有村の憂鬱


 有村小春は気に入らない。

 最近、めっきり丸くなってしまった米園英梨華が。


 小春が生徒会長になろうと思ったのは、いうまでもなく、米園英梨華に憧れたからに他ならない。


 初めて米園英梨華を見たときの衝撃を、有村は忘れられない。


 有村は一年生だった。まだ生徒会長でなかった米園英梨華が、生徒会委員長候補として選挙で演説をしたときに、有村は雷に打たれたような衝撃を受けた。


 世の中に、こんなに綺麗な人がいるのか、と思った。


 英梨華には確固たる自信があるように見えた。誰にも負けない、自分が一番であることを疑わない――そんな芯の強さが、振る舞いの一つ一つににじみ出ていた。椅子に座るのも、立ち上がるのも、髪を耳にかけるのも、しゃべり始めに息を吸うその動作にすら、自信がみなぎっていた。他に何人か立候補した生徒がいたが、米園英梨華は別格だと有村は思った。


 背が低い有村は、列の一番前に座っていたので、英梨華のその様子がよく見えた。


 英梨華が壇上で話しているとき、ほんの一瞬だけ、英梨華と目が合った。食べられてしまうのではないかと思うくらい大きな目。品のよい微笑みの奥に、確固たる強い意志が見て取れた。しばらく呼吸を忘れていた。あの凜とした目で直視されたら、自分は石になってしまうと思った。


 ――この人に付いていきたい。


 その気持ちを、一年生の間、一度たりとも忘れたことは無い。


 二年生になって、有村は生徒会長に立候補した。


 幼く見える自分の容姿が、ずっとコンプレックスだった。思いっきり背筋を伸ばして、背伸びをしてすら150センチに届かない身長。風が吹いたら飛ばされてしまうほど華奢な体。遊園地では未だに身長制限にかかるし、花火大会でもコンサートでも人影に隠れてしっかりと見えたためしがない。映画館に行くと小学生料金で案内されそうになるし、年下の中学生に可愛いと言われたりもする。ダンスの授業でどれだけ大きく手を振っても周囲の人より栄えない。


 何をしても小さな自分が、大嫌いだった。


 しかし、どのような演説が人の支持を得るのか、それを有村はよく勉強していた。英梨華のあのときの振る舞いをその一年間、ずっと夢にまで見たのだった。だから、例え自信がなくとも、自信があるように見せることは出来た。有村は英梨華の様子を何度も練習した。鏡に向かって、あのときの英梨華の振る舞いを真似た。しゃべり方、間の取り方、姿勢、表情、視線の行方まで練習した。


 有村は英梨華の動作をコピーした。もちろん、真似たのは表面的なものだから、一対一で向き合って話すとなるとすぐにボロが出たかも知れない。だけど、壇上で一方的に話すことにおいては、なんとかそのハリボテの振る舞いも通用したらしい。


 そして晴れて、有村は次期生徒会長に選ばれた。


 引き継ぎ期間は2ヶ月。


 これから自分は米園英梨華の後ろで、一番近くで、米園英梨華を追うことができるのだった。英梨華と一緒に活動できる期間は限られている。だから、一分でも一秒でも多く米園英梨華の近くにいて、考えや行動の一つ一つを学ぶつもりだった。これからが、自分の始まりだとすら思った。


 なのに。

 なのに、最近の生徒会長はどうしてしまったのか。


 あの不抜けた笑顔。楽しそうに友人を語る弛みきった笑顔。

 関西弁の女に叩かれても平然としている。米園英梨華ともあろうお方が、人から手を上げられて黙っているなんてどうかしている。


「……気に入らないですっ」


 あのカリスマ性を、もう一度取り戻して欲しい。


 ピンとした緊張感を。


 気安く近づけない孤高のオーラを。

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