第7話 あやつじリスタートpart7
しばらく歩くと森が開け、その先にあったのは湖だった。
「道の果てが湖?」
「この先には何もないみたい」
せめて後は道なき道を行くか、湖を泳ぐかだ。とはいえ、そんな体力はお互い残っていない。この場所で野宿をしようと決め、鞄を下ろした。何も入っていないけど、何だか肩が軽くなった心地だ。
「野宿って何をすればいいんだろう?」
「……火を起こすとか」
「どうやって?」
「分からない」
ネットが使えれば分かるのだが。私達はネットワーク環境から切り離されると途端に弱体化するらしい。逆に言えばネットワーク環境さえあればほとんどのことが解決する当たり技術の進歩のすばらしさを思い知った。こんな所で。
「気合いでどうにかする!」
「無理でしょ」
「やってみなきゃ分からないー」
と言って、彼女は何もない場所に向けて手をかざしていた。
「突然、能力に目覚めたとか言う話でもあるまいし、火を起こすのは無理」
「じゃあ麻緒ちゃんやってみてよ」
「はあ? 何でそうなる」
ぶーぶー(意訳)叫ぶ神白天音があまりにもうるさいので、私は適当に集めてきた木の枝をそれらしく並べてみた。そしてそこに手を向ける。こういう時、何かを念じるべきなのか分からないが、適当に「燃えろ」とでも思っておこう。どうせ何も起きないのだし。
「……?」
何かとても変な感覚があった。腕を電流が走る様な力の抜ける感覚。
前後不覚になる程、視界がぐらぐらと揺れる。
足からは力が抜け、やがて私は立っているのもつらくなり始める。
不意にバランスが崩れて私はしりもちをついた。
お尻の痛みに耐えていると、私は熱さを感じた。
熱い?
「え、嘘……」
神白天音のまるで信じられないものを見たかのような声が聞こえる。
だがそれは当然だった。
だって、信じられないようなことが実際に起きたのだから。
そこにあったのは炎だ。並べた木の上。狙った位置に炎があった。
それも黒い炎だ。夜の闇よりも黒い炎。
これを、私がやったというのか?
いやそれはありえない。私はただの女子高生だ。
だけど、何となく漠然とだが、分かった。あの炎は私が点けたのだと。
「麻緒ちゃん……」
神白天音がこちらを疑うように見ている。
当然だ。さっきまで普通の転校生だと思っていた人間が、急に発火能力に目覚めていたのだから。だが私の予想に反し、彼女はすぐに目をキラキラと輝かせると私の元まで走ってきた。
「すっごい! 炎出せたんだー! しかも黒い。かっこいい!」
「……あまり言わないでよ。ってか出せたのなんて知らなかったし」
火を出したせいか、かなり熱い。火を出すのはまあこの際いいとしよう。原理も方法も分からないが、とりあえず出したのには間違いが無い。でも、黒い火というのはいただけない。これでは私があれみたいではないか。
「中二病みたいだ……」
実際に出して見せたのだから多分違うと思いたい。
ああいうのはそれが妄想か否かというところに線引きされていると私は思うからだ。どうでもいいなこれは。
しかし、私にこんな力があるのは何故だろう。
この世界に来てから目覚めたと考えるのが正しいだろうが、それにしても何時からなのだろうか。
「にしても……」
「うん」
炎強すぎた……。いや威力の調整なんて出来るものではないのだけれど、しかし最初はあそこまで燃えていなかったような。まるであの炎が勝手に強くなったような……そんな気がした。
「あれじゃ危険すぎて近寄って暖を取れないね」
「ごめん」
「麻緒ちゃんが悪い訳じゃないからいいよ。私、薪探してくるー!」
「ありがと」
まるでフリスビーを取りに行く犬のような従順さを発揮して、神白天音は森の闇の中へと消えていった。それを見届けた後、私はその場にへたりこんだ。
炎を出してからというもの、体の脱力感が半端では無いのだ。流石に神白天音に勘づかれたら面倒なので彼女が戻ってくるまでに少しでも体力を回復させることに専念することにした。
「しかしあの炎。何なんだ? この世界といい、分からないことが多すぎる」
私はまだ高校生で分からないことばかりではあるのだが、これはそういう問題ではない気がした。
寝転がると空は一面夜空になっていた。東京は星があまり無かったこともあってか、この空に浮かぶ満天の星々に私は目を奪われていた。
「星座の位置とかで場所は割り出せるって話は聞くけど、私じゃ分からないな」
とりあえず今日はこのままでいいとして、いつまでもこんな場所にいる訳にもいかないだろう。私たちには日常があるのだから。
「とりあえずこの力が何かの突破口になってくれるといいんだけど……」
まあそんな都合のいいことは起きないだろうと思いつつ、私は眠ることにした。
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