激闘!異世界警察24時最前線スペシャル!【完】
「テレビの取材?」
少しだけ時は遡って。ユリウスは食堂と言う名の簡易台所の中の狭い通路で、昼食のカツカレーを頬張りながら、隣に座ってジャムパンを頬張る犬飼におうむ返しに問いかけた。
「何だよ、この前の訓示聞いてなかったの?」
「その時は非番でした」
「○○テレビの警察24時系の番組だってさ。全国的に見ても珍しい署だから密着したいんだって」
「ええ~。テレビに映るんですか……やだなぁ」
カレーを平らげてから水を飲み干すと、ユリウスは唇を尖らせた。正直、全国ネットに自分の姿が流れるなど嬉しくもなんともない。もしそうなった時、母や兄や妹から鬼のようにメールやら電話がかかってくるであろうことは想像に難くない。
「そんなのが放映されたら、僕もう実家帰れないですよ……」
「バカ! お前見た目は良いんだから画面映えするだろ! そしたらファンとかできちゃうかもしれねーんだぞ! 」
「嫌ですよ! 匿名掲示板に晒されて笑いものになるだけじゃないですか!」
「おま、何でそんな負の思考に傾いてんだよ! 俺はテレビに映りたい!!」
「犬飼部長がポジティブシンキング過ぎるんです! 僕は嫌ですよ! 僕が映る所だけモザイク掛けてほしい!」
そこで、但馬警部補と毒島巡査部長が昼食を取る為に入ってきた。
「なになに~? 喧嘩~?」
但馬がコンビニの袋を提げながら可笑しそうに言うと、犬飼がへらりと笑った。
「違いますよ。ほら、テレビの取材の件。ユリウスが映りたくないって我儘言うもんだから」
「え! 我儘違いますって!」
必死に否定するが、犬飼たちはにやにや笑ってユリウスを見つめる。
「無理無理、だって【頑張れ!王室出身新人巡査とエルフ族の女性警察官奮闘記!】って副題があったんだよ? 無理無理のむーりーだって。ラヴィネはもう了承してるってよ」
毒島が活動帽を脱ぎながら笑う。あまりの現実にユリウスは思わず叫んでいた。
「えーーーー!!!!」
二時間後、川嶋副署長からお願いという名の、圧倒的圧力での命令があった事は言うまでもない。
数日後。よろしくお願いしまーすとテレビ局のスタッフ達がぞろぞろと入ってきた。警務係長の浅野が彼等を署長室へ通すのをぼんやりと見つめていると、「おいユリウス!一緒に 入れっつーの !」と副署長に言われて慌ててその後を追う。
「は、入ります! !」
「あ~来た来た。えーと、こちらがガーランド王国の王子様で、当署の期待の新人巡査のユリウス・ガーランド君です~」
高柳署長がのほほんとスタッフに向かってユリウスを紹介する。しかし当事者のユリウスは恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
「○○テレビです。ええっと、今日はもう一人の女性警察官の方は……」
「今日は確か護送で一日不在ですね。彼なら一日空いてますんで、煮るなり焼くなり、お好きにどうぞー」
署長の言葉に、ユリウスはえっ、と驚きに眼を瞠った。
「なるほど~そうですか。じゃあ、ガーランド巡査、よろしくお願いします。カメラは回してますが普段通りにお仕事して頂いて大丈夫ですので」
「普段通り……ですか……」
カメラを回されて普段通りにどうやって振る舞えというのだろうか。特別区出身の警察官というだけで、テレビに出るなど初めてなのだ。
「ユリちゃーん。警ら出るべ」
「あ、はい」
うんうん唸っていると、昼休憩を終えた但馬と毒島がユリウスに声を掛ける。後ろからスタッフ達がついてくるのを見て但馬がえっ、という顔をした。
後ろからのっそりと現れた浅野警務係長が但馬に事情を説明した。
「但馬班長。今日一日ユリちゃんに密着したいんだって。いい?」
「いいっすけど……後ろ乗れるかなぁ」
首をひねる但馬に、取材班のリーダー各らしき中年の男性スタッフが手を上げた。
「我々は後ろから別の車で行きますので大丈夫です。あと一応本部警務課さんから車載カメラを着けさせて頂く許可は貰ってるのですが……」
「ああ、いいですよ。というと、我々も映るんですよね……?」
「はい。そうですね」
頷くスタッフに、但馬がバッと毒島を振り返った。
「うっわマジか! どうしよう毒島ちゃん! 全国映っちゃう! 娘にまた何か言われるかもしれない!」
但馬の中学二年生になる娘は絶賛反抗期中である。先日、悪気無く但馬が娘のアイスクリームを食べてしまい、激怒した娘に二週間ほど口を聞いてもらえていないと最近事あるごとに愚痴をこぼしていた。
「いや班長、今日はユリウスの密着だから大丈夫でしょ。てか俺も映ったら実家から電話来るじゃんやだ~」
毒島の実家は漁師一家で、4世帯18人の大家族である。リザード族は祭り好きで陽気な者が多く、事あるごとにお祝いと称して近隣住民を巻き込んでホームパーティを開くので、地上波放送を見た彼等がどうするかは容易に想像できた。
密着される本人以上に頭を抱えて悶える警部補と巡査部長をユリウスとスタッフ達は戸惑ったように見つめていた。
そんなこんなで、但馬、毒島、ユリウスは取材スタッフの一人がパトカーに車載カメラを取り付けるのを見守っていた。
「お待たせしました。取付完了しましたので業務に戻って頂いて大丈夫です」
「了解です。これ、下手な事喋れないですよね……」
不安そうに但馬が言うと、スタッフは「まあ、その辺はこちらで何とかしますので……」と苦笑いをした。
3人がパトカーへ乗り込む。なんとなく記念にと、内側へ向けて取り付けられたカメラに皆でピースサインをした。
「じゃ、行こうか」
「了解」
但馬がアクセルを踏む。パトカーが走り出し、後ろからは機材を積んだワゴンが追走する。
「とりあえず、○○(地名)の方回ろうか」
「そうですね」
交差点を曲がり、田んぼに囲まれた農道に入る。青い空の下、緑の稲が初夏の風を受けて波打っていた。
青と緑、そしてぽつぽつと等間隔に立つ電柱。一枚のポートレートのような風景の中をパトカーが走ってゆく。
最初に声を上げたのは、但馬だった。
「うわ、何あれ」
30メートルほど先、農道を右に猛スピードで走っていたのは、白い馬に乗った、銀色の騎士だった。
「何あれ。見た目には、騎士……ですね」
毒島とユリウスもそれを見て思わずあんぐりと口を開ける。
「だよね。行くか」
「了解」
「はい」
パトカーがスピードを上げる。昼下がりの、のどかな田んぼ道にけたたましいサイレンが響いた。
──────
「あ、来た! ユリちゃん早く!」
閉庁時刻を大分過ぎ、当直体制になった庁舎内は、いつもよりも賑わっていた。
晩飯を食い終えた当直員に混じって、自動車警ら班(パト)の勤務員や刑事、生安、交通、会計課員、果ては署長副署長、各課長まで、ロビーに集まっている。
ユリウスは但馬に促され、ロビーの長椅子に腰を下ろす。隣にはすましてはいるが、居心地悪そうにしているエルミラの姿。
「お、時間だ。じゃあ、テレビつけますよ」
浅野警務係長がリモコンを押すと、真っ黒だった液晶が明るくなった。何回かCMが続き、ようやく番組が始まった。
番組のイントロ部分で、何人かが噴き出したように笑い始める。
「これ、前の食い逃げコスプレの人じゃん」
「うっわ、懐かしい」
但馬と毒島が画面を見て苦笑いをした。ユリウスも恥ずかしさに耐えながらそれを見る。
「なにこの異世界警察ってタイトル。明日から変な電話とか来るのマジ勘弁だからね」
ダークエルフ族の免許係員である黒田がタイトルを見て溜息を吐いた。
「うわー、うわー! 俺映ってる! すげー! 同期にメールしよ!」
犬飼が興奮したようにスマホの画面をタップしながら言った。
「やだ、私映ってる! 今より10キロ太ってる時なのにヤダー!」
「うるさいです課長。というか課長の10キロは誤差の範囲でしょう」
「ひどくない?」
きゃあきゃあと巨大な拳を口元に当てて 叫ぶのはオーガ族の緒方会計課長。冷静にツッコむのはハイエルフの会計主任の江田島である。
賑やかな署員たちを尻目に、番組のイントロが終わりに差し掛かる。
『激闘! 異世界警察24時最前線スペシャル! これは、数十年前にI県とC県との境に突如現れた、世間では異世界と呼ばれる特別区ガーランド王国と、I県の境の治安を守る、警察官達の熱き戦いの記録である』
タイトルをバックにナレーションが入り、ロビーは笑いと拍手に包まれた。
【激闘! 異世界警察24時最前線スペシャル! 第一部完】
【第一部完結】激闘!異世界警察24時最前線スペシャル! 片栗粉 @gomashio
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます