この小説は、天上杏さん作「氷上のシヴァ」と、黒崎伊音の「60×30」のクロスオーバー小説になります。詳しくは「あとがき」に書かれておりますが、色々とご縁があり、天上さんがこの物語を書いてくださいました。作者としては幸甚すぎるほど幸甚で、更新が初めて知らされたとき、喜びのあまり脳みそにポップコーンが弾けたと思いました。表現がグロすぎてすみません。
舞台は阿寒。現在フィギュアスケーターの哲也はスピード時代の監督に頼まれて、スピードスケートの大会に出ることに。そこで出会った黒い少年。しかし少年は哲也以外には誰にも見えていないらしい。果たして彼は何者か!?だだだん! ……というお話。
哲也は元々スピードからスケートの世界に入ったのですが、設定だけ設定しておいて、スピードスケートをやっていた頃の哲也、というのを作者は全く想像しておりませんでした。なので、「ああ、こうやって哲也は速く走っていのか……」というのが天上さんの濁りのない文章を通して頭の中で映像化されていくのが快感でした。
また、このお話でキーマンになっているのが、哲也の姉の美咲。「60×30」の本編にはあまり登場していませんが、「トーマ」と対峙しても動じない胆力はまさに本人。お話上では中学生ですが、この頃から肝が据わっています。
さて。
あとがきで天上さんが「シヴァにとってこの物語は大変重要な位置を占める。鮎川哲也という全き他者が、『芝浦刀麻は何者なのか』に答えを与えてくれた」とおっしゃっております。
それでは「60×30」にとっては? イフでもあり、しかし、「過去の暗示と未来の予兆、そして、一人の人間の危うさがむき出しに現れた」という、非常に重要な物語でもあるのです。
……このお話は、今後の「60×30」に展開においては一つの未来の予兆を示し、鮎川哲也にとって、「トーマ」は、ズバリ「哲也の危うさの象徴」となっています。
……前者は語ることができませんが、一言だけ言いますと「天上さん、あなたは預言者っ?」です。
なので後者について。
本人は思いっきり否定するかもしれませんが、鮎川哲也は作者から見て非常に危なっかしいキャラクターです。氷上におけるアイデンティティが、現段階ではとにかく抽象的。ついでに本人は「滑る」ことで表現するのを覚えてしまったので、言葉が足りない時がある。本人はしっかりしていると自負していますが、些細なことで割と動揺するわ、右と左を取り違えたような発言は多いわ、周りから見て「お前それ大丈夫か?」とガチで心配されることも非常に多い。
危なっかしく「滑る楽譜になりたい」と思いながら氷上に立っていた哲也だから、トーマを呼び寄せられたのかと思っています。
私にとってのトーマは「あらゆる銀盤世界を行き来する氷上の神」と捉えており、広義で「人外」認定しています。そして神(=カミ)は人間の畏れの対象であり、おいそれと近づけるものではない。
少し世間離れした少年が「神」(=トーマ)と出会い、神隠しに遭い、未来を予見させる。
これは、この話を深く読み込んでくださり、かつ「トーマ」という制御ができない神を創造した天上さんだからこそ書けた「氷上幻想小説」です。
……この物語を読み終えた2022年現在、まさに「氷平線のストレンジャー」からモロに影響を受けたような物語が、私の中から生まれようとしています。二つの世界が合わさることにより、また新しい創作が生まれる、ということもあるのだなと一人でニヘニヘしております。
このような、作品にとって、そして私にとって宝物のような作品を書いてくださった天上杏さんに、心から御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。
余談ですが。
個人的には「先生はアイツにあったことがあるかもしれない」と哲也が最終盤で語っている場面がありますが、私はぜひ「堤昌親がトーマに会ったら?」というイフを、いつか天上さんの物語で読みたい。……読みたいです(と、ボールを一つまた投げてしまいます……。)