探索中止

 背筋をピンと立て、ゆっくりと腹に空気を入れる。大角膜を膨らませる感覚。ゆっくりと息を吐く。


 鏡に向かって、小さく語りかける。


 米園英梨華の言葉を、自分の口を通して発するような感覚。


「私は、御月女子校、次期生徒会長。有村小春」


 よし。

 今日も、大丈夫。いつものように、凜とした生徒会長に近づいている。


 小さく頷いて、有村はトイレの個室を出た。生徒会室の引き戸を開く。


「こんにちは、会長。昼休みは突然およびだしして申し訳ありませんでした。約束していたとおり、旧校舎の鍵を借りてきたので、」

「ああ、有村さん。ちょうど良かった」


 米園英梨華はいつも通り一番奥の会長席に座っていた。有村に気付くと、ぱっと顔を上げて、


「今日の旧校舎の件ですけれど、中止にさせてもらいますわ」

「――え? ちゅ、中止?」


 思わず動揺してしまった。取り繕うようにひとつ咳払いして、


「原因を教えていただけますか」

「あれは幽霊の仕業ではないという結論にいたったからです」

「どうして?」

「そういった情報があったのですわ」

「情報? 誰の情報ですか?」

「それは、まあ、友人からですが」


 友達からの話を真に受けるのか。

 米園英梨華ともあろうお方が、自分の足で行動せず、そんな不確定な情報で、生徒からの相談を退けるのか。


「では、この悩みを入れてくれた生徒にはなんと説明するのですか?」

「大丈夫だと伝えておきましょう。別に心配することはない、と」

「適当にあしらう、ということにするのですか? 残された生徒の気持ちはどうしたらいいのですか?」

「大げさですわ。だいたい、そもそもが勝手に忍び込むのが悪いのです。どうせ、来年には取り壊されるのですから、今だけそういう心霊現象を楽しむのも、ありではありませんか?」

「……」


 違う。


 違う、そうじゃない。自分が知っている米園英梨華は、そんなこと言わない。そんなふうに、人から何かを言われたからって、自分の信じることをやめたりしない。きちんと自分の中に揺るがない正義があって、その信念に沿って、行動する人だったはずなのに。


 自分が正しいと心の底から信じ切って、真っ直ぐ前を向いて突き進んでいく姿が、大好きだったのに。


「それで、有村さんにお願いがあるのですわ。この相談をしてくれた生徒について、」

「早退します」

「え?」


 有村の言葉に、英梨華が目を丸くする。


「用事ができたので、今日の引き継ぎは休みます」

「え? でも有村さん、あなたさっき、今日もよろしくお願いしますっておっしゃってましたけど」


 そのとおり。

 これから英梨華と、一緒に旧校舎に行くつもりだった。

 けれど、英梨華が行かないというのなら、自分がいくしかない。

 生徒の相談に答えられるのは、自分だけだ。

 

「いま用事ができたんです。失礼します」


 有村は扉を閉めた。きびすを返す。

 足取りが重たい。

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