学校の怪談


 旧校舎は新しい校舎から体育館を挟んだ山側にある。


 周囲はうっそうと草が茂り、だれもが恐怖で近づかないというのも理解できる。ここは危ないと本能に訴えるような外観。雨風に晒され、朽ちて痛々しさすら感じさせる木造校舎。すぐ横のさび付いたジャングルジムが草で覆われ、うっそうと茂るアサガオの蔓がとげとげしい印象を与える。


 ここが、学校の怪談。


 御月女子校、旧校舎。


 手が震えている。有村はゆっくりと深呼吸をした。


 ――震えるな。


 ぎゅっと口元を結んで、念じる。


 もともとホラーは得意ではない。わざわざ夏になると肝試しをしたりとか、心霊特集を見たりとか、お化け屋敷をきゃーきゃー楽しむヤツの気が知れない。だいたい、恐怖という感情は自分の命を守るために生き物に与えられた防衛反応な訳で、生き物は恐怖からは逃れようとするはずだろうに、自ら近づいていくだなんて、頭がどうかしてしまっているのではないかと思う。とりつかれている以外に説明がつかない。

 ホラーを好きだというヤツこそが、有村にとってはホラーな存在だ。


 ゆっくりと深呼吸。


「私は、次期生徒会長。有村小春」


 正面玄関の南京錠に鍵を挿す。

 ぐるりと回すと、サビでざらついた感触とともに、がこん、と重々しい音がしてフックが外れた。まるで腸がずるりと抜け落ちるかのように、錆び付いた鎖がずずずと地面になだれて落ちた。がちゃん、と大きな音が裏庭に響き、続く静寂が余計に体に重くのしかかる。


 ゆっくりと深呼吸。


「私は、次期生徒会長。有村小春」


 ドアノブを掴む。ぐ、と引っ張ると、悲鳴のような音を立てて、木製の重たい扉が開いた。


 中をのぞき込む。


 うす暗い光景。延々に延びる長い廊下。まるで時が止まっているかのような静けさ。廊下には埃が積もり、木造の椅子が無差別に倒れている。壁に立てかけられている教室のドア。壁の窓は砂埃で汚れ、薄暗い。


 異臭が鼻をつく。腐敗した生ものの臭い。


 ―― 目を血走らせ、髪を振り乱した少女の亡霊。


 ぶんぶん、と首を振る。


「入ります」


 呟いて、有村は一歩踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

有村小春と旧校舎の幽霊 鶴丸ひろ @hiro2600

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ