悪魔刈りの少女

Naka

あやつじリスタート

第1話 あやつじリスタートpart1

ここがどこか分からない。

私は誰なんだろう。

何も見えない暗闇の中にいる気分だ。

手を伸ばす。

かすかに見える光に向けて。

そして、私は……


私の名前は綾辻麻緒。この物語の主人公だ。

今は電車に揺られている。途中から道が荒れてるのか揺れが激しくなって心底吐きそうになっていたのだが、一度寝たら治まったみたいだった。誰もいないとはいえ、車内で嘔吐してしまう最悪の可能性は避けられたみたいで助かった。

「結構、電車に乗ってるけど後、どれくらいで着くんだろう」

多分一時間は寝ていた。そもそも今は何時だ。

車窓から見える景色は絶賛トンネルの中なので時間が分からない。

私はポケットからスマホを取り出し、時間を見ようとして、手が止まった。

なぜ今の今まで気づかなかった。私の目の前にこんなに変なのが座っていたというのに。

「……な」

「ホホッ。お目覚めですかな」

タキシードにシルクハット、手にはステッキを持っている。奇術師か怪盗のような雰囲気を感じさせる。ここまでならまだ普通だ。普通は奇術師か怪盗みたいな人が電車に乗っていないという反論は置いといて、人としてなら普通だ。そう、人としてなら。

私の前にいるそれは人ではないのだ。

鳩の頭に手は翼の形をしている。

奇術師がシルクハットから出すのは鳩だが、この鳩はシルクハットから出たばかりか、奇術師の体を乗っ取ってしまったというのか。

……何だその宇宙生物。

「鳩……?」

「ホホッ、私の名前はハンプティダンプティ。以後お見知りおきを」

ハンプティダンプティ? いや、でも……。

「それなら卵頭じゃなんですか? 何で親なんだ……」

いやそもそもハンプティダンプティは架空の存在だ。実際に私の目の前にいるのが本物のハンプティダンプティだとしても、それが卵である必要はないのであった。……多分こんな感じなんだろう。目の前の何かも。

「ていうかそんな堂々と座ってて他のお客さんに気付かれないんですか?」

「それは大丈夫です。ホホッ、何故なら今この列車に我々以外の生物は存在していませんからホホッ」

「ああ……そういえば……」

そうだ。眠る前はまだ何人かいた気がしたが、起きたら誰もいなかったのだった。

それにしたってこの鳩頭が電車に乗る前は駅とかで誰かとエンカウントしている訳で、普通に優雅に座っている彼がここに来るまでに一悶着あったのだろうというのは明確だった。

「大変なんですね……」

「ホホッ、最近は我々みたいなのは生きにくいですからな」

……何だろう。この鳩の今の言葉。我々という部分が少し気になった。私も含めているような気がしたのだ。そんな訳は無いのだけれど。

鳩は脇に置いてある鞄から水筒と、ティーカップを二つほど取り出すとそれを備え付けの小型テーブルの上に置いた。慣れた手つきで動いている羽に私は何とも言えない感想を抱いていると、いつの間にやら私の目の前には温かい紅茶が入れられていた。

「どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

紳士的なんだな、と思いつつ紅茶を一口。あまり紅茶とかには詳しく無いので、それっぽいことは言えないが、一言で言うとしたら美味かった。

「美味しい……」

「ホッホ、それはよかったです。私、紅茶には少し自信がありまして」

紅茶に自信のある鳩。いや紳士。紳士な鳩。

何だか夢みたいな状況だが、しっかりと味は感じるし、熱さもある。

これは現実ということでいいのだろうか。

「引っ越しですか?」

鳩が私に聞いてきた。私の大量の荷物を見て思ったのだろう。

「はい」

引っ越しというか、何というのだろうか。これは。まあ普通に見れば引っ越しなのだが、少し状況が異なるというか、上手く説明するのが難しい。

「ホッホ。心機一転という訳ですな」

「まあそんな感じです」

説明は放棄した。別にする義理も無いのだが。

紅茶を飲んで体が暖まったせいか、一瞬、睡魔が襲ってきた。

「さて、では私もそろそろですので」

「そうなんですか」

もう少しこの変な人(?)と話してみたいという好奇心もあったが、目的地に着くのなら仕方がない。

「そうだ」

と、鳩の人は立ち上がってから、鞄の中を探り、何か卵のようなものを渡してきた。

というか卵だ。何か模様が描いてある。イースターエッグのようにも見える。

「卵……?」

「はい。我々の出会いを祝しまして」

なんだそれは。この出会いが、キリストの生誕並みに縁起がいいものとでも言いたいのだろうか。この何の変哲もない少女と鳩頭の出会いが。

しかしこの卵。中に何か入っている感じもしない。

「その卵は持っておくといいことがありますよホッホ」

「はあ……」

縁起がいい卵ということか。まあゲン担ぎは大事だし、転校生である私にとっては特にだ。

「それではまた。お会いしましょう。綾辻麻緒さん」

「あ、はい……また」

ん? 私名前を名乗ったか? という疑問は鳩の人が電車を降りてから急に強くなった睡魔に私は抵抗する気力も無かったので、そのまま寝ることにした。

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