Scenario.10

 †


 午後の一つめの授業は魔法工学のクラスだった。 

 正直授業に集中できそうにはないのだが、いきなりサボる訳にもいかない。

 指定された教室に入ると、昼休み直後のコマだからか、後ろの方の席はすでに埋まっていた。俺は仕方がなく前の方に座る。

 ――そのとき、にわかに教室がざわついた。

「――王女様!」

 誰かハッキリそう言った。俺はその単語に対して反射的に顔を上げる。

 そこには王女様――昨日話をしたあの王女様が、立っていた。後ろには、近衛騎士のクロエの姿もあった。流石に今日は素面(しらふ)らしい。

「こんにちは、キバ」

 王女様は俺を見つけると、そう声をかけてきて、そして横に座った。

 にわかに、教室がザワつく。

 王女だってここの学生だ。別に授業を受けてもおかしくはない。

 だが、この国で二番目に高貴な女性である王女が、対極にあるシフ人である俺の横に座ったとなれば、話は別だ。学年も、身分も、人種も違う二人が一体なぜ知り合いなのだと、皆が思っただろう。

「こんにちは……」

 最初うまく言葉を出せなかったが、そのままではまずいと思って、なんとか言葉をひねり出した。

「なぜここに?」

「キバがこの授業を取ると聞いたから、私もこの授業を選択することにした」

 そう言って、彼女は微笑みかけてきた。

 ――なんだ、こんなことは杖には書いてないぞ。 

 教室にいた学生たちは、俺たちの会話に聞き耳を立てていたのだろう。王女の言葉を聞いて、教室がさらにざわついた。

 彼女の台詞は、俺と一緒になるのが目的でこの授業を取ったような意味にとれる……というかそうもしかとれない。

 俺は、なんと返答していいのかわからず、口ごもる。

 ――と、そこで幸運なことに、チャイムが鳴り響いた。これで強制的に会話が中断される。そう思って教室の前の方を見る。だが、そこには教師の姿が見えなかった。

 おかしいなと思っていると、代わりに事務職員の女性が教室に入ってきた。

「すみません、急ですが先生の都合が悪くなり、今日は休講です。授業は来週からになります」

 生徒たちは突然のプレゼントに歓喜の声をあげた。

「あら、残念」

 と王女はそうつぶやいてから、俺の方を向いた。

「じゃぁ、この後お茶しないか?」

「お茶……ですか?」

「せっかく時間ができたしな」

 当然、王女様相手に断る選択肢などない。

「ええ、喜んで……」

 俺がそう言うと、王女は立ち上がった。俺も慌ててそれに続く。王女は教室の外で待っていたクロエに「来客棟へ行きます」と告げた。俺は二人に続いて歩いていく。

 教室棟から少し歩いて来客棟に着く。王女が受付に「部屋をお願いします。お茶も3つ」と言うと、すぐに鍵が出てきた。俺は王女に促されて、王女の対面に座った。それからすぐにお茶が運ばれてくる。給仕係が退出すると、王女は一口お茶に口をつけてから、俺に言う。

「さて、昨日の件考えてもらえたか?」

 当然話題はそれになる。

 ――昨日から考えていたが、昼休みに結論を出していた。

 俺は、王女の目をまっすぐ見て答える。

「ぜひ、お力になりたいです」


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