第9話 あやつじリスタートpart9

ここがどこか分からない。

私は誰なんだろう。

何も見えない暗闇の中にいる気分だ。

「友達だもん。当然だよ」

暗い校舎で彼女の言った言葉だけが私の中に残っている。

そしてその言葉を思い出した瞬間、暗闇だった世界に一筋の光が現れた。

手を伸ばす。

かすかに見える光に向けて。

吸い込まれるように、落ちていくように。

そして、私は……


「……負けてたまるか」

全身に力が入る。崩れかけていた体にはっきりとした熱が灯る。

地面を強く踏んで、私は体を起こす。

「麻緒……ちゃん?」

不安そうにしている神白天音に私は微笑みを返す。余程、余裕が無いのか彼女の顔は赤く染まっていた。

手を化け物の集団へ向ける。黒葬弾ブラックロアではない。

私はこの変な世界に来てから、この黒い炎の力に目覚めたと思っていたのだが、それは違ったのだ。正確にはこの田舎に来た時、あの鳩頭と会った時には目覚めていたのだ。

それは私の胸ポケットの中でかすかな光を放つ、鳩頭から貰った卵が示している。

卵を手に取る。そこからは黒い炎と圧倒的な破壊の意志が漏れている。

目を閉じる。意識を集中させる。

頭に浮かぶのは黒い炎。そして強烈な怒り。一体何に怒っているのか。私にも分からない。

この感情に意味を付ける為に、私は彼女の名を叫んだ。

「サタン!!」

現れたのは黒い巨人。

でもそれは目の前にいる化け物みたいな木偶の棒ではなかった。

12枚の朽ちた翼と、真っ黒な長髪。ローブのようなものを着た巨大な黒い女型。手からは黒い炎が絶えず漏れ出ていて、それはまるで私の中に眠る激情を示しているようだった。

見たことはないし、こんな見た目だとは知らない。そもそも何故分かるのか等、理屈的なことは全く不明だが知っている。これは、この悪魔のような存在は、

「魔王サタン……。これなら、戦える……!」

不思議と笑みが零れた。力の万能感? 違う。これは私の破壊本能の現れだ。

「焼き尽くせ、サタン!」

私が叫ぶと、それに応えるようにサタンは腕を振るう。彼女の振るった腕の軌道上に黒い炎が走る。黒い炎は化け物を焼いていき、黒葬弾ブラックロアでようやく倒していた化け物たちは尽く倒れていった。

「すっごい……」

「うん……でもこれは……少し」

「やっぱり……」

火力が強すぎる!

それも黒葬弾ブラックロアのように一定の位置が燃えるのではなく、周辺一帯を燃やし尽くしているので、私達の居場所すら無くなりそうだ。

だというのに、状況はまだ私を追い詰めようとしていた。

「麻緒ちゃん、あれ」

「……デカい……まだ来るのかよ」

黒炎と煙の向こうからやってくる影がいた。それは今まで倒してきたどれよりも大きくそして異様だった。

「羽が生えてる……」

そう。羽が生えているのだ。蝙蝠のに似た形状の巨大な羽だ。

「まるで悪魔だ」

あれが悪魔なら今は悪夢だ。

だとしてもやるしかない。

「サタン!」

私が細かな指示をしなくてもサタンは私の意を組んで動き、羽の付いた化け物へと突撃して行った。

「やっちゃえー!」

サタンの朽ちかけの羽が突風を起こす。目にもとまらぬスピードでサタンは羽の付いた化け物へ肉薄し、右手に力を入れる。そこには黒い太陽にも似た球体があった。そして黒い太陽を羽の付いた化け物へ掌底と共に打ちこみ、

「……あれ?」

打ち込……むことはなかった。

何故なら。

「痛ったぁぁぁぁぁぁ?!」

黒い太陽が当たる瞬間に、羽の付いた化け物はその身を回転させ、避けると右脚の蹴りでサタンを蹴り飛ばしたからだ。そしてサタンは地面を転がりながら吹き飛び、岩に激突し消滅した。

不可解なのはこのサタンが負ったであろうダメージを私が受けていることだった。全く覚悟をしていなかった痛みに私は声を抑えることが出来ず、地に膝をついた。

「麻緒ちゃん?! あんなに決まった! と言わんばかりにやってたのにどうしたの? 大丈夫?」

「……それ心配してないよね。むしろ追撃かましてるよね……っいたた」

しかしこれは困った。

サタンでどうにもならないとなるともうあの悪魔もどき(羽の付いた化け物は少し長い)からは逃げの一手しか打てないのだが……。

逃げたくはない。

逃げてはいけない。

「……ていうか逃げられるわけないだろ……普通に考えて」

一瞬折れかけたものを再び立て直す。すると私の傍にサタンは再び顕現した。

なるほど。このサタンは私の戦う覚悟の現れみたいなものらしい。

「近づいちゃダメなら、遠くから撃ち抜くだけだ……」

私は目を閉じ、意識を集中させる。

私の中、体の中ではなく、もっと概念的な中。心の内とも言える場所に存在する激情。

強い憎悪。

それを強く意識する。……それが何なのかは分からないし、何故私の中にあるのかも分からないが、あるのなら私のものだ。

「決める……黒葬弾ブラックロア!!」

私に合わせてサタンが右手を敵に向ける。

そこから発生した黒い炎を悪魔もどきへと撃ち出す。私一人で使うものと違い、その威力、距離、範囲全てが桁違いに強い。サタンのすぐ後ろにいる私や神白天音ですら焼けそうだったが、サタンが庇ってくれたのでそれは無かった。

……フィードバックは変わらずで私は滅茶苦茶熱いのだが。

黒い炎は大蛇のように悪魔もどきを焼き尽くし、森を貫き、そして大爆発した。

「いやあああああああ!!」

「やりすぎだってぇぇぇぇぇぇ」

爆発の勢いは強く、最早森に居場所は無くなっていた。

サタンを顕現させたからなのか、サタンの炎だからなのか、私自身は炎に触れても滅茶苦茶熱い程度で済んでいるが、神白天音までがそうとは限らない。

むしろ危険だ。黒い炎が燃え広がる大地にずっといたら彼女まで燃えてしまう。

何か手は無いだろうか。彼女を炎から守る方法が。そんな都合のいい話が……あった。

「神白さん、掴まって!」

「う、うん」

神白天音が私の手を掴んだのを感じると、私はすぐに湖へと飛び込んだ。

黒でも炎ならば湖が焼けることはないだろう。蒸発だとかそういうのはとりあえず置いておく。

ああ制服が濡れてしまう。

そう後悔しかけた瞬間、私達は湖の中に落ちた。


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