本物の条件は「それ自身と対等で恐れない」こと

 取り止めのない感想のようなものになってしまうことをまずご容赦いただきたい。見当違いのことを書いているかもしれないので、まず先に謝罪をいたします。
 もしかすると私はこの小説を大変愛しているのかもしれない。だって私は、この小説があったからユーザー登録だけして何もしなかったカクヨムを本格的に始めたのだ。そして、この小説自身と同じぐらい、霧崎洵を偏愛している(キモくてサーセン!)のかもしれない。


 この小説は「芝浦刀麻」という一人の人外(と表現したい)と深く関わる5人の人間のドラマが展開されている。
 非常に関係性がわかりやすいのが、里紗ちゃんと朝霞先生の章で、前者は芝浦刀麻に純粋に恋をして、後者は彼の指導者になる。理紗ちゃんの刀麻への思慕と彼女の音楽が再び音楽が動き出す瞬間が秀逸で、朝霞先生が闘志を取り戻すシーンは、悪魔と契約したかと思えるほど震えた。
 残りの3人はスケーターで、洸一さんはスケーティングが巧みなマネージャー、雷くんは幼馴染でスピードスケーター、洵くんはスケーター未満として現れる。


 5人の語り手の中、私が一番好きなのは五章の主人公の洵くんである。4人が皆、自分にとっての「芝浦刀麻の輪郭」を見つける中、洵くんはトーマという一人の人間として捉えている。だから「どうもそうでもないらしい」というところにイラつくし、氷の上で自在に存在する刀麻の在り方を見ると焦りのようなものを感じるのだろう。

 5人の語り手で洵くんだけが刀麻の正体を捉えられなかった理由。
 私はどうも、書き手である天上さんが、刀麻に並んで欲しかったんじゃないかと思ってしまった。天上さんがそう思っていて欲しい、という私の願望でもあるかもしれない。



 スケートについて少し補足すると、スケーターの全員が全員、スケーティングという基礎動作が得意なわけではない。それは世界的な名選手であっても、だ。スルヤ・ボナリーさんは4回転が飛べた(回転不足だけど!)反面、スケーティングに難ありと言われていた。樋口豊さんはジョニー・ウィアーさんの滑りに対し「滑りの質をもっと伸ばさなきゃ」とかつての雑誌で語っていた(出典がパッと出てこなくてすみません)。一流の表現者が一流のフィギュアスケーターではない。逆に、一流のスケーターが一流の表現者にならない場合だってある。
 それでいて、五章で洵くんがどう語ったかというと。

「俺は、スケートがこの世の何よりも苦手だ」

 ドラマティックにエリザベートを滑った洵くんの剥き出しの本音。世界ジュニア銅メダルという実績を持った彼の、本当の姿。
 バレエをやめろお前はスケーティングが苦手なんだからもっと改善しろと岩瀬先生に言われた時の、洵くんの返しがこれである。
 私はこの一文が大好きだ。なんだったら洵君を抱きしめたい。五章を読むまで私の推しは洸一さんだったのだが(何となく小塚崇彦さんの滑りを想起させるのですよ、彼)、五章を読んで推しが変わった。
 私かよ、と思ったからでもある。


 私事で恐縮だが、カクヨムにいて、小説(のようなもの)を書き続けてそれなりに長い時間がたった私だが、正直なことを言うと、小さい時から文章を書くのが苦手で苦手で苦痛で仕方がなかった。日記はかける。だけど、日記なんてね、あれやってこれやって楽しかったで終わるんですよ二行二行!! 手紙もダメ、作文もダメ、そういえば小論文の成績も悪かったな。読書感想文? なにそれ8月29日にやったわ!という感じのダメダメ具合で、理由は「これを読んだ他人がどう想うか」とか「この文章で正解だろうか」とかまぁ色々あるんですが、結論から言うと「他人に読まれる文章と考えると手が止まる」が一番だったかもしれない。

 洵君が最初に「派手な衣装を着て滑るなんて嫌だ」というところは、「他人に読まれるのが嫌だ」と思っていたかつての私にすごく似ていた。正直今でも私は、文章を書くという行為が得意とは言い難い。この苦手意識はずっとついてまわる気がしている。
 
 しかし私は、自分のことはさておき、洵君は本物のスケーターになる資格をずっと持っていて、最後の最後で掴むことができたのだと思っている。
 転ぶのが怖くない、というのは、最初から氷と対等だった証だから。
 
 天上さんは後書きで「刀麻の回収がまだできていない」と語っていた。ということは、どこかでシヴァと地続きになる作品がある、もしくは、これから予定されているのかもしれない。それは今、2021年3月現在連載をされている「氷の蝶」なのかもしれないし、別のものがあるかもしれない。

 地続きになった先か過去かで、別の彼らを見るのが楽しみで仕方がないし、いずれ来るかもしれない「回収」の一端を担うのが、今度こそ洵くんであって欲しい、とも思っている。


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