第3話 あやつじリスタートpart3

私の新たな家はこの町唯一の駅、御影駅から徒歩十分程の距離にあるデザイナーズマンションだ。私の両親がこのマンションのデザイナーと知り合いだったので格安で一室使わせてもらうことになったのだ。

まだ新しく造られたばかりということで中はかなり綺麗だった。ロビーにあるソファも傷んでいる様子は無く、自動ドア、オートロックの玄関と田舎に来たのにあまり田舎感のしない場所だ。なんでこんな田舎に建てたのか不思議である。これなら都会とは言わず多少なりとも地方都市くらいなところに建ててもよかっただろうに。

「ま、私としてはこの方が助かるんだけど……っと」

部屋に入り、荷物を下ろす。

荷物が重くて悲鳴を上げかけていた肩を回しながら、私は新たな部屋を眺めた。

「うん、ピカピカだ」

当然だ。だってこの部屋に入ったのは私が初めてなのだから。

最初は転校が決まった時、少し値段が張るが、まあまあ住み良いマンションにするつもりであった。ネットの画像では随分とボロっちいのがアレだが、贅沢は言わなかった。お金も無かったし。

が、親の伝手でそれよりもいい場所でしかも想定していた額より安くなるというのだから、人の縁というのは計り知れないものである。いろいろな意味で。

ずっと住む人がいなかったのだが、私の後にもう一人入居者が決まったらしく、その人物は私の隣の部屋にいるという。ここでのお隣さんだ。仲良くしておけば、困った時に頼れるだろうと思い、私は土産の品を持って外に出た。

隣の部屋の人は住之江という苗字の人だ。

「なんて読むんだ? じゅうのえ?」

まあとりあえず挨拶をぱぱっと済ませようとインターホンを押した。

「はい、住之江です」

インターホンから聞こえた声は女の子のものだ。男ではないことに内心ホッとしつつ、私は口を開いた。ちなみにすみのえだった。

「隣に越してきた綾辻というものですが……」

「あ! ちょっと待っててください。今行きますので」

しばらくすると玄関の扉が開いた。中にいたのは声の通り女の子だ。これで男の娘というオチならもう私はだれも信用できないだろう。

それもかなり可愛い。長い銀色の髪に丸くて大きな目。最初、人形か何かかと思った。

「えと、綾辻麻緒です」

「おーこれはご親切に。私は住之江蘭子です。蘭子です!」

お互い頭を下げ、同じタイミングで顔を上げる。 ……何故2回言ったのか。覚えやすいからいいのだが。

「……」

何か話した方がいいのだろうか、そんな空気の様なものが二人の間で漂っていた。

ぶっちゃけ私は会話が得意な方ではなく、むしろ苦手と言ってもいい。考えてみれば何の話題も用意せずにこんなことをするのはただの自殺行為でしか無かった。穴が空いている地面に気付かず足を放り込んでいるようなもの。地雷原を対策無しで走り回っているようなものだ。帰りたい。

「あなたも高校生です?」

制服を着ている私を見て、住之江蘭子が聞いてきた。もということは彼女も高校生なのだろう。

「えっと……はい。二年です。高校二年」

「ってことは先輩じゃないですか! だったら敬語はナシでおねしゃす!」

「ああ……うん」

何だこのハイテンション女子は。この子は私とは住む世界が違うような気がした。率直に言ってすぐに帰りたい。

だが、ここで取り乱していたらいけない。あの鳩頭を思い出そう。うん、もう何が来ても驚かないような気がした。

「綾辻って面白い苗字ですね」

「いやそれあなたが言う? 最初なんて読むのか分からなかった」

この場合はどちらも面白い苗字だ。どっちかはどこかの地名の名前と同じだったような。どっちかは覚えていないのだが。

「麻緒って、何となく悪役間のする名前ですけど、そういうコンセプトのキャラ付けなんですか?」

「人の名前を弄ぶな。全国の麻緒さんに謝れ。それにそんなに大層な理由は無いと思うよ。名前の理由ならそれこそ私の両親にでも聞いて」

「小学生の頃とかに作文の課題で書いたことないのです?」

「ある……ような気がする? でもそれ何か関係ある?」

住之江蘭子は口を丸く開けていた。何となくバカにされている気分だ。癪に障る。

「書いたことあるなら覚えてないのですか? まさか記憶障害ですか?! 救急車呼びますか?!」

「呼ばなくていい。小学校の頃の作文で何書いたなんて覚えてる訳ないでしょ。普通は」

「私は覚えてますよ。蘭子の蘭は百花繚乱から。蘭子の子は虎視眈々から取られていると書きました。ご両親から頂いた大切な名前です!」

「うん? どっちも字が違うんだけど。本当に覚えてるのか?」

「見た目に意味は無いのです。大事なのは意味。だって乱虎って可愛くないじゃないですか。むしろかっこいいじゃないですか。イケメンすぎるじゃないですか。私は可愛いというキャラ付けをされているから蘭子なのです」

「な、なるほど? ……確かに普通の女子じゃない」

「分かってくれたようで何よりです。私をそこいらの人間と同じと思わないでほしいのです」

確かにそこいらの人間とは違うだろう。おおむね悪い意味でだが。

「敬語のまま話してたらきっと分からなかっただろうね」

分かりたかったかと言えば別にそうではない。むしろ分かりたくはなかった。分からなかったなら私と住之江蘭子の間には何も無かったわけで、何も無いのならそれは私と彼女は他人ということだ。というか他人でいたかった。率直に言って帰りたい。

「私についてはこれでいいです? それじゃ次はあなたの番ですね」

「え、これ私も言う流れなの?」

「だってあなた普通の人には見えませんですしおすし……」

「普通に失礼だな!」

私は口を開く。

結局分かったのは私も普通じゃないということだった。

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