史に誓って、冗談などではない」
その表情を見て、クロエは一転、狼狽の表情を浮かべる。
「え!? 本気ですか!?」
「もちろんだ」
「王族が政府の盗聴をしたなんて、バレたら大変なことになりますよ⁉」
確かに、それは権力の世界とは縁遠い俺でもわかる。王権が強かった200年前ならいざ知らず、現在の王室には政治に関与することを許されていない。“君臨せずとも統治せず”が原則だ。
そんな王室の人間が、政権の情報を非合法に探っていたなどとなれば、それは大きなスキャンダルになるだろう。まして、相手は反王政を掲げる労働党だ。王室の干渉を許すはずがない。
「だが、死神の星々の正体を掴まねば話にならんだろう。多少のリスクは承知の上」
王女様といえば落ち着いていて清楚で慎ましい人間、という漠然としたイメージを勝手に抱いていたが、実際のところこの王女様は相当なおてんばらしい。
「しかし、首相室に忍び込むって簡単に言うけど、王女様ともなれば簡単なのか?」
俺が聞くと、王女は首を縦にふる。
「実は、秘密の通路がある」
「秘密の通路?」
「王室の者だけが知る学園と首相室をつなぐ地下の道だ。そこを通れば、首相室を盗聴することも容易いだろう」
「一日に今世紀最大のユーモアが二回も出てくるとは、さすが殿下です」
と、クロエが半笑いで王女を見る。だがエリスはいたって真剣に答える。
「クロエ、なぜ私が笑いを取ろうとしている前提なのだ?」
「え!? 本気ですか!?」
クロエの狼狽も、今日何度目かわからない。
「抜け道は、王族と一部の学校関係者にだけ伝わる超重要機密ですよ。それを、昨日今日知り合ったばかりの人間に教えると言うのですか?」
全くもって、クロエの言うことは正論だった。だが、エリスは全く意に介さない。
「この人を信用すると決めたんだ。それがこの戦いの前提だからな」
だが、だからこそ、エリスが俺を信じてくれていることを嬉しく感じた。だから、その期待には答えないといけない。
「で、いつ忍びこむ?」
俺が言うと、クロエが露骨に顔を歪ませたのがわかった。
王女はニンマリとして答える。
「干し草は日が出てるうちに干せってね」
それはすなわち――
「今夜実行だ」
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