Scenario.9
それから、授業には一切身が入らなかった。昼休みになっても、高揚感からか、全く食欲が湧かなかった。
食堂に行く代わりに、講堂の裏にある階段に腰掛けて思案にふけった。
さぁ、これからこの杖をどんなことに使おうか――
色々の考えが頭を巡った。きっとこの杖は自分の私利私欲を満たすためにも、世界を救うためにも、色々なことに使える。
――もしかしたら、世界を制服することだってできるかもしれない。
とにかく、無限の可能性があった。
――もちろんやることは決まっている。
俺がこのクイーンズカレッジに入ったのは、騎士になるためだ。
騎士は、ただの軍人と違い、王室と密接に結びつき、国家のために奉仕する存在だ。一人一人が精鋭集団であり、政治的な発言力も大きい。
その大きなで、国を守る――それが騎士の本来の役目だ。
だが、現実は違う。騎士は結局権力者のいいなりで、強きのために動いている。時には――弱きを殺すことだってある。
俺の父親がそうだった。俺の父親は、先の戦争でシフ人だと言うただそれだけの理由で騎士に殺された。
だからこそ、俺は――弱いものを守るための騎士になろうと誓ったのだ。
だが、騎士になるのは容易ではない。クイーンズカレッジをトップの成績で卒業して、ようやくなれるかどうかと言う狭き門だ。
これまで血の滲む努力は重ねてきたが、だが、オスカーをはじめライバルはあまりに多い。
しかも、歴代のシフ人の中で、騎士になれたものは一人もいない。騎士になれるのは大抵が貴族の子弟だ。
オスカーが言うように、シフ人で騎士になるなど、普通に考えればありえないことなのだ。
――でも、この杖があればどうだ。
現実に、杖の力で王女に認められて、結果として本物の近衛騎士であるクロエと一緒に戦おうという誘いを受けている。
昨日は頭が混乱していたが、この杖を使えば、騎士になる夢に大きく前進できるはずだ。
これを有効活用しない手はない。
「キバ君、こんなところでどうしたの?」
と、俺は背後から人が近づいてくることに全く気がつかず、突然声をかけられて反射的に飛び上がった。
振り返ると、そこには、昨年ホームルームが同じだったマリアの姿があった。
――そうだ、彼女に告白をされるというシナリオを書いていたんだった。時間の指定をしなかったので、不意にその時が来てしまった。
「いや、ちょっとね、考え事してて」
俺は平静を装うと努める。
「そう」
マリアは少し不思議そうな顔をしていたが、すぐに気を取り直したようだ。
「そういえば、今年はホームルーム、変わっちゃったね」
「ああ、そうだな」
俺は適当に相槌を打つ。
すると――マリアは、唐突に――待ち望んでい台詞を口にした。
「実は、結構あなたのこと好きだったんだけどな」
――杖で書いた通りのセリフ。俺が書いたのは「あなたのこと好きだった」だけだった。そこに、「結構」とか「だけどな」という、思っていたのと違う言葉がくっつきはしたが、しかしシナリオに書いた通りになったのは間違いない。
「ほら剣術の授業で、キバ君、強かったから。密かにライバルと思ってたんだけど」
なるほど、そう言う文脈で言っているのか。俺がシナリオを書いた時に想定したのは、当然「男女の仲」という意味での「好き」だったが、流石にそれは「実現が不可能」なことだったらしい。なるほど、シナリオ通りでも、想像と違うシチュエーションにはなり得るらしい。これは、杖の使い方には注意が必要かもしれない。
「俺も残念だよ。もっと仲良くなりたいと思ってたんだけど」
そんなことを言うが、もちろん心はここにあらずだった。俺の頭にあったのは、杖のことだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます