Scenario.13


 官邸へと続く道を三人で進んでいく。

「ところで、あのスイッチは何ですか」

 俺は廊下の壁に見つけたそれを指さして尋ねた。最初にこの道を進んだときに見つけていたが、もちろん不用意に触ったりはしなかった。隠されていないのだから、罠ではないとは思うのだが。

 “庭の主”であるエリスが、疑問に答えてくれる。

「ガーディアンを起動させるものだろう。追っ手と戦わせるためにな」

「あれを殿下が起動させたらどうなりますか?」

 クロエが聞くと、

「当然守ってくれる……と思っていたが、襲われる可能性もあるな」

 エリスはひょうひょうと答える。エリスの楽天さにもそろそろ慣れてきた。

 スイッチを素通りして道を進んでいくと、すぐに例の鉄の扉にたどり着く。

「私の出番だな」

 エリスが再びエンブレムを取り出して、扉の横にかざすと、扉はひとりでに開いた。そして一瞬遅れて、廊下の脇に魔法の光が灯る。

「さあ、ここから官邸は近いぞ」

 エリスは意気揚々と歩いていく。見知らぬ場所を歩いているとは思えない堂々たる姿に、俺とクロエは苦笑した。

 それからしばらく同じ景色が続いたが、10分ほどして変化が現れる。

 廊下の左右に灯っている明かりとは別に、天井から地面に向かって丸く光が降りていた。

「ここだ」

 光の下にいくと、エリスは天井の光源を指出す。見ると、サッカーボールほどの大きさのガラス小窓があった。天井はあまり高くないので、手を伸ばせば触れることができる。

「下からは窓に見えるが、上からは地面にしか見えない仕組みになってる、はずだ」

 俺たちも遅れて中を覗き込む。

 ――そこには、新聞で何度も見た顔があった。

 労働党の党首にして、現首相のジャニス・ジョンソンだ。写真ではよく見るが、実際に目にするのはもちろん初めてだった。

 新聞で見るより、太っているように見える。いかにも平民の中年といった容貌だ。知らなければこの国の首相とは思うまい。

 窓からは中の音――話し声も聞こえてくる。

 一国の党首だ、夜まで誰かと打ち合わせをしていても違和感はない。だが、その話し相手は少々違和感のある人物だった。

「……あれは、メイソン・ノーリッシュですね」

 俺でも知っているその人物は、クイーンズカレッジの副校長だった。

 オールバックの金髪ブロンドの紳士。高級貴族らしく、品のいい衣装に身を包んでいる。

 正統派の貴族と、平民を代表する男とが対面する光景は、少しアンバランスにも見えた。

「学園のお偉いさんが、どうして首相と会っているんだ」

 俺が疑問を口にすると、まるでそれに呼応したかのように首相が言葉を発した。

「今回もよくやってくれた。さすがの腕前だな」

「恐縮です、閣下」

「あのターナー卿すら倒してしまうとは」

 ――その少しのやりとりで、俺たちは理解した。

「これはタイムリーすぎるぞ」

 エリスと顔を見合わせる。

 ターナー卿は先日暗殺された、保守系の魔法使いだ。おそらく死神の星々のせいだと言われていたが、それを倒したということは……

 まだ会話の全貌は明らかになっていないが、俺たちがここにきた目的――まさに今その話が行われているようだ。

「ターナー卿は敵ながら相当な魔法使いと聞いていたが、それを倒してしまうとは、恐れ入る。まさに“死神の星々”にふさわしい働きぶりだな」

 労働党の政敵を次々に暗殺している男の正体、それはクイーンズカレッジの副校長だったのだ。

「暗殺された人々には実力者も多かったからな。彼らを倒すとは、どれほどのツワモノかと思ったが、なるほど、ノーリッシュ副校長なら納得だ」

 王女は頷きながらそう言った。若くして、世界最高峰の魔法学園であるクイーンズカレッジの副校長になったノーリッシュの腕前はよく知られている。

「殿下、今まさに“死神の星々”が目の前にいるわけですが、まさかここで戦いはしませんよね?」

 クロエが心配そうに尋ねる。

「もちろん。現行犯逮捕でないと意味がない。今は情報収集するだけだ」

 エリスは小声で答えながら、窓の中をじっと見続ける。

「して、次はどのような手を打ちましょうか?」

 ノーリッシュが首相に尋ねる。

「聞いたところによると、王党派が、スコッツと組もうとしているようだ。我々の脅威となろう」

「その動きは必然ですが、しかしスコッツは有象無象です。分離主義者もいれば、王党派もいる。エディンバラの資本家もいれば、根っこからの共産主義者もいる。長年一つにまとまることができなかったのです」

「だが、ハミルトン侯爵の元で、一つになる可能性はある」

「ハミルトン侯爵ですか……彼が動き出すと? そうなれば……なるほど。その可能性はありますな」

 どうやら、彼らは次の“暗殺の対象”について話をしているようだ。

「ハミルトン侯爵って、偉いのか?」

 俺は貴族社会にそれほど詳しいわけではないので、素直に疑問を投げかける。

「スコットランドの重鎮です。スコットランドでは国王の次に権力を持つ男と言われています。かつては貴族院議員でしたが、少し前に議席を譲って、隠居中だと聞いていましたが」

 クロエが答えてくれる。

「ハミルトン侯爵のカリスマ性があれば、スコットランドの反労働党勢力が一つになることも十分にありえる。先の大戦のときがそうだった。もし、それがイングランドの王党派と組めば、無視はできまい」

 首相の言葉にノーリッシュが答える。

「それでは……奴を始末します」

 ノーリッシュの言葉を聞いて、俺たち三人は顔を見合わせた。

「来週、奴は王都にやってくる。奴が王都に来るときは、スタンリー男爵の邸宅に泊まるのが恒例だ」

「スタンリー男爵の邸宅は、確か、街のはずれにありますな」

「その通り。魔法をぶっ放すには、絶好だろう?」

「間違いない」

「頼むぞ――“死神の星々”の力に、全てがかかっているからな」

 ――どうやら、俺たちの次の行動は決まったらしい。

「死神の星々の動向を知るために盗聴器を仕掛けようと思っていましたが、その前にわかってしまいましたね。もちろん一応仕掛けますが」

 王女はローブのポケットから、黒色に輝く石を取り出す。遠くにいてもその場の音声を聞くことができるというやつだ。

「これ以上の長いは無用。撤収しよう」

 エリスはそう言って、踵を返そうとした。

 だが、そのとき。

「ところで、閣下。この部屋は、代々貴族の根城でした。それゆえ、閣下が知らぬことも多い」

 ノーリッシュが口を開き、それを聞いてエリスの足が止まった。

「というと?」

 首相が聞き返す。

「実は、この部屋の床には、秘密の通路があるのです」

 その言葉を聞いた瞬間、心臓が高鳴った。

 俺たちは再び顔を見合わせる。

「なに?」

 首相が怪訝を表明する。

「我々の会話を盗み聞きをしようと企む輩がいるのです……」

 ノーリッシュの言葉で俺たちは完全に思考が停止した。

 まさか……バレている……?

 そう思った次の瞬間――――小窓の横の天井が、唐突に開いた。

「この通りです、閣下」

 ノーリッシュが、俺たちを見下ろす。

「一国の首相の会談を盗み聞きとは」

 次の瞬間、俺たちは一瞬顔を見合わせてから――一目散に走り出した。

 ――後ろで何かが地面に降り立つ音がした。確かめるまでもなくノーリッシュだ。

 見逃してくれるはずもない。やはり敵に後ろ姿を見せるのはまずいと判断した俺とクロエは同時に振り返る。

「お三方。さて、どちら様かな?」

 ノーリッシュが尋ねてくる。当然の返事するわけがない。

 代わりに俺たちは剣を抜き去った。

 ノーリッシュも杖を抜く。

 先攻したのは、ノーリッシュだった。

「青い稲妻(Fulmen)!」

 言った瞬間、杖の先から雷が放たれる。

 俺は少し腰を落として迎撃体制をとっていたが、俺が動く前にクロエの防衛魔法がノーリッシュの攻撃を跳ね返す。反射して壁に向かっていった稲妻がレンガを大きく削り取った。

 ノーリッシュは間髪入れず呪文を重ねた。暗がりがパッと明るくなる。1秒もしないうちに、クロエが張った魔法壁が三本の稲妻によって決壊する音。

 だが、その破れた壁の間から、今度はクロエの稲妻がノーリッシュに襲いかかる。

 流石は近衛棋士。淀みなく魔法を連打する。

 ――だが、相手はクロエよりもさらに上手だった。

 ノーリッシュが杖をさっと振ると、クロエの稲妻が、それに合わせて脇にそれていった。放たれた魔法を自分の魔法で防ぐのではなく、放たれた魔法それ自体を直接操って攻撃を反らす。何気なくやっているがとんでもなく繊細な制御力が要求される離れ業だった。

 この少しの“やりとり”で、俺たちとノーリッシュとの力の差が歴然であることがわかる。

 やほり死神の星々の力は伊達ではない。

 背を向けて全速力で逃げることも考えたが、踵を返した瞬間やられる。そう確信した。

「今のはほんの小手調べ」

 再度、杖の切っ先から、鋭く、そして圧倒的な密度を持った雷撃が飛ぶ。

 クロエはとっさに防御壁を張る。だが、今度は防ぎきれない。

 防壁は破られ、クロエの身体まで稲妻が直撃する。

 身体の代わりに、加護の結界が弾け飛ぶ。これでもう後がない。

「……ちょっとまずいですね」

 クロエが呟く。

 俺も戦いに加わりたいところだか、遠距離魔法は苦手だ。二人の戦闘はレベルが高すぎて、さっぱりついていけない。

「それに、あんまりグズグズしてると、官邸からも応援が来るぞ」

 エリスが偉そうに言った。

「わかってますよ」

 官邸には護衛の魔法使いがいる。ノーリッシュ一人でも押されているのに、彼らが駆けつけたら、もはや勝ち目はない。監獄にまっしぐら――あるいはその場で殺されるか、どちらかだ。

「二人とも、もう少し踏ん張ってて!」

 と、エリスは何かを思いついたらしい。突然踵を返して走り出した。

 何をするつもりかわからないが、確認する暇はなかった。

「さあ、君はどうかな」

 ノーリッシュの視線が俺に向けられる。今は目の前の敵に集中しなければ。

 ノーリッシュの雷が、今度はこちらにめがけて飛んでくる。

 意識を集中させて――

 切り裂く!

 魔力を込めた一閃が、雷を切り裂く。ピッタリ、完全に息が合った。

「なるほど、それなりの実力者のようだ」

 ノーリッシュは俺の力をそう評価した。だが、それは喜ぶべきことでも何でもなく――見切られたようだ。

「こんなところですか」

 ノーリッシュが杖をふる。今までと同じ雷――だが、今度は威力が桁違い。しかも、3本同時。

 僅かな時間差があったのは体感でわかった。ほぼ無意識に、それを感知して、三度の斬撃で切り落とそうとする。

 だが、2本を切り飛ばしたところで、3本目が俺を直撃した。加護の結界もろとも、俺は後方に吹き飛ばされた。

 完全に見切られた。俺の器を、あいつはこの短い時間で、完璧に測って見せたのだ。

 ノーリッシュはただの学者ではない。真の殺し屋だ。

 さあ、俺にもクロエにも身を守ってくれる加護はない。次に攻撃を受けたらおしまいだ。

 立ち上がり、全神経を集中させる。

 久しぶりの感覚。

 圧倒的な力を前にした、死への恐怖感に飲まれそうになる。

「さぁ、お遊びはここまで」

 ノーリッシュが杖を、弓を引き絞るように構える。

 稲妻が杖の先に、流れ出し小さな球体となって凝縮されていく。

 今までとは比べ物にならない魔力。

 これは――絶対に防げない。

 一点突破? いや、無理だ。跡形もなく消し飛ばされる。消し炭になるだけだ。

 クロエが対抗の魔力を練り上げるが、力の差は一目瞭然だった。魔力の量も、練り上げるスピードも差がありすぎる。

 ここまでか――

 死を覚悟した次の瞬間。

 ノーリッシュの眉間が動いた。

 遅れて俺たちもそれに気がつく。

 地面が揺れる。背後で、何か重たいものが動いて、地面を揺らしている。

 何かがザラザラとしたものが擦れる音。

 次の瞬間――廊下の向こうから、エリスが現れた。その後ろには――灰色の石像。

 俺と同じくらいの身長の石像は、チェスのルークの駒の形をしている

 それが何十匹も!

「――ガーディアン!」

 王女がガーディアンを引き連れて(・・・・・)きたのだ。

 いや、もちろん彼女にガーディアンを操る権利はない。自分でガーディアンを起動させ、追いかけさせてここまで連れてきただけだ。

「二人共、魔力を消してこっちに走って!」

 そう叫んだ瞬間、王女は立ち止まった。

 俺とクロエはわけがわからぬまま直感的にエリスに従う。

 ガーディアンの軍勢に向かって走る。

 俺たちを敵とみなしているガーディアンに向かっていくなんて、なんて無謀なんだ。

 そう思ったが、ガーディアンは俺たちの横を素通りして、廊下の反対側――ノーリッシュの方へと向かってく。

 ノーリッシュの魔法がガーディアンたちに向かってく放たれた。

「逃げるぞ!」

 エリスの言葉に、俺たちは全速力で走った。

 後ろで爆発音がした。

 だが、やつの稲妻が俺たちに襲いかかってくることはなかった。

 しばらく走って気がつく。

 そうか、ガーディアンは、魔法を今まさに使っているノーリッシュを敵とみなしたのだ。

 それに比べて、俺たちは加護の結界を失っていた。だから敵と認定されなかったのだ。

 それから俺たちは全速力で走った。

 今までの人生で一番というくらい、力を振り絞って走り続けた。

 幸い、道は複雑じゃない。

 息も切れ切れになりながら、俺たちはなんとか、通路を抜けて、校舎へと戻ってきた。

 階段を駆け上がり、倉庫を出て、校舎の廊下を抜ける。

 やがて、普段行き来している校舎の間も抜けて、門のところまできた。

 息も絶え絶えになり、エリスが立ち止まったのに合わせて、俺とクロエも立ち止まる。

 振り返ると、後ろから敵が追ってくる気配はなかった。

「まいたか……?」

「わかりません。でも、ここまでくれば……街中ではさすがに襲ってきません」

「ああ」

 死の恐怖からようやく開放され、今まで忘れていた疲れが一気に押し寄せた。

「……王女様、やはり死神の星々に関わるのは危険すぎます」

 息を整えながら、クロエがもっともな指摘をする。

 だが、エリスは同じく息を整えながら、しかしサラリと言う。

「危険は承知さ。だが、思いきってやることなしに何も得られない、ってね」

 さすがの俺も、“思いっきり”が良すぎると思った。

「それに得たものは大きい」

 王女は、満面の笑みを浮かべた。

「本当はしばらく盗聴を続けようと思っていたのに、今日だけで死神の星々の正体を突き止め、しかも次のターゲットまでわかったんだ」

「殿下、嫌な予感がするのですが……」

 クロエの予感は的中する。

「悪いが、ハミルトン侯爵には囮になってもらうぞ」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る