第6話 あやつじリスタートpart6
別の世界が存在するか否かは多分永遠の謎だ。だってそれを検証する術も無いし、別世界からの来訪者も帰還者もいないのだから。だからこうして自分の身で別世界の存在を知ることになるとは思わなかった。多分、私の隣にいる神白天音もだろう。
「……」
森の中に、私たちはいた。
おかしいと思うだろう。私も思う。
だって森である。それは学校の裏山にあるとか、そういうものではなく、大森林とでも地図には載っていそうなそういう森である。
「森……だ」
「森……だね」
さてこうなるとどうするのが正解なのだろうか。後ろを見ても鏡は無い。つまり来た方向へ戻るというのはこの場合使えない。とはいってもとりあえずやることが思い当たらない私たちはお互い向かい合った。
「って森ーー?!」
深い深い森に私たちの声が響き渡った。木の上にいた鳥が何羽か羽ばたいているのが見えた。
お約束というのはだいじなものだが、しかして未開の土地で大声を出すのはいかがなものか。それに気づいたのは叫んだ後だったので、もう後の祭りだ。
森をしばらく歩いても特に何もなかったが、気づいたことはあった。
「そういえば虫がいないね。私、虫よけスプレー持ってないからヤバいって思ったんだけど、いないなら安心だね」
「安心……ではあるけどさ、こんな森森してるのに虫がいないって結構変じゃない?」
いやかなり変だ。植物が存在している以上、虫の存在はほぼ必要不可欠と言ってもいい。木や草や花。見たことが無い物も多いけど、それでも自然があるのなら虫がいなくてはおかしい。
「変だよねぇ」
「うん。変だ」
でも別に専門家でも無ければ授業を真面目に受けている訳ではない私達では漠然とそれが変だと思うだけで、具体的にどう変なのか、そして変だからどうだというのは全く分からないのである。
「こういうのってさ何て言うんだっけ」
「何て?」
「あのある日突然、トラックに轢かれたりするやつ」
「異世界転生」
「そう、それ!」
「いや、私たちのこれは異世界転生じゃないでしょ」
「そうなの? 何で?」
「知らないけど……」
でも何となくその言葉で片づけてはいけない気がしたのだ。とはさすがに言えなかった。
ただの直感だからだ。
「私、アウトドア好きだよ」
「私は嫌いかな。虫とかがいると特にね」
「そんな感じするー」
歩いても歩いても何も無いので会話が弾む。神白天音はこんな異常事態でも取り乱したりはしていない。とんでもないメンタルの持ち主だなと私は思う。突然こんな正体不明の森に放り込まれたら普通の女子高生なら取り乱しそうなものなのに。と、そんなことを思いながら神白天音を見ていると彼女と目が合った。
「……」
「ごめん」
負けじとこちらを見てくる彼女の眼力に押し負けた。そもそも勝負などしていないが。
気まずそうに眼をそらした私に対して神白天音は、顔を近づけてきた。
「……あのさ」
「ごめんね」
「いや、いいけど」
「顔を近づけてもいいってこと?」
「そうじゃない。そうは言ってないから顔を近づけないで」
「でも、虫が付いてるよ」
「はああ?! それは速く言ってよ! どこどこ?!」
私は取り乱し暴れる。顔やら体やらを無造作に払う。
そんな必死そうな私を見て神白天音はお腹を抱えて笑っていた。
それを見て私は察した。
「……性格悪いな」
「あははごめんごめん。どうなるのかと興味本位で」
全く。ここが普通に虫がいる世界じゃないから笑える話だけど、そうじゃなかったら笑い話じゃすまない。森中に殺虫剤を撒いて歩いていたかもしれない。
未だに笑っている神白天音の額に軽くチョップをする。
「あだっ」
「速く行くよ。いつ帰れるか分からないから、野宿の支度も必要かもしれないんだし」
「野宿かー大変だね」
「いや、他人事かよ」
私に降りかかっている問題は、彼女にも同様のはずだが。
どうやらその自覚は無いらしい。私もまだ夢の可能性を捨てられてないので、あまり彼女に色々と言えたものではないのだが。
……野宿。口で言ったのは簡単だが、実際にやるとなると問題が多い。いや問題しかない。
ノウハウも知識も無しで実戦を行うのは少し怖いなと思い、ポケットに入っているスマホを起動させた。が、ネットワークは繋がっていなかった。まあ森の中だし。鉄塔らしきものも見えないし仕方がないとは思ったが、それでも希望くらいは持ちたかった。
これで助けを呼ぶという最終手段も取れなくなった訳である。
「はぁ……」
最後の望みも絶たれてため息が漏れた。
しかし最後の望みの割りにはそこまで心には響かない。多分、私はこうなることは分かっていたのだと思う。こういう嫌な予想だけはいつも当たるのだ。私は。
「ネット繋がらないね」
「助けは呼べない、と。私達だけでなんとかする必要があるみたいだ」
「なんかわくわくするね」
「いや何でよ。むしろぞくぞくしてくるんだけど」
この状況を楽しめるとは。神白天音に対する普通の人評価を本格的に改める必要がありそうだ。
「こうスリリングだよね」
「スリル満点。安全性の保障もされてたらいいんだけどね」
「動作不良による事故で人が死んだジェットコースターに乗る気分」
「まあそんな感じ」
普通に死ぬ気がする。
私達は野宿できる場所を探しつつ歩くことにした。
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