第5話 あやつじリスタートpart5
星条館は意外と広いという神白天音の言葉はけして間違いではなかった。いや実質間違いではあるのだが、それは意味合いというより程度の問題で、何が言いたいかと言うと星条館は滅茶苦茶広いのだ。
まあ学校案内なんて適当にぶらついて会話したりして30分もすれば終わりだと思っていた。思っていたのだ。
「……もう6時」
「うーん、まだ回り切れてないけど……これ以上は帰り道も危ないよね」
教室棟や技術棟等、普通の学校にありそうな場所は大抵回ったがそれでもまだまだこの高校を回り切れていなかった。もう疲れた私たちは下駄箱まで戻ってきたのだが、それだけでもより疲れた。
「2時間歩き回って踏破できないとかどうなってるんだ。設計ミスじゃないのか」
「設計ミスというより詰め込み過ぎって感じだよね。アクアリウムとかいつ使うのか分からないし」
「アクアリウム?! 学校に?!」
安久路市には港はおろか川すら付近にないのだが。この高校の設計士はどんだけとんちきなのか。私ですらアクアリウムを学校に作ろうとは思わない。よくて水槽だ。
「学食に出てくるおさかな定食はアクアリウムの魚を使ってるから新鮮なんだよ。良かったね」
「別に私は新鮮な魚を食べに学校には来てないんだけど……」
それに私は魚より肉が好きだ。ってそんな話はどうでもいい。
しいていうならば鶏肉が好きだ。そんな話はどうでもいい。
だが、少し。ほんの少しだけ気になった。
「……鶏は……飼ってないの? 飼育小屋とか、飼育委員とか」
「食べる気なの?!」
「食べない。食べようとなんてしてない」
「分かってるよ。生のまま食べたら死んじゃうしねぇ」
「いや調理する気も無いから」
「つまり料理人はもう雇っていると」
「どうしてそうなる」
「分かってるよ。冗談だよね」
「……まあそうなんだけど、どこからどこまで冗談だと思ってるのか少し気になる」
うん。未だに学校の鶏を食べようとしているとか思われたくはない。そもそも食べたいのならそういう店に行く。
「とりあえず帰ろ。これ以上遅くなると危ないしね」
そう言って彼女は下駄箱にある自分の靴を取り出した。
「えと神白さん」
「?」
「ありがとうね、今日は。すごい助かった」
ずっと言わなければいけないと思いつつ中々言うタイミングがつかめずにここまでずるずると引きづってしまっていたことを、私はようやく言うことができた。
私の言葉に神白天音はにっこりと笑うと
「友達だもん。当然だよ」
と言った。どうやら彼女は他人と出会って5秒で友達になれる人間らしい。でも友達というのを否定する気にはなれなかった辺り、私もとっくに彼女の手にかかっているのかもしれなかった。
友達という言葉そのものは好きではないのだが。
考えてみればまだ部屋の整理が終わっていないことを思い出し、早く帰ろうかと思い始めたその時だった。
「あれ、何だろう」
私の数歩前を歩いていた神白天音が何かに気付いたみたいだった。彼女の視線は私達が出てきたばかりの校舎の二階に向けられていて、その内の一つの窓から強い光が漏れていた。
おかしい。私達が出てくる時にはどこも電気は点いていなかった
「電気点けっぱなしじゃないよね。消えてたもんね」
「だったら窓一つ分だけが明るいのはおかしい。ま、どうでもいいけどさ」
こういうのは触れないのが吉だ。何も見なかったことにしてまっすぐ帰るのが賢明。至極当然で、当たり前で、常識的な行動だ。模範的と言ってもいい。
しかし
「私、見てくる」
と言って神白天音は鞄をほっぽり出して暗い校舎へと戻っていった。
「えー……」
取り残された私はしばしの思考の後、彼女が落としていった鞄を拾って付いて行くのだった。
私が神白天音に追いついた時には私は肩で息をしていた。全く情けない。神白天音と違って2人分のカバンを持っているとはいえ、全く息を切らしてない彼女に比べ、私はまるでフルマラソンを走破しましたみたいな感じになっていて何だか恥ずかしい。
「どういう状況?」
位置的には職員室の前の通りの廊下だ。
ショーケースに飾られた数々の受賞トロフィー、額縁に飾られた歴代星条館生の集合写真等々があるが、その中でも特に際立つのが壁に立てかけられている大鏡だ。
学校には割と不気味な話は多い。音楽室の写真やら、動く人体模型やら。
実際、この学校にもそれらしいものは多々あったが、そういった物とは違い、この大鏡は普通のものだ。別に何の変哲もない。少し大きい気もするが、それは大したことではない。
だというのに、何か生物的な危機感が告げていた。この鏡はヤバいと。
「……この鏡って、何なの?」
神白天音も何か私と同じものを感じ取ったらしい。
「なんか変だ。いつもはこんな変な感じしないのに」
ということは普段は普通の大鏡なのだろう。今のがおかしいだけだ。だがそれが分かったって何も解決しない。この場で神白天音の腕を取り引っ張ってでも戻っていればよかった。
だというのにこの時の私は好奇心が勝ったのか大鏡に手を付けてしまった。
瞬間。
「?!」
私の手は何かとても力の強いものに掴まれたかのように動かなくなった。そればかりか大鏡に引き寄せられている、いや引っ張られていた。というのも私の手や腕は大鏡の中に入ってしまっていて、出ようともがいてもどんどんと引きずり込まれているのだ。
「……なんだこれ?!」
「麻緒ちゃん?!」
驚きつつも神白天音は私のまだ外にある手を掴んだ。助けてくれようと引っ張ってくれているが、彼女の力では私を戻すことはできず、そればかりか彼女も引きずられていた。
「私の手を離して!」
「無理だよぉ!」
このお人よしめ! と私は内心で毒づいた。
結果がどうなったかは言うまでもないだろう。
私達は鏡の世界に入ったのだった。
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