Scenario.14


 首相官邸に忍び込みノーリッシュと対決するという極めて刺激的な出来事から一夜明け、俺は学校の教室で、机に肘をつき退屈な授業を受けていた。

 まるで緊張状態感がないが、一日のはじめはそうではなかった。

 なにせ昨日戦ったメイソン・ノーリッシュはこの学園の副校長。当然、今日もこの学園にいるのだ。だから俺は内心ビクビクしながら登校した。覆面をしていたので、正体はバレていない……と思うが、しかし万が一ということがある。

 だが、こうして退屈な授業を受けていると、だんだんその緊張も薄れてきた。

「はい、じぁこれで今日の授業はおしまい……」

 教師が長い授業の終わりを告げる。

 昼休み。さあ、どうするか。

 食堂で飯を食いたいところだが、今は校内に会いたくない人間が複数いる。決闘で打ち負かしてしまったヴェーンと、昨晩戦ったノーリッシュ副校長だ。

 学園の生徒である限り、一生避けていくわけにはいかないが、しかし昨日の今日で会いたくはない。

 すると、売店でさっと済ませるか……

 と、方向性を決めたその時。

 突然、教室内が唖然とした。

「王女様!?」

 誰かが声をあげた。その言葉に思わず顔を上げると、教室の前の入り口から、エリスが堂々とした足取りで教室の中に入ってきたところだった。そのすぐ後ろにはクロエの姿もある。

 ――授業は終わったのだから、その空き教室に生徒が入ってくることは悪いことではないが、しかしそれが一国の王女様ともなれば話は別だ。

 そして、彼女の目的は当然――俺だ。

「キバ、今から時間をくれ」

 それでクラスメイトたちはまた驚く。

 なにせさっきまで一緒に授業を受けてきた平民の学生が、いきなり王女に話しかけられているのだから。

「……エリ……殿下」

 俺は下の名前で呼びかけて、皆の前であることを思い出して、敬称した。

 しかし、それを聞いてエリスは口をすぼめる。

「おいおい、“殿下”はやめろと言っただろう」

 その言葉に、周りはさらにざわつく。

 だがエリスはまったく気にしている様子はなかった。

「午後も授業があるのか?」

 エリスは当たり前のことを聞いてくる。

「2年生は大抵そうだよ」

「じゃぁ、昼ごはんを食べながら話そうじゃないか」

 有無をいわさない、とばかりに、踵を返す王女。

 俺は教室の生徒たちの視線を一身に集めながら、教室をあとにした。

「殿下、少しは空気を読んで下さい。いきなり王女様が話しかけたりしたら、普通の学生は困ってしまいます」

 クロエがそう言ってエリスを諌めるが、エリスはサラリと言い返す。

「空気なんて読んでいたら、王宮では生きていけないさ」

 それから、王女に従って歩いていくと、例の応接室までたどり着いた。ここなら、話を盗み聞きされることもない、というわけだ。

「さぁ、今日は作戦を伝えにきた」

「作戦……というと?」

「死神の星々の正体と、そして次に狙う人間がわかった。これで次の行動は決まったも同然だろ?」

 エリスはニヤリとして続ける。

「ノーリッシュがハミルトン侯爵を襲うところで待ち伏せて、現行犯逮捕だ」

 エリスの言葉に、クロエはやれやれと首をふる。

「今世紀最大のユーモアですね、王女さま?」

 出会って僅かな3日だか、このあと王女がなんと言うかは予想できた。

「冗談なわけがないだろ?」

 エリスの言葉に、クロエは小さな悲鳴をあげる。

「え!? 本気ですか!?」

 一体二人はやり取りを何度繰り広げているのだろう。

「昨日調べたが、ハミルトン侯爵がイングランドにやってくるのは一週間後だ。ハミルトン侯爵は、王都に来る時は、必ず仲がいいスタンリー男爵の城に滞在するらしい。スタンリー男爵はワインの収集家でな。それ目当てなのだそうだ」

 エリスには、独自の情報網があるのだろう。さすがは王室の人間、といったところか。

「私がちょっと調べたくらいでわかることだ。おそらくノーリッシュもそれはわかっている。だから、奴はスタンリー男爵の城に現れるだろう。

「しかし、私たちに作戦を盗み聞きされていることはノーリッシュも知っています。それなのに、ノコノコと現れるはずがありません」

 クロエはなんとかエリスを止めようと、もっともらしい言葉で抵抗する。だが、エリスは毅然と言い放つ。

「そうもいかないさ」

「……といいますと?」

「ハミルトン侯爵がイングランドに来るのは、スコットランドとイングランドの王党派同士の会議のためだ。どうやら、連合を組もうということらしい」

「連立して、与党の座を奪還しようと」

「そういうことだ。今回、保守党は選挙に敗れたが、それでも議席の4割を確保している。ここにスコットランドの派閥が加われば、5割に近づく。他にも小規模政党を巻き込めば、与党奪還は十二分に可能だろう」

「つまり、ノーリッシュ、いや労働党としては、何としても王党派の連合を食い止めたいから、ハミルトンを必ず殺しに来ると」

「その通りだ」

 しかし、クロエはまだ抵抗を試みる。

「副校長は強力な魔法使いです。単純な魔力なら、あのヴェーン公爵をも上回ります。悔しいですがこの間の戦いでも、私たちの力を圧倒していました」

 ヴェーン公爵は、近衛騎士の団長で、この国で最強の男と言われている。その実力は、部下のクロエのよく知るところだろう。

 そのクロエが、ノーリッシュは魔力だけで見れば、この国で一番強い男よりも強い、というのだ。相手の強大さがよくわかる。

 だが、エリスも無策という訳ではないようだ。

「反魔法の術式で迎え撃た。接近戦の戦いになれば、剣士二人を擁するこちらが有利だ」

 つまり、待ち伏せの利を生かそうということか。

 反魔法と言っても、全ての魔法を封じ込められる訳ではない。だが、自分の手がとどく範囲を超えて魔法を成立させられなくなり、接近戦勝負ということになる。それなら、相手がノーリッシュでも勝機は十分にあると。

「すぐに侯爵たちにアポイントをとるぞ」

 エリスはクロエの心配をよそに、そう宣言した。

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