第4話 あやつじリスタートpart4

私立星条館学園。安久路市にある私立高校だ。田舎にある割には随分と、というのは田舎に対して失礼か。……それなりに広い高校だ。東京にあるような大きな高校と比べてもいい勝負になるんじゃないかと思う。

そこの二年一組が私の新しい場所だ。

生徒の雰囲気は悪くは無いと思う。前の高校は公立でどちらかといえばそこまで偏差値の高くはない場所ということもあって、髪を金髪に染めている人や、耳にピアス穴が空いていたりするような人がいたが、少なくともこれまで私が見てきた中にそういう人はいない。

「綾辻麻緒です。東京からこっちに越して来ました。よろしくお願いします」

つつがなく挨拶を済ませた。本当は東京から来たことは伏せるつもりだったのだが、担任の先生が私よりも先に言ってしまったのだから仕方がない。東京という呼び名の土地がそう何個もあるとは思えないから、「東京だけど、都会の東京じゃありませーん!」とか言っても無駄だった。というかそんなことをしたら私のこのクラスでの立場が危うくなりかねない。

「…………」

で、私の自己紹介の反応はどうだったかと言うとそれはもう普通だった。容姿には自信がある訳ではないが、多少の失望のようなものまで感じるのはどうしてだろうか。

「東京から来た女子にしてはキラキラしてないんだけど」みたいなそんな言葉が私の脳裏に聞こえた気がした。

私の考えすぎであることを切に願う。

担任の先生に教えられた私の席は窓際の一番後ろの席だった。何となく落ち着く場所だ。

「つんつん」

ふと私の肩に触れてくるものがあった。細い指。女子のものだ。隣に座る女の子だろう。

「……何?」

「え、あ、ごめん。迷惑だったよね」

「別に迷惑なんて言ってない」

女子の方を向くと、気まずそうに自分の指を見つめている。やってしまった。私は人に対する当たりが少しキツく見えてしまうらしい。私の中では普通に接しているつもりでも、それがうまく伝わらないのはもどかしい。

かといって無理に笑うのはそれも違うだろうと思った私は女子に向けて手を差し出した。

「ごめん。……さっき自己紹介で言ったと思うけど、私は綾辻麻緒。よろしく」

女子はぱあっと顔を輝かせながら私の伸ばした手を握る。

「私は神白天音。よろしくね!」

そう言ってにっこりと笑った。神白天音という女子は物怖じしないタイプなのかもしれない。もしくは何も考えていないか。そのどちらかだ。

まあ爛れた価値観の金髪女子高生や、住之江蘭子よりは全然まともだ。むしろまとも過ぎる。一番普通なのに一番異物感が漂う。

「そうだ! 後で学校案内してあげる! 星条館って結構広いんだよ」

「ありがとう。でも今ホームルーム中だよ」

席から立ち、今にも私を連れ出していきそうな彼女にそう言うと。神白天音は自分を見ているクラスメイトや担任の先生の視線に気づくと顔を真っ赤にした。

「あれれ」

「……」

うん。本当に何も考えていないのかもしれない。まあ、いい意味でだけども。


「えー、という訳で、そういう感じになっており、あんな風になっているのである」

授業中。私はただひたすら眠気を堪えていた。というのも私は勉強が嫌いなのだ。いやむしろ好きな人なんているのだろうか。勉強や仕事を好きで行える人間の気が知れない。将来の為なんていって今頑張り続けていても、結局その恩恵を受けるころには私は死んでいるかおばあちゃんだ。全く、人の世というのは嫌なものだ。……眠すぎて変なことを考えていたみたいだ。それはそうとこの授業担任やる気あるのだろうか。

「……」

何時間経ったのだろうか。

目を覚ますと私の目の前には綺麗な紅い瞳があった。その目は私をじっと見つめていた。そしてそれがクラスメイトのものだと分かると私は、体を思いっきり反らし、そのまま椅子ごと床に落ちた。

「ぐえ」

「わああ! 大丈夫?! 何かすごいヤバい音が聞こえたけど」

「だ、大丈夫……じゃないかも」

何だか視界がグワングワン揺れている。頭がずきずきとして、いまいち思考が定まらない。

「しかも頭から落ちて……頭大丈夫?!」

「大丈夫」

「本当に?!」

頭の痛みも視界の揺らぎも全て元に戻った。うん。痛みはない。だが、何だろう物凄くバカにされた気がする。まあ私を心配そうに見ている神白天音にバカにするような意図は無いだろう。無い……はずである。

「本当に大丈夫」

「本当の本当に大丈夫?!」

「いやだから大丈夫だって」

むしろ問題はそっちではなく。

「そうやって私の体、揺らされてるのが一番傷に響くんだけど?!」

すると神白天音は「あっ」とようやく気付いたのか私の体を解放した。力を失った私はそのまま床に倒れた。

「……がく」

「麻緒ちゃーん!」

そしてこの日、私こと綾辻麻緒は死亡したのだった。


「なわけないだろ、普通」

うん、無い。これで死ぬというのは無い。死ぬのならもう少しドラマティックに死ぬべきだ。

強敵を倒して、仲間たちに惜しまれ見送られながら逝くのが一番理想的だ。ってどこのマンガだよ。

「よかった。麻緒ちゃんが死ななくて」

「下手したらあなたに殺されてたんだけどね」

転校初日から踏んだり蹴ったりだ。実際は落ちたり揺らされたりか。そしてそのどちらも私の目の前にいる神白天音がやってきたというのに、彼女にはその自覚は無いようだ。

と、ここで私は最初に気にするべきであったことを今更ながらに気にしだした。

「っていうか今何時?」

5限目の授業の途中から寝ていたから記憶が無い。この教室に私たち以外の姿も無い。一体どうなっているのか。私は状況を一言で説明できそうな文言を足りない頭脳を酷使して探し出した。

「まさか……突然、学校に似たパラレルワールドに飛ばされたとか……」

「何を言ってるの?」

普通に返された。当然だった。

「実はこの世界はコンピュータの中だったり……」

「あの映画面白いよね」

「……」

どうやら違うらしい。この世界はまだ普通の世界みたいだ。爛れた女子高生や自分の名前の意味を捏造する変人もいるが、世界は普通みたいだ。

「ってことはこの状況は? 何でクラスに私たちいないの?」

その答えは案外、シンプルなものでそれはパラレルワールドや映画よりももっと簡単に連想できるものだった。

「今放課後だよ」

「え……放課後……」

アフタースクールですか。そうですか。

「いや嘘でしょ」

「疑り深いなぁ。時計見たらいいじゃない」

「あ、そうか」

時計を見ると針は4時を指していた。普通に放課後だった。それにしてもずっと寝ていた私を起こしてくれないとは、このクラスも中々に冷たい人ぞろいな気がする。

「皆起こそうとはしてたんだけどね。麻緒ちゃん凄い寝てたから」

「あー……」

やっぱりか。私はどうやら一度寝ると中々起きないらしいのだ。うん。ごめんなさい。クラスの人たち。酷いのは私の癖の方だった。

「……ん? でもなんであなたは残ってるの?」

「そりゃもちろん。麻緒ちゃん置いてはいけないからね」

「……。それはどうも」

神白天音という人間は、もう見たまんまの人間なのかもしれない。お人好しというやつだ。まだ他人でしかない相手が起きるまで待つとかそれはもうお人好し以外の何物でもない。苦手な人種のはずなのに、どうにもそれが心地いいみたいだった。

「それじゃ学校案内するね」

「今から?!」

「約束したじゃん」

「確かにしたけどさ……」

と、神白天音は私の了承も待たずに私の手を掴んで引っ張っていった。これは今日は帰りが遅くなるな。

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