第8話 あやつじリスタートpart8

「麻緒ちゃん!」

間近で聞こえた神白天音の叫び声で完全に落ちていた私の意識は急覚醒した。

一瞬目が眩んだが、なんてことは無い。体からはさっきまで感じていた怠さが消えている。休憩の甲斐はあったようである。

大方、地面の上で寝ていた私を見てよからぬ心配でもしたのだろうと、苦笑しつつ立ち上がると、私はとんでもないものを見た。

「……は?」

それは黒い巨人だった。辺りに生えている木々と同じくらいの背丈で、横に大きな体つきをしている。顔などの細部は一面が黒いせいで見分けがつかない。

「何あれ?!」

私の横で息を切らしている神白天音の肩を掴んで私は言った。いやまあ走ってきて疲れてる人間に悪いとは思っていたのだけど。

「分からないよ!」

神白天音はそう叫んだ。まあそうだろうと私は思った。元より明確な答えが返ってくるとは思ってなかった。

今、私達は普通に生きていたら絶対に味わえないような状況にいる訳である。つまりは常識を捨て去り、見ている景色をそれはそういうものだと飲み込む必要があったのだ。これは夢だとか、幻だとか、そんな現実逃避をしている場合ではなかったのである。

「私が木の枝探して歩いてたら、人影を見つけて……私達みたいに迷ってる人かなって思って近付いてみたら……」

「アレで、襲ってきたんだ」

「うん」

そして私の方にも何かが現れたかもしれないと思って戻ってきたらしい。神白天音が大変な目に遭っている時に私は爆睡してた訳で、少し申し訳が立たなかった。

と、化け物が片手を振り上げ、そのまま振り下ろしてきた。丁度その軌道上にいた神白天音は「うわあああ?!」と叫びながら地面を転がり回避した。

化け物の手が振り下ろされた場所に小規模のクレーターが出来ている。あれは……食らったら確実に死んでいた。

「あれ死ぬって!」

「下がってて!」

私はさっきやってみせたように片手を化け物へ向けた。

そして頭の中であの化け物が燃えるイメージを浮かべる。

どうせ何も起こらないと、ほぼ諦めに近い心境だったが、予想に反して黒い炎は現れてくれた。

「出た……! 出ちゃった……?!」

私の手のひらから出た炎は勝手に膨張し化け物へ向けて射出した。

轟々と燃える炎は直線状に伸び、軌道上にいた化け物をも貫通した。

それはまさに黒い炎によるビームといった感じだった。

「おおっ……。これぞまさしく黒い咆哮……! 名付けてブラックロア!」

「いや、名付けなくていいし」

無駄にかっこいいし。神白天音は必殺技とかにあこがれるタイプなのか?

意外だった。幼少期はライダーを見て過ごした系の女子なのかもしれない。

私は……覚えていない。

予想以上に強かった黒い炎による煙のせいで辺りが見えない。かなり焦げ臭くて体調を悪くしそうだ。

「出来る限り鼻を抑えてた方がいいかも」

あの化け物の焼死体を見つけるかもしれないのだ。正体不明の化け物でも死体となると悪臭がしそうだった。

「倒せたのかな?」

「あれだけの威力だったし、ピンピンしてるとかはないと思うけど……」

手ごたえはない。というか偶発的に出ちゃった技で手ごたえを感じることはないと思うので、言い換えるとすれば、倒した自信はあるけれど、倒せていない可能性を捨てきれないといったところだ。つまりは五分五分。

「麻緒ちゃんの黒の咆哮ブラックロアを食らって平気な化け物は見たことがないよ」

「その技名まだ使うの。なんかルビになってるし」

だから無駄にかっこいいと何回言えばいいのだ。

ついでにあの炎を食らって平気な化け物は確かに見たことがないが、あの炎で倒した化け物も見たことがないことを神白天音は知っているのだろうか。

「……ねえ、本当に倒せたんだよね?」

「分からない」

「そこは冗談でも「私が倒した」キリッとかやって欲しかった……」

「あなた結構余裕あるよね」

意外と私はギリギリなのだが。まさか自分は戦わないから……やめよう。きっと空元気なのだ。彼女なりに私を励まそうとしているのだ。うん、そう思わないとやってられない。

しばらくすると視界を覆う煙も消えていった。私達は慎重に化け物がいたであろう場所へと近づく。そこにいたのは私の黒い炎で全身を焼かれて原型も留めていないほどに溶かされている化け物だった。

「うわ……」

「これは……ショッキングなやつだ」

結局この化け物が何なのかは最後まで分からずじまいだった。個人的な好奇心としても色々と調べてみたい所だったが、そんなに能天気なことを言っていられる状況でもないだろう。神白天音でもあるまいし。

「麻緒ちゃん!」

と、神白天音の声に私はすぐに彼女の方を振り向くと、その視線の先にさっき倒したのと同じ化け物がいるのが見えた。しかも今度は二体である。確かにもう少し調べたいとは思ったが、こんなに早くなくてもいい。というか一体で十分だ。

「麻緒ちゃん」

「分かってる……!」

私はすぐに片手を化け物に向ける。空いた手で向けている片手側の腕を掴んで照準補正を行う。これなら炎の衝撃で照準が外れることも無く、二体同時に当てるのも難しくはないだろう。

黒葬弾ブラックロア!!」

私の手の平からさっきよりも高威力の直線上に伸びる黒い炎が放たれた。あまりの威力に照準がぶれそうになるが、爪の跡がつくくらい、腕を握る手に力を込めて何とか抑えた。

湖の周りの木々がかなり焦げてしまっている。が、化け物は二体とも倒せたので良かったということにしよう。威力の調節が出来ないこと、使った後の疲労感が半端ないのは今後の問題だ。

「ここも危ないな」

「でも戻る以外に道は無いよ?!」

そうだ。それが問題なのだ。戻ったところで何も無いのは既に知っている。

だというのにこの湖の先に道はない。いっそ周辺の森の中を突っ切ってしまおうかという考えも浮かんだが、化け物の存在がある以上、それは愚策だろう。

「いっそ湖の中に飛び込んでみる?」

「風邪引いちゃわない?」

まあそうだった。湖の中に飛び込んでみたところで、汗が流せる以外にいいことはない。

威力調節はできないが、火は起こせるので一度試してみてもいいとは思うのだが。

「それにしても麻緒ちゃん。あの名前気に入ったの?」

「……」

「気に入ったの? ねえねえ」

「……」

気に入ったなんて言えば神白天音から何言われるか分からない。

そもそも気に入ってなんていない。本当だ。

だからこそ私はこの件に関しては黙秘を貫くことにした。

気に入ってないと否定するのは、ほとんど気に入っていると肯定しているのと同じだからだ。

「むう……」

呻く神白天音を無視して私は周囲を見渡してみた。

焼けた木々と湖。それから焼け焦げている化け物の死体がいくつか。よく見ると化け物の死体は全て爆発したような跡もある。黒葬弾ブラックロアには爆発効果もあるみたいだ。

「そういえばあの化け物って、どこから来たんだろ」

神白天音の質問に私は一瞬考え、答えた。

「どこからってあの森のどこかじゃないの」

それ以外に選択肢は無いだろう。湖から出たとかいうなら水の音が聞こえてきているはずだし。

「でもあの巨体が動いてるなら足音も聞こえてないのはおかしくない?」

「あー……」

考えてみればそうだった。ただ腕を振っただけで字面が抉れる巨体が歩いていたら足音はするだろう。しかしそれらしい音は一切無かった。つまり考えられる結論は……

「急に現れる……とか?」

「正直、それ以外に考えられない」

「ってことはさ……安全な場所なんてどこにもないんじゃ……」

神白天音がそう言った瞬間、水の流れる音が聞こえ、私の目の前にあの化け物が現れた。

「うわっ……」

「出たぁ!」

背後で神白天音が叫んでいる。彼女の目の前にも現れたのだろう。否、そうではない。私達を取り囲むように現れたのだ。何体もの化け物が。

「神白さん。こっちに」

私は神白天音を呼ぶ。彼女は走りながらこちらへやって来て思いっきり飛びついてきた。痛い。

「私から離れないでね」

「……うん」

よく見ると神白天音は震えていた。当然だ。考えに考えてそれで出た答えが逃げ場がないというものなのだから。私だってショックだ。

黒葬弾ブラックロアを何度も撃つのは肉体的に嫌だが、そうも言ってられないと私は自分に喝を入れると、手を化け物の群れへと向ける。

「えっ?!」

何かおかしい。視界がかなり狭くないか?

私は一度両の眼を閉じ、また開くとその違和感に気付いた。

右目が見えないのである。これは黒葬弾ブラックロアを使った影響なのだろう。怪我してるのなら神白天音が気付いている。

つまりは無敵に思えた黒葬弾ブラックロアも使用制限があるということで、それが私の体に直に影響が出るものということである。

これ以上使えばどうなるか分からない。状況はとことん私を追い詰めている。

「それがどうした」

私は黒葬弾ブラックロアを撃った。右の頬に液体が流れる感触を感じると、それは右目から出た血なのだと分かった。

それでも構わず私は何度も撃つ。やがて腕や脚と言った部位も悲鳴を上げているが、化け物は一向に数が減らない。倒す毎に増殖をしているのだろう。

視界の隅で神白天音が何かを言っているが聞こえない。もう両耳の機能も無くなってしまっているらしい。

全身の感覚はほとんど消えていて、もう動かせるようなものではなかった。

「もういいんじゃないか、頑張っただろ」という悪魔の声が聞こえる。確かに私は頑張った。精一杯戦ったし、足掻いた。もうどうしようもないのに最後まで戦った。

家族や周りの人間から避けられこんな場所まで送られて、誰にも頼れず、不安で、それでも戦った。

じゃあもういいんじゃないか。楽になってもいいんじゃないだろうか。

私の意識は落ちていく。視界はすっかり暗くなっていてもう周りの状況も分からない。

全身を包むような冷えた感覚は私に死というものを想起させた。

でも不思議な感覚だ。私はこれを知っている。

この冷たくて絶対的な孤独感を。

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