全ての元凶

「え? 旧校舎に行くの?」


 昼休み後の掃除の時間。生徒会室から返った英梨華が旧校舎のことを話すと、佐倉さくら胡桃くるみが目を丸くした。


「幽霊がいるかどうかを確かめるために?」

「ええ。なんだか最近そういう噂があるそうなんです。佐倉さんは聞いたことありますか?」

「あー、えっと、――うん。聞いたことあるけど」


 うろたえる胡桃を見て、英梨華は意外に思った。てっきりポカンと目を丸くするか、あるいは「高三にもなって幽霊って」と一蹴されると思っていたのだ。


 自分が知らないだけで、どうやら本当にそんな噂があるらしい。


「意外ですわ。皆さんも知っていらっしゃるのでしょうか」

「いや、私もあんまり詳しくは知らないよ。ちょっと、たまたま聞いただけで。それで、いつ行くの?」

「今日の放課後ですわ」

「きょ、今日……?」

「ええ。有村さんとわたくしで行って参ります」

「……有村さんって、この9月から生徒会長になる2年生だよね」

「はい。わたくしの後任ですわ」

「……そっか」


 胡桃がうつむく。何かを考えているようだった。


「ねえ、英梨華ちゃん。その幽霊の話ってどんな内容だったの?」


 英梨華は一通り胡桃に話をした。

 旧校舎から聞こえた悲鳴の下りを話すと、いよいよ胡桃の動揺が激しくなった。箒を持つ手はもじもじとせわしなく動いて、釣り針にかかった魚のように激しく両目が泳いでいる。


「もしかして、胡桃さんって幽霊が怖いのですか?」

「えっ? いやあ、幽霊なんて怖くないよ。信じてないし。全然」

「ですわよね。じゃあ今日一緒に来ます? どうせ何も起きないでしょうけど」

「い、行ってどうするの?」

「――どうするって言われましても。ちょっと中を確認してすぐに帰るつもりでしたけど、」


 そこで、はたと言葉を切って、


「ですが、本当に幽霊の噂があるようですので、すこし探索してみようと思います」

「えっ?」

「もちろん、本当に幽霊がいるとは思っていませんが、なにかしらの痕跡はあるのかもしれません。誰かがいたずらをしているのかもしれませんし、」

「いやいや、やめた方がいいよ。旧校舎って立ち入り禁止なんでしょ? 呪われるかもしれないし」

「あなたさっき、幽霊は信じていないって言ってたではありませんか」

「あ、いや。信じてないけどね。ないけど、」


 胡桃が口ごもった。どうしたら良いのか、迷っているようだった。英梨華はしばらく胡桃の言葉を待っていたが、やがてしびれを切らして、


「とにかく、今日の放課後にも見てみようと思います。もしも一緒に行きたいならおっしゃって下さい」


 そう言って、教室を出ようとしたら、胡桃に呼び止められた。


「ちょっと待って英梨華ちゃん!」

「なんですか?」


 胡桃は言いにくそうに、箒を持った手をもじもじとさせた。その様子がどう考えてもおかしいと英梨華は思った。


「なにか、仰りたいことがあるのですね?」


 胡桃が観念したように小さく頷き、こう切り出した。


「そう。あのね、――実は、その、内緒にして欲しいことがあって、」

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